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休日のお買い物

「「……」」


(気まずい、気まずすぎるわ!)


 断罪されることを望んでいると打ち明けたことで、非常に気まずい空気が、私とジェイドを取り巻いている。

 もちろん、ジェイドが私の選択を納得していないことは明らかだった。


 今、二人でサロンにいる。ジェイドの淹れてくれる紅茶は美味しい、はずなのに、今日に限って全く味が分からない。


(このままじゃ嫌よ。私の時間は限られているんだから、ケンカなんてしてる場合じゃないのに)


 だからといって、私からジェイドに話しかける勇気はない。


 ちらりと横目でジェイドの顔色を窺った。卑怯だと思いつつも、ジェイドから話しかけて欲しくて。


 そんな私に気付いてくれたのか、ジェイドがやっと口を開いてくれた。


「……そんな顔、しないでくださいよ」


 ジェイドは私の顔を覗きながら、深いため息を吐いた。


「分かりました。サフィーお嬢様の覚悟は十分に理解しました。サフィーお嬢様の気の済むようにやってください。私は私で、自分が納得のいくように、あなたの願いを叶えてみせます。それでいいですか?」


 ジェイドの言葉に、私は大きく頷いた。


「うん! ありがとう、ジェイド」

「さすがに、泣かれると弱いですよ……」


 ジェイドがポケットからハンカチを取り出して、私に渡してくれる。


(いつの間にか、泣いていたのね……)


 ジェイドが渡してくれたハンカチで、涙を拭かせてもらう。少しだけ、ジェイドの爽やかな香りがして、急に恥ずかしくなった。


 ジェイドと仲直りができてほっとしたら、あることを思い出した。


「ジェイド! ジェイドにネックレスのお礼がしたいんだけど、何か欲しいものはあるかしら?」


 ペレス村の教会でジェイドに貰ったネックレスのお返しがしたいと、ずっと思っていた。けれど、まだ何も考えが浮かばない。


 内緒でプレゼントを用意できるのが一番良いのだろうけど、せっかくなら欲しいものをあげたい。だから、思いきって聞いちゃうことにした。


「随分と唐突ですね? でも、私がプレゼントしたかっただけなので、お礼などいりませんよ?」

「私が、何かをあげたいの!」


 ただでさえ、ジェイドには王妃様救出作戦の時に大活躍してもらった。少しくらいのお礼ではむしろ足りない。


(ジェイミーちゃんは、悔しいほど可愛かったな)


 ジェイミーちゃんの可愛さを思い出した私は、少しだけジェラシーを感じてしまう。


(ジェイドの好きなタイプって、どんな人なんだろう?)


 はっ、と今自分が思い浮かべたことに、頭を振る。


(私、一体何を考えてるの!? きっと、あれよね、ジェイドのことを少しでも知りたい、ってだけよね?)


 明らかに頬を染めつつも、そんな風に思いながら、ジェイドの答えを待った。


「うーん、では、お言葉甘えて……」




******




 休日のある日。


「王都の街をゆっくり見るのって、はじめて! でもいいの? お買い物に付き合うだけで?」


 ラズ兄様と一緒にお買い物に来た時は馬車だったから、ゆっくりと景色を見て歩くのははじめてだ。ちなみに学園へは、いつも同じ道を往復するだけ。


「はい、サフィーお嬢様と一緒に買い物をしてみたいと思っていたので、最高のプレゼントです」


 ジェイドの答えに、思わず言葉が詰まる。


(そんな笑顔で言われちゃったら、それだけじゃだめとも、言いづらいじゃない。うーん、やっぱり、あとでこっそり、何かプレゼントしよう!)


 今日はネックレスのお礼にと、王都の街で一緒に買い物をする約束になっている。約束した日から、試験があったり、予定があったりで、少し日が経ってしまったけれど。


 ジェイドのようなイケメンと買い物ができるなんて、私の方がご褒美をもらっている気がしてしまう。


 ジェイドは一人で買い出しに行くこともよくあるそうだ。王都にある別邸は、使用人の数が本邸よりも少ないので、私が学校の課題で四苦八苦している間に、頻繁に買い出しに行かされるみたい。


 ジェイドは頭がいいからなのか、要領がいいからなのか、出された課題も、いつの間にか終わっている。本当に何者なんだろうか?


