姉妹の正体
別邸に着くと、ニナさんをサロンに案内した。ヒナちゃんはあれからすぐに眠ってしまい、今は別の部屋に寝かせている。
ジェイドには「突然走り出したりしてすみません、お怪我はありませんでしたか?」と謝られた。けれど、人助けはとても大切なことだから、私的には問題ない。
従者として考えるなら、たしかに私の安全が第一かもしれないけれど、小さい子が泣いている姿を見て、見過ごすような人であって欲しくない。
(それに、もし何かあっても、必ずジェイドが守ってくれるもの!)
さっそく、ニナさんに質問を投げかけた。
「えっと、ニナさんは、あの場所で何をしていたの?」
「え、ええと、冒険者になりたくて……」
私は驚いた。はっきり言って、目の前にいるニナさんは、背も小さく、見るからにか弱そうな雰囲気の女の子だ。下手すると、私の方が強いかもしれない。
「もしかして、剣技が得意なの? あ! すごく強い魔法が使えたりするとか?」
「いえ、魔法は少ししか……」
(それで冒険者って、絶対に無理よね!?)
「じゃあ、質問を変えるわね。ご両親は?」
「……」
……などと、いくつかの質問していると、ラズ兄様が帰ってきた。
「ただいま〜。あれ? どうして母様がいるの?」
「ラズ、お帰り。何よ? 私がいたら悪いわけ? ま、私はちょっと用事があるから、部屋に戻るわね」
あとはよろしくね、とお母様が部屋に向かうと、ラズ兄様は難を逃れたと安心していた。すると今度は、ニナさんに視線を向ける。
「あれ? その子は?」
ラズ兄様がニナさんをジーッと見つめた。もちろん、ラズ兄様の熱い視線を浴びたニナさんは、今にも倒れてしまいそうなくらい、真っ赤な顔をしている。
忘れてはいけない、ラズ兄様が超絶イケメンだということを。
(ラズ兄様に見つめられたら、誰だってイチコロよね、分かる!! でも羨ましい!!)
ちょっとだけ、私は嫉妬してしまう。
「あー! 思い出した。ワイアットの彼女か!」
「「!?」」
ワイアットという単語を聞いて、私はびくりと肩を震わせた。けれど、それは私だけではなかった。
(ワイアットって、あのワイアット様のことですよね……ニナさんも、ワイアット様のことを知ってるの?)
ワイアット・アンドリュー
侯爵家嫡男
長身ですらりと伸びた手足、寡黙で孤高な男。なのにヒロインのピンチにはいち早く駆けつける。
the 鉄面皮
けれど、ふとした瞬間に、ヒロインに見せる笑顔とのギャップがキュン死にだと人気だった。
「あの、ラズ兄様は、ニナさんのことをご存知なんですか?」
「ご存知、というか、サフィーと洋服店に買い物に出掛けた時に、ワイアットが一緒にいた女の子だよ。覚えてない? サフィーが具合悪くなっちゃった時なんだけど」
「その節は、ご迷惑を……」
もっと迷惑をかけていいよと言ってくれるラズ兄様は、やっぱり超絶イケメンだ。
(たしかに、あの時ワイアット様は女の子といた。けれど……)
「よく覚えてましたね」
ほぼ一瞬の出来事なのに、それも約二年前。知り合いと一緒にいるだけの、全く知らない女の子の顔を覚えてるなんて凄すぎる。
「サフィーとの思い出は、どんなに些細なことでも覚えているに決まってるだろ」
「まあ、ラズ兄様ったら! と、そんなこと言ってる場合じゃないですね。時間も遅くなるといけないでしょうから、ワイアット様に連絡してみましょう」
ニナさんとヒナちゃんをこのまま帰すわけにはいかない。両親のことも言えないなんて、訳ありとしか思えないから。
(ワイアット様なら、一応クラスメイトだし、聞いてみるだけ聞いてみるのもありよね)
攻略対象者とは全く関わり合いたくないと思っていたはずの、私自身の成長を密かに実感した。
「待ってください。ワイアット様は私とは関係ありません!」
ニナさんはワイアット様に連絡を取ろうとするのを必死で食い止める。
(明らかに「私、ワイアット様の知り合いです」って言っているようなものじゃないの!!)
