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仲良し姉妹

 本屋を後にした私たちは、お互いに購入した本については何も触れていない。ただひたすら、お目当ての紅茶の茶葉が売っているお店へと足を進めた。


(触れられても困るけど、触れられなさすぎるのもいろいろと勘繰っちゃうわ)


 このまま「俺様が好き」なんて思われて、変な忖度をされ俺様ジェイドになってしまったら、と想像するだけで、心臓が持ちそうにない。


 そんな不毛なことを考えていると、いつの間にかお店に着いていた。


 一歩店内に入ると、紅茶の良い香りが広がっていて、もやもやとしていた気持ちが、ほっと落ち着いてくる。


 すると、紅茶の優雅なイメージとは程遠い、調子の良いおじさんが出迎えてくれた。どうやらこのお店の店主らしい。


「おっ! いらっしゃい。今日はとっても可愛いお嬢さんを連れてデートかい?」

「デ、デート!?」


 ちらりとジェイドを見ると、ジェイドも顔をほのかに赤くして、わざとらしくコホンと咳をした。


「こちらの方は、お世話になっているところのお嬢様です」

「とか言っちゃって、本当はどうなの?」


 ジェイドの説明も虚しく、店主のニヤニヤは止まらない。ジェイドはどこに行っても弄られる、もとい、可愛がられている。そう思うと、自然とくすりと笑ってしまった。


 紅茶の話で店主とジェイドが盛り上がりはじめたので、私は少し店内を見て歩くことにした。少し奥まったところで、それはパッと目に入り、思わず二度見してしまった。


「これは……!?」

「あら? お嬢さんはこれが気になるの? これはとても苦いみたいで、きっとお嬢さんの口には合わないと思うわよ」


 声をかけてくれたのは、優雅なティータイムが似合う、マダムという呼び方が相応しいご婦人だった。おそらく店主の奥様だろう。


(さっきの店主と真逆って感じだけれど、それがむしろ良いのかしら? お父様とお母様も真逆って感じだものね)


「ちょっと触ってみてもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」


 マダムはそう言いながら、スプーンでひとすくいしたものを小皿に乗せて、私にくれた。


(間違いない、この香り。これはコーヒー豆だ!)


「あの、これと一緒に道具が付いていませんでしたか?」


 コーヒー豆を挽くミルがあればいいのだけれど、との期待を込めて尋ねた。


「道具? なかったわよ。お嬢さんはこの豆の使い方が分かるのかしら? これはコーヒー豆と言って、美味しい飲み物だと言われて主人が仕入れたのだけれど、飲み方が分からないみたいで困っていたのよ」


(残念、ミルがないのか。でも、邪道だけどあれで代用できるはず!)


「わかる、かな? 買って試してみて、成功したらお教えしますね!」


 お互いにお目当ての物を買い、店を出た私たちは、今度はぶらりと街を楽しむことにした。


「ジェイド、あっちの方には何があるの?」


 街のあらゆるもの全てが珍しいと感じる私は、嬉しくて、つい足早に駆け出していた。


「サフィーお嬢様、そちらはあまり治安が良くないので……」


 そう言いかけたジェイドが言葉を止めた。その視線は私よりももっと先の方を見ているようだった。

 不思議に思い、その場に立ち止まり、ジェイドの見ている方向を確認した。


「ジェイド? どうしたの?」

「サフィーお嬢様、一緒に来て下さい」


 ガシッと私の手を掴み、先ほど治安が良くないと言っていた方向へと走って行った。


(い、いきなり手を!? 何があったの?)



「はぁはぁ、どうしたの? ジェイド?」


 息切れしながらも、何とか呼吸を整え、私は顔を上げた。目の前には泣き噦る小さな女の子。


「どうしたの? 迷子になっちゃったの?」


 ジェイドが女の子と目線を合わせるようにしゃがみ込んで話しかけた。


(そっか、この子を見つけたからなのね。目線を同じ高さにして話しかけるなんて、ジェイドにも妹か弟でもいるのかしら?)


 その様子がとても微笑ましく思った。けれど、次の女の子の一言で事態は一変する。


「たすけて……おねえちゃんが……」

「「えっ?」」


 女の子が指を示す方を見ると、私たちと同い年くらいの少女が、今まさに柄の悪い二人の男に絡まれているところだった。


「あなたたち、何をしてるんですか!!」


 気付けば、私はその男たちに向かって言葉を放っていた。


「は? 何だお前? 関係ねぇやつは引っ込んでろ。ガキはとっとと帰んな」


(うっ、恐い、恐いけど、もう引けないよ……)


「彼女は、私たちの知り合いです。お引き取りください」


 そう言いながら、ジェイドが私を男たちから庇うように、私の前に立ってくれた。


「はぁ? なんだお前ら? ガキが邪魔すんなよ。なんなら、そっちの可愛い姉ちゃんが俺たちと遊んでくれてもいいんだぜ?」


 男たちが私に近付いてこようとしたので、私はさらにジェイドの影に隠れた。その瞬間、悪魔が降臨した。


「あら? サフィーちゃんたちじゃない。何してるの?」


(この声は……)


「お母様!」「スーフェ様」


 目の前の建物から、お母様が出てきた。


(どうしてお母様がこんなところに? でも助かったわ! 今回ばかりは本当に天の助けです!!)