「どこか行きたい場所や、欲しいものってあるの?」

「サフィーお嬢様の行きたい場所に行きたいですね」

「それじゃ答えになってないわ」

「だめですか? 強いてあげるとしたら、紅茶の茶葉が売っているお店に行きたいです」

「ジェイドの淹れてくれる紅茶って、すごく美味しいよね!」

「お褒めに預かり光栄です。これも全てメイド長の厳しい特訓のおかげです」


 きっとその厳しい特訓というのも、軽々乗り越えてしまったのだろうなと思ってしまう。今や、メイド長をはじめとした使用人からのジェイドの人気は鰻登りだ。


(格好良くて、素直で、真面目で、だめなところって本当にないんじゃないのかしら? まるで物語の王子様やヒーローみたいなんだもの)


「オルティス侯爵家の紅茶は珍しいですよね、ミリーさんの淹れてくれるロイヤルミルクティーもそうですし、フルーツを入れたり、どれもサフィーお嬢様の発案らしいですね」


 この国の紅茶は、一般的にノンシュガーのストレートティーのことを指している。ミルクティーもあるけれど、後入れミルクのミルクティーだ。それはそれで美味しいんだけれど。


「ふふ、天才でしょ!」


 全て先人たちの知恵なのに、あたかも自分が天才だと言ってしまう私は狡い。それでもいい。私の前世の知識は、私の地に落ちた好感度を上げるための、チートスキルだと思っているから。


「紅茶の茶葉のお店か。私も欲しいものがあるのよね」


 果たしてそれが売っているのかは分からない。いつも遅くまで仕事をしているお父様に、ぜひ飲んで欲しい飲み物がある。奇跡的に飲み物繋がりで、仕入れているかもしれないと密かに期待をしてしまう。


 紅茶の茶葉のお店に向かって歩き、本屋を通り過ぎようとしたところで、私は突然声をかけられた。


「サフィーお嬢様!」

「えっ、ミリー!!」


 私専属のメイドのミリーだ。


 今日は前々からジェイドと買い物に行く予定にしていたため、ミリーにもメイドの仕事を休んでもらっている。


「ミリーどうしたの? お買い物?」

「今日は、絵本を買いに来たんです。私がお世話になった孤児院の子供たちに、絵本のプレゼントをしようと思って」


 なんて良い子なのだろうか。本当にミリーは心の優しい子だ。あれだけ私が酷いことをしたのに、笑って許してくれているのだから。


「本か、私も最近読んでないわ。ジェイドは本は読むの?」

「え、あ、はい。それなりには読みます。……サフィーお嬢様、私もせっかくだから本を少しみても良いですか?」

「もちろん! 欲しい本でもあったの?」

「……参考書を、ちょっと……」


(参考書とか、マジメか!!)


「サフィーお嬢様! サフィーお嬢様には、私のおすすめの本をご紹介しますよ!」


……ということで、私とジェイドはそれぞれ本を探すことにした。


「サフィーお嬢様、私のお勧めはこちらです! 俺様シリーズです!!」

「俺様……」


 ミリーの言葉に嫌な予感しかしなかったけど、一応、ミリーに手渡された本のタイトルを確認した。


『私の婚約者は俺様王子』

『聖なる乙女は俺様騎士に恋をした』


(うっ、何なの、このタイトル……非常に手に取りづらいじゃないの)


「ミリーは、こういうのが好きなの?」

「サフィーお嬢様、もしかして知らないんですか? これは今、大人気の恋愛小説ですよ! 貴族のご令嬢から、メイド、市井の女性もみんなこの小説に夢中なんですからね!」

「ミリーはもう読んだの?」

「……まだです」


 ミリーは、しゅんとした表情で呟いた。


(まぁ! 自分の読みたい本も我慢して、孤児院の子供たちに絵本を買ってあげてるのね。なんてミリーは健気なの!!)


