スパランド計画(仮)
温泉を作ろう、という私の言葉に、さらに全員が目を丸くした。
「温泉ってなんだ? 食べられるのか?」
そんな言葉がちらほらと私の耳に届く。
「あの、失礼ですが、私たちの村はもう何年も碌に作物を育てられていません。それこそいろんな種類の作物を育ててきました。今さら新しい作物は難しいかと……」
ニナさんが、今までの苦労を吐き出すかのように教えてくれた。
「ふふ、温泉は食べ物じゃないですよ。まあ、場合によっては飲めますけど。それに温泉だけじゃなく、宿泊施設、温泉宿を作る方がいいと思うんです!」
「「「「温泉宿?」」」」
みんなが声を合わせる。今日はやけに息がぴったりな気がする。
「あの、重ね重ね申し訳ないのですが、フロー村は王都から割と近いことが仇となり、宿泊したいお客様なんていないと思います。しかも、少し行くだけでペレス村があるから、観光客のみなさんはそちらへ行ってしまいます。フロー村はあくまで通過点にすぎないんです」
たしかに、あの寂れたフロー村に宿屋があったのだろうか? もしかしたら、宿屋なんてものはないのかもしれない。それくらい、人がいなかった。けれど……
「王都から近くて、少し行けば有名な観光地があるんでしょ? 尚更、絶好の場所じゃない! フロー村を宿場町のように、みんなが拠点にできるような温泉宿を作ればいいのよ。宿に温泉という付加価値がつくんだから、たくさんの人が押し寄せるはずよ!」
自信を持って、自分の閃いたアイデアを披露した。それなのに、
「サフィーお嬢様、そもそも温泉ってなんですか?」
ジェイドがみんなを代表して、私に質問をしてきた。やはり温泉自体を知らないらしい。
(この世界に温泉はないのかしら? でも、穴を掘ってお湯が出てくるって言えば、温泉ていうのがセオリーでしょ!)
落とし穴が掘り下がった時に現れた、熱いお湯に湯気、それは温泉しかないと私は確信している。
(それに、この世界は娯楽施設が少なすぎるわ。プールもないし、平民でも気軽にお風呂に入れるべきだと思う。それに、源泉さえ見つければ、お金が湧き出ているようなものだし、財政難のフロー村にぴったりじゃない!)
そして、私は詳細に説明をはじめた。
「温泉は、公衆浴場みたいに大きいお風呂のことなんですけど、お湯の質が違うんです。腰痛や筋肉痛、万病に効く温泉もあるんだから!」
「おお、ババ臭くなってきた母様が喜びそうだな」
ラズ兄様の言葉に、私とジェイドは一瞬にして背筋が凍りついた。同時に、急いで周囲を見回した。
(いない、よね? よかった。もし聞かれていたら、ラズ兄様の命が危ないもの)
「でも、仮に温泉というものが出たとしても、そのような施設を作るお金さえもないんです」
フロー村はそれほど財政難なのだと、ニナさんは辛そうに呟いた。そこに現れたのは、天の助けか、それとも悪魔か。
「はい!」
全員が一斉に、手を挙げた声の主を見る。
「私がスポンサーになるわよ」
「お母様!」
実に素晴らしいタイミングでお母様が名乗りを上げてくれた。
(あれ? でもいつからサロンにいたのかしら? それに、お母様は温泉を知っているのかな? そうか、世界各国を飛び回っていたらしいお母様だから、知っているのかも)
「ただし、三つの条件があるわ。一つ目はフロー伯爵家がきちんと責任を持つこと。当たり前よね、フロー伯爵家の領地の問題なのだから。二つ目は従業員の人選に、ほんの少しだけ口を出させてもらうわ。三つ目の条件は今は秘密。とっても簡単なことだから、心配しないで大丈夫よ」
にこりと微笑むお母様に、相変わらず喧嘩をふっかける人がいる。
「その三つ目が怖いんだよな」
呟いたのはラズ兄様だ。私も同感だと思ったけれど、決して口には出さない。
それから、お母様が具体的な案をどんどん出してくれたので、スパランド計画(仮)はどんどん進んでいった。
「温泉施設は、高級志向の温泉と格安志向の温泉を作って、きっちりと分けましょう。そして、高級志向の温泉は隠れ家的な宿にして、貴族のお忍び旅行にも対応できるようにするのよ。そして、利用客からは取れるだけのお金をがっぽりと戴くの」