 

「おっ、あんたもこいつらの知り合いか? あんたもかなりの美人だな。なんならあんたが俺たちと遊んでくれてもいいぜ」


 男の一人がお母様に詰め寄ると、もう一人の男が慌ててそれを制止した。それはもう必死の形相で。


「ば、馬鹿、やめろ、お前、このお方を知らないのか!?」


(さすがは、侯爵夫人! しかもお母様はとびきりの美人だから、きっと市井でも有名なのね)


 そんな私は気付かない。明らかに憧れの美女に出会えた時の驚きと、この男の驚きがかけ離れたものであるということに。


「なんだよ、お前、ビビってんのか? こんな美人そうそういねえぞ?」

「ふふふ、褒められてるのね。嬉しいわ」


 お母様はいつもの余裕の笑みを崩さない。むしろ美人と褒められて喜んでいる。


「あぁ、やっぱりガキより大人の女の方がいいからな」


 そう言いながら、隣でガタガタと震える仲間の男を尻目に、お母様の肩に手を回そうとした、その時、突然目の前の建物から出てきたその人に、みんなが驚いた。


「じゃあ、アタシでもいいのかしら?」


 濃いメイクを施した、大柄で屈強な体付きの、女性のような、男性のような、何とも言えないお方の手によって、お母様の肩に触れようとしていた男の手が、跳ね除けられたから。


「ゲッ!?」

「あんたたち、何してるのよ、こってりお仕置きが必要みたいね」


 その女性のような、男性のような、何とも言えないお方は、両手でひょいっと柄の悪い男たちの首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。


 男たちは借りてきた猫のように大人しくなり、両手足を放り出して項垂れ、全てを諦めた様子だった。


 ただ一つ、仲間の男の方が「助かった……」と呟いていたことだけが気になったけれど。


(たしかに貴族、それも侯爵夫人に手を出して、もしも何かがあったら、その後が怖いものね)


 この国では、とても厳しい法規制がある。貴族に対し暴力を振るうなどした時、それ相応の処罰が下されることになってしまう。


 それが身分を持たない者であれば尚更だ。命がなくなることもある。だからもし、お母様に手を出してしまったら、厳しい処罰が下されることは間違いないだろう。


「じゃ、スーフェ、また美味しいお菓子を待ってるわ。バァ〜イ」


 そして何故か、あからさまにジェイドに向かってバチッとウインクをしてから、建物の中に入っていった。


(ここって、冒険者ギルド?)


 その建物は、魔物を倒したり、様々な依頼を受けたりするような“冒険者”と呼ばれる人たちが集まる場所だった。もちろんお母様とは縁のない場所のはずなのに。


「サフィーちゃん、こんなところで何をしてたの?」

「お母様こそ、まさかこんなところに用事ですか? それよりも、助けてくれてありがとうございました」

「私は何もしてないわよ。たまたまお友達のところへ遊びに来ていただけだしね。サフィーちゃんの作ってくれたお菓子のお裾分けをしてたのよ。みんな喜んでくれたわ。美味しいものはみんなで食べなきゃね。それよりも……」


 柄の悪い男たちに絡まれていた少女に目を向けると、少女はしゃがみ込んで、今もなおガタガタと震えていた。


「おねえちゃん!!」


 柄の悪い男たちがいなくなったことに安心したのか、妹ちゃんが少女に駆け寄り抱きついた。


 二人とも、とても仲の良い姉妹のようで、同じ栗毛色の髪に、お揃いのリボンを付けている。着ている服もチェック柄で揃えていた。


(いいなぁ、私にも姉妹がいたら、お揃いの服を着て一緒にお買い物に行きたいな)


……なんて考えている場合ではない。


「大丈夫? 怪我はしてない?」

「た、助けていただいて、ありがとうございました。きゃっ」


 立ち上がろうとした少女は、上手く立てずによろけてしまい、私は慌てて少女の身体を支えた。きっと、腰が抜けてしまったのだろう。


 どうしようか、と考えていたところで、お母様が提案してくれた。


「私が乗ってきた馬車があるわ。とりあえず、それで別邸に行きましょう。ジェイドはその子を運んであげて」

「かしこまりました。失礼します」

「えっ、すみませんっ」


 お母様が提案してくれて、ジェイドが少女を横抱きにして馬車に乗せた。


(女の子の夢でもあるお姫様抱っこを軽々とするなんて、ジェイドもなかなかやるわね!)


 少女の顔は、もちろん真っ赤に染まっていた。


(ジェイドは私の自慢のイケメン従者だから、恥ずかしくなる気持ちはよく分かるわ)


 そして、妹ちゃんも一緒に馬車に乗り、私たちは別邸へと向かった。


「本当に危ないところを助けていただきありがとうございました。私はニナ、こちらは妹のヒナと言います」

「ヒナです、5さいです」


 ヒナちゃんが手を思いっきり広げて、私たちに教えてくれた。


(可愛い、可愛すぎる!!)


 そう思っていた矢先、ヒナちゃんがゆらゆらと頭を揺らし始める。馬車の揺れが心地いいのだろう。


 難しい話は別邸に着いてから話すことにして、みんなで静かにヒナちゃんが眠りにつきそうな様子を、温かい眼で見守ることにした。






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