「そうね、今一番人気なら、私も読んでみようかしら? 読み終わったらミリーにも貸してあげるわね」

「サフィーお嬢様!! サフィーお嬢様はやっぱり天使です!! 本当は新刊もあるはずなんですけど、見当たりませんね……」


 そう提案すると、ミリーは目を輝かせていた。その顔を見れただけで、私は幸せだった。その時までは……


(ジェイドに見られたら、また変な勘違いをされちゃいそうね……)


 この小説を買うことにはなったけれど、一番人気だから買うだけで、決して俺様って言葉に惹かれたわけではないと、頭の中で必死に言い訳をしながら店内を歩いていた。


「サフィーお嬢様、何か欲しい本は見つかりましたか?」

「うわっ!!」


 いきなり背後からジェイドに声をかけられて、私は咄嗟に回れ右をした。そして、ジェイドに見られないように、自分の後ろに先ほどの小説を隠した。


「どうされました?」

「いや、ジェイド、先に外で待ってて。私は今から本を買ってくるから」

「それなら、サフィーお嬢様がやらなくても、私が買ってきますから、お渡しください」

「大丈夫よ、私も買い物くらい自分でできるから、社会勉強もしなきゃね。ジェイドは外で待っててね」


(お願い、切実にお願いするから、何も聞かずに外に行って!)


 私の思いも伝わらず、ジェイドはそんなこと言わず渡してくださいと粘ってくる。そんな私たちに、ミリーの声が聞こえてきた。


「サフィーお嬢様! 別の棚に俺様シリーズの新刊がありましたよ。これ入手困難なんですよ!」

「やめて、ミリー、大きい声はだめよ」


 ミリーを制止しようと頑張った。けれど、もう遅い。


「俺様シリーズ?」


 ジェイドの怪訝な呟きが、私の耳に聞こえてきた。


(あ、これ、逃れられないかも……)


 一気に私の不安が押し寄せる。たぶんこの先には絶望しかないだろう。


「はい、新刊の『完璧令嬢は、俺様執事に溺愛されたい』です。ジェイドさんがいるなら、ジェイドさんに買ってきてもらいましょうよ。お渡しください、サフィーお嬢様の持っている俺様シリーズも!」


 ミリーはにこりと微笑みながら、私に早く本を出せと、無言の圧をかけてくる。


(やめて、これ以上は本当にだめ! 小説のタイトルを人前で読み上げるとか、絶対にやっちゃだめなやつだからね!!)


 この気持ちはきっと、母親にベッドの下にあった本が見つかってしまった中学生の気持ちだろうか。それとも、薄い本を買っているところを知り合いに見られてしまった時の気持ちだろうか。


 私の脳は、現実逃避をはじめてしまっていた。


(あぁ、もうどっちでもいいわよっ、もう無理! ジェイドの顔が見れないわ!!)


……と思いつつも、ちらりとジェイドを見てみると、眉根を寄せたジェイドがそこに立っていた。


「サフィーお嬢様は、やっぱりそういう癖があるのですね……」

「違う、違うの、本当に誤解だからね!!」


 死にものぐるいで否定したけれど、全く取り合ってもらえなかった。




******




 ジェイドの買った参考書


 ステファニー(妹)お勧め

『ご令嬢を胸キュンさせる【ドSな俺様王子】になる100の方法』


 本屋が勧める今月の1冊

『令嬢達の本音 俺様王子にされたい100のこと(実践編)』





拙作の俺様シリーズも、お読み頂けると嬉しいです。ブクマや評価していただけるとさらに喜びます。



偽聖女をやめた私は、生きるために下僕として邁進する所存です。〜助けてくれた騎士様は、なぜか俺様でした〜(連載:完結済)



うちの執事は“なにか”がズレてる 〜私にだけ俺様攻撃を仕掛けてくるので、絶対にその秘密を暴いてみせます〜(短編)

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[気になる点] 本の値段は、安いのかな?ミリーは、令嬢専属でそれなりに給料もらってそうだけど 庶民も普通に買えるとか
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