「お母様、そんなに高くして大丈夫でしょうか? 利用客がいなくなっては、元も子もなくなってしまいますよ?」
「大丈夫、貴族は珍しいものとか、お偉い様方が利用した物とかが好きだから、いくらでもお金を出すわ。宣伝は私に任せてね」
お母様の宣伝と言えば、間違いなく王家御用達レベルの話ではないかと一気に恐縮する。だって、お母様のお友達は王妃様なのだから。
さらにお母様は、格安志向の温泉についても話してくれた。
「格安志向の温泉の方は、質素でいいから限界まで安くするのよ。旅の途中でも立ち寄りやすくして、たくさんの人に来てもらうの。そして、特別なルールを決めて、そのルールには必ず従ってもらうのよ。貴族が格安志向の温泉に入って威張り散らされるのは嫌でしょ? 貴族も平民もそこでは差をなくすように平等にね。それが嫌なら来なければいいのだから」
お母様の主張にみんなが頷く。みんなが平等にゆっくりと温泉を楽しんでもらいたい。癒されに来たのに、威張り散らす人がいては、気分は最悪なものになってしまうだろう。
「ところでサフィーちゃん、みんなが楽める温泉施設といったら、もちろん“あれ”も作るんでしょ?」
「はい、もちろんです。お母様」
きっと、私とお母様の考えていることは同じだろう。私たちは息を合わせ、その答えを口に出す。それは……
「「プール!!」」
「もちろん滑り台付きです!」
そこにいる全員が唖然としていた。
どうしてお風呂にプール? そして滑り台? きっとそう思っているのだろう。
(だって、前世の私の記憶の中にある、テレビのコマーシャルで見た、たくさんの種類の温泉に季節問わずに入れるプール、そして滑り台。そんな夢のような場所で、私も遊びたいんだもの!!)
みんなのポカーンとした反応にもお構いなしで、私とお母様のスパランド計画(仮)は、どんどん進んでいった。
私たちの盛り上がりはもう止められないと思ったのか、ジェイドがワイアット様に別の質問を投げかけはじめていた。
「そもそも、どうしてフロー伯爵家が公爵領の領地を下賜されたのですか?」
「正確には、フロー伯爵家は、元公爵領の一部の領地を下賜されたんだ。フロー村を含めたあの作物が育たない領地一帯をフロー伯爵家が、その他の美味しいとこ取りをした領地は違う貴族にと、それぞれ下賜されたんだ。だからフロー伯爵家が一番のババを引かされたことになる。まぁ、その良いとこ取りをしたアンドリュー侯爵家の俺が言えた義理ではないけどな」
私には難しくて理解できそうにない質問に、ワイアット様が申し訳なさそうに答えていた。
「でも、アンドリュー侯爵家の方々は、フロー伯爵家にとても良くして下さっているじゃないですか。たくさん相談にも乗ってくれましたし、だからこそ私たちは幼馴染みになれたのですから」
ワイアット様とニナさんは、お互いに見つめ合い、どう見てもいい雰囲気だ。
(いいなぁ。婚約者って憧れるのよね。私も侯爵家の娘なのに、全くその話がないのはどうしてだろう? ラズ兄様の話も聞いたことないし)
けれど、同時に婚約者がいなくて良かったとも思う。だって、私は破滅エンドを迎えるのだから。間違いなく婚約者に迷惑をかけてしまう。
そこで、ふと疑問に思う。
(でも、ワイアット様って攻略対象者よね? 恋人がいる場合、この先どうなってしまうのかしら? 高等部に入る頃までに別れてしまうってこと? でも、もし別れてしまっても、納得のいく別れ方なら成長の良い糧になるのかも。だって、今の二人がとても幸せそうなんだもの)
……って、うまくまとめようとしたら、今まさにお母様によって、ラズ兄様が別室へと連れてかれてしまった。
きっと、さっきのラズ兄様の「ババ臭い」という言葉がお母様の耳に届いていたのだろう。俄かに信じられないけれど、それしかラズ兄様が連れてかれる原因がない。
(お母様ったら、廊下で盗み聞きでもしていたのかしら? スポンサーになるって、手をあげるタイミングも見事なものだったし)
そう考えている間に、遠くの方からラズ兄様の悲鳴が聞こえてきた。
ニナさんにとっては天の助け、ラズ兄様にとっては悪魔が現れた、という結果だった。