【SIDE】 ジェイド:運命を変える決意
「へ?」
突然のサフィーお嬢様の申し出に、従者としてあるまじき、気の抜けた変な声が出てしまった。
「あ、あの、何を仰っているのですか?」
きっと、聞き間違えに違いない。まさか自ら死に行く未来を選ぶ人など、いるはずがないから。
しかも、このお方は侯爵家のご令嬢。将来を約束された身分のお方だ。死のうとする理由がない。
それなのに、サフィーお嬢様の仰ることは変わらない。
「だから、断罪されようと思うの」
「……誰がですか?」
「わ・た・し」
はっきりとした口調で、先ほどと同じ言葉を俺に告げる。だが、決してその言葉を認めたくはない。
きっと連日の慌ただしさに、お疲れになったのだろう。
「今日の予定は特に何もありませんから、お部屋でゆっくりお休みしましょう」
「ちょっと、ジェイド! 私は本気よ」
(本気で言っている? では、正気ではないのか? まさか熱でもあるのか?)
咄嗟に、サフィーお嬢様の額に自分の額をくっ付けて、熱がないかを確認した。いつも妹にやっていたように。
「熱は、ないようですね」
サフィーお嬢様の、陶器のように美しい色白の頰がみるみる紅潮していった。
(しまった、何をやらかしてんだ、俺は……)
俺の顔も、赤くなっていくのが分かった。
「熱なんて、ないわよっ」
少し戸惑った口調で顔を逸らす姿は、いつものサフィーお嬢様だ。
そして「運命には抗えないから……」と、そう一言、寂しげに呟いた。
(違うっ! 俺はあなたに運命を変えてもらった。魔物に殺されて死ぬ運命を。魔法が使えない欠陥品に手を差し伸べてくれ、呪われた運命から俺を解き放ってくれたのは、全てサフィーお嬢様じゃないか!!)
しかし、サフィーお嬢様の前世の話を聞くと、全てを否定することができなかった。否定したかったけれど、できなかった。
前世のお嬢様が「余命」というものを、どのような気持ちで受け入れたのか。その覚悟までもを否定してしまう気がしたから。
そして、あろうことか、その乙女ゲームとやらの攻略対象者というものに、俺の名前が上がっていた。はじめは耳を疑った。同じ名前ってだけだと思いたかった。
その攻略対象者は、正確には、チェスター王国の第二王子という立場の俺、ルーカスだった。
(サフィーお嬢様に、本当のことを言うべきなのか、俺の正体がルーカスだと)
おそるおそる、サフィーお嬢様に尋ねた。ルーカスという人物について。
サフィーお嬢様は「顔も知らない」と言った。きっと、本当に何も知らないのだろう。
それを聞いて、俺は安堵した。知られたら、俺は嫌われる。
記憶がないと嘘を吐いた俺は、攻略対象者だという俺は、サフィーお嬢様に拒絶されるだろう。今の関係が、全て崩れ落ちる。
そう思ってしまったら、俺は正直に言えなかった。
サフィーお嬢様は、勇気を振り絞って自分の秘密を打ち明けてくれているというのに。
(……俺はなんて狡いんだろう)
もし、サフィーお嬢様がいう「ゲームの強制力」というものがあるのならば、俺はこのつまらない乙女ゲームに参加することになる。
サフィーお嬢様を断罪する側の当事者として……
それだけは絶対にありえない。必ず俺がサフィーお嬢様を守ってみせる。
サフィーお嬢様が願うなら、今度は俺がサフィーお嬢様の運命を変えてみせる。
サフィーお嬢様の願いも我儘も、全て叶えたい。俺がこの手で叶えてみせる。