「ニナさんたちをこのまま帰すことはできないです。ワイアット様なら私たちとクラスメイトだし、きっと少しくらいはお話を聞いていただけるはずよ。……ジェイド」
「はい、サフィーお嬢様」
「至急ワイアット様に使いを送ってちょうだい」
「かしこまりました。では、私が行ってまいります」
「そうね、見知ってる人が行った方が話が早く進むものね。お願いするわ」
ジェイドが出掛けると、観念したのか、ニナさんは少しずつ自分たちのことを話してくれた。
(それにしても、ニナさんとワイアット様は本当に恋人同士なのかな?)
******
「失礼する。サファイア嬢、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ジェイドを使いに出してすぐに、ワイアット様がいらっしゃった。その様子は、鉄面皮がまるで嘘のように、酷く焦っていた。
「こちらこそ、わざわざ来ていただき申し訳ありません。彼女のことはご存知ですよね?」
「ニナ!!」
「ワイアット様っ、申し訳ありません」
ワイアット様はすぐにニナさんに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
(まあ! まるで乙女ゲームのワンシーンのようだわ。乙女ゲームでも、ヒロインのピンチに颯爽と登場しては、ヒロインを抱きしめるワイアット様はとても格好良かったもの)
「ニナ、一体どうしたんだ?」
「……少しでも、私が働かなきゃって思ったの」
ニナさんは涙を零しながら訴えた。
「領地のことか? 俺と結婚すればいいだろう? もう少しだけ待ってくれれば……」
「け、けっこん!?」
二人の会話に水を差すように、私は大きな声で叫んでしまった。だって、本当に驚いたから。恋人を通り越して結婚だなんて。
(二人は、婚約者ってことよね? ワイアット様はアンドリュー侯爵家のご子息だから、たしかに婚約者がいてもおかしくないわ。そうなると、相手は……)
「ニナさんって、貴族のご令嬢様なの?」
「黙っていてすみません。私とヒナはフロー伯爵家の娘なんです」
その言葉に付け足すように、ワイアット様が説明してくれる。
「驚かせてすまない。私とニナは幼い頃に結婚を誓い合った仲なんだ。うちとフロー伯爵家は領地も隣で、とても懇意にしていて、幼い頃から一緒に過ごすことが多く、次第にお互いのことを思い合うようになったんだ」
「……ワイアット様、子供の戯れ言を本気にしてはいけません。両親も誰も、認めてはくれないのですから」
「誰に何と言われようとも、私たちが思い合っていれば良いことだ。なのに、どうしたっていうんだ?」
ニナさんは、私たちにも分かるように説明してくれた。
「もう、うちの領地は、領地と言っても雀の涙程度の大きさなのですが、財政難で村も廃村の危機なんです。だから、少しでも私が稼がなきゃいけないって思ったんです。特産物もなければ何の取り柄もない村じゃ、本当に何が起きてもおかしくないから。現に村人がお偉い方とトラブルを起こしたって噂が出てしまって。もうこれ以上何かがあってからじゃ手遅れだから……」
(そんな噂があるのね、それが本当だったら、たしかに心配だわ。それにしても、フロー村ってどこかで聞いたことがある気がするのよね。乙女ゲームに出てきたのかな?)
「あそこは土壌が悪いからな。やっぱり大規模火災が影響してるのかな? 全く何も育たなくなっちゃったって話だもんな」
ラズ兄様が、その村のことを知っていて当然だという口振りで話している。
「村も寂れた感じで、人がいなかったですしね」
今度はジェイドまでもが、見てきましたよという口振りだ。
(あれれ? みんなはフロー村に行ったことがあるのかしら?)
「ラズ兄様とジェイドはフロー村に行ったことがあるんですか?」
キョトンとした表情で聞いてみると、二人から盛大なため息と「はあ?」という呆れた声が返ってきた。
(私、何かいけないことでも言った?)
「サフィーお嬢様、先日、盛大に落とし穴を作った村のことですよ」
ジェイドが優しく耳打ちしてくれた。
落とし穴を作った村を思い出してみると、たしかに何もなかった。だからこそ、盛大に落とし穴を作っても、誰にも文句を言われずにすんだ。
けれど、そこで私は重要な出来事を思い出す。「あちちちち」と叫ぶ声を。
(あそこには良いものがあったじゃない! 私が欲していたもの。猿やカピバラと一緒に入ってみたいもの。一番はアオと入りたいけれど、アオは熱いのが苦手だから嫌がるかな?)
脳内で、どんどんと夢が広がっていき、私は思わず口に出していた。
「作ろう!」
「「「「えっ?」」」」
私の言葉に、みんなが声を合わせて聞き返してきた。だから私は、自信を持って宣言した。
「だから、作りましょう。温泉を!」