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礼拝堂とお守りの石

 どれだけ思い出そうとしても、“私”の小さい頃の記憶が思い出せない。思い出せるのは、乙女ゲームのサファイアの小さい頃の記憶ーー設定だけ。


「サフィー!? まさか、思い出してしまったのか!?」


 突然、ラズ兄様が大きな声を上げた。正直言って、私の求める答えとして全く見当違いなことを言いながら。


「えっ、いや、逆です。記憶がないんです。私の小さい頃の記憶がないんです」


 もう少し正確に言えば、ところどころの記憶はある。ただ、ラズ兄様に関しての記憶は、全くない。ラズ兄様と一緒に過ごした記憶は、これっぽっちも覚えていない。


(えっ、どうしたの? ラズ兄様?)


 ラズ兄様は私の両肩をガシっと掴んで、取り乱しているのではないか、というほど、必死の形相だった。瞳は赤く揺らいでる。けれど必死に抗っているように見えた。


「……いや、ごめん。サフィーは昔から可愛かったぞ。可愛くて、元気で、やんちゃで、いつも俺の後ろをくっついてきてくれて……」

「そうなんですか? なぜか覚えていないんです。二階から落ちた時に、全部忘れちゃったのかしら?」


 けれど、二階から落ちる前のことも少しは覚えている。そう、私の黒歴史のこと。


 それに、使用人のみんなが「お父様とお母様はお仕事」って、いつ聞いてもそう教えてくれていた。ただ、ラズ兄様のことを聞いた記憶はやっぱりない。


「じゃあ、もしかしたら私ももっと魔法が使えるかもしれないですね! 使い方を忘れてしまっただけで。水魔法だけじゃなくて、いろいろな魔法を使ってみたいです。家族みんな、特別な能力みたいなのがあるのに、私だけないんですもの」


 ぷうっと頬を膨らめていると、ラズ兄様が優しく教えてくれた。


「サフィーは精霊たちに守られているよ」

「えっ?」

「正確には、父様が精霊の加護を受けていて、その父様の精霊たちが、サフィーのことを守ってくれているんだ。それもたくさん。これだけの数の精霊たちを味方に付ければ、魔物にも好かれるだろうし、反対に変な魔物は精霊たちが追っ払ってくれているはずだぞ」


 私は今までに危険な魔物に会ったことがない。きちんと会った魔物といえば、アオとセドくらいだ。二人ともとっても良い子。


(お父様が精霊たちに好かれているから、魔物たちにも好かれているってことなのね! お父様はとっても優しいものね)


「精霊たちが追い払えないほどの強い魔物じゃ、無理だけどな。それに人を追い払うことはできないから、絶対に、絶対に油断はするなよ」

「はい、わかりました」


 いつになくラズ兄様が真剣だった。今回みたいに賊に襲われた時には、精霊たちも為す術がないらしい。


(何事も、油断や過信はしちゃいけないってことよね)



「疲れた……もう無理です」


 すると、背後から生気の抜けたジェイドがよろよろと歩いてきた。


「お帰り、ジェイド! 大丈夫?」


 見るからに、げんなりとしているジェイドがいた。一体レオナルド王子と何があったのだろうか。


「はい、トイレに行くと言って逃げてきました。歯の浮くような言葉ばっかりで、もう限界です」


 ジェイドは本当に辛そうだった。


 レオナルド王子の砂糖菓子のように甘い囁きが、前世のプレイヤーたちを楽しませてくれていたはずなのに。


 レオナルド王子のようなキラキラ王子は、男性には受け入れ難いらしい。


「ジェイドはもう根を上げたのか? 仕方がない、優しいお兄様が助けてあげよう。サフィーがずっと寂しがっていたからな」


 そう言いながら、ラズ兄様はレオナルド王子のところに向かってくれた。


「ジェイドはもう少し、ゆっくりと休んだ方が良さそうね」


 先ほどまで、ラズ兄様が座っていた席をポンポンと叩いて、ジェイドに座って休むよう促した。


「ありがとうございます。でも私は大丈夫です。そのかわり、もしサフィーお嬢様がよろしければ、一緒に礼拝堂の方を見に行きませんか?」


 ジェイドの提案に、私は思いっきり目を輝かせる。


「あら素敵! 私も行きたいと思っていたの」


 だって、教会の礼拝堂は乙女ゲームにも出てきた、とても重要な場所だったから。とてもロマンチックで、憧れの場所。


 休憩もそこそこに、二人で礼拝堂へと向かった。


「思っていたとおり、素敵な空間ね。ステンドグラスの光が色とりどりに輝いてとても綺麗!」


 礼拝堂の中は、ステンドグラスによって生み出された色とりどりの光が、私たちを包み込むように反射して、より一層神々しい雰囲気を醸し出す。


「サフィーお嬢様、これをどうぞお受け取りください。ささやかながらこの旅の思い出に、と私からのプレゼントです」


 ジェイドはそう言いながら、徐にポケットから掌サイズのお土産袋を取り出し、私に差し出してきた。


「ありがとう。嬉しい……でも、私は何も用意してないの、私ばかり貰えないわ」


 ジェイドと違って自分は気が利かないなぁ、としょんぼりしてしまう。


「サフィーお嬢様からは、すでに数え切れないほどたくさんのものをいただいていますから、ご心配なさらないでください。これはサフィーお嬢様に似合うと思い、手にとったんです。教会内に土産物屋があるなんて、さすが観光地ですよね」


 ジェイドの言葉に甘えてありがたく頂戴し、さっそく袋を開けてみることにした。


「ネックレス? とっても綺麗な青色の石が付いてるわ。これって、私の色ね!!」


 中から出てきたのは、綺麗な青色の石が付いたネックレスだった。


(もしかして、これは乙女ゲームのレオナルド王子ルートのイベントの石!?)


 乙女ゲームでは、ヒロインとレオナルド王子がデート中、相手の瞳の色と同じお守りの石をお互いに贈り合う、ラブイベントがある。


 しかも、そのときの好感度によって、『お守りの石だけ』だったり、『お守りの石付きの指輪』だったりする。そして、それを礼拝堂の中で交換しあう。


(好感度が高いと、結婚式の指輪の交換の儀式みたいで、とっても素敵なんだよね。前世の私も「結婚したい!」って憧れたもの!)


「ふふ、ありがとうジェイド。とっても嬉しいわ」


 ネックレスの石を光に当て、透かしてみると、石に光が反射して、青色のきらきらが広がり、それがとても綺麗で、思わず胸の前でぎゅっと握り締めた。


 満面の笑みを浮かべながらお礼を言うと、ジェイドは少し照れながらも、嬉しそうな笑みを返してくれた。


「そのお守りの石は、魔力を込めて使うものらしいです」


 その言葉を聞き、すかさずジェイドを上目遣いで見つめる。


「ジェイド、我儘を言ってもいい?」

「はい、もちろんです」


 何を言われるかなんて分からないのに、間髪入れずに即答するジェイドは、むしろ我儘を言われるのが嬉しいみたいだった。


「この石には、ジェイドの魔力を込めてほしいな」

「私でいいのですか? ラズライト様やスーフェ様にお願いした方が、強い魔力を込められると思いますが?」

「うん! 私の専属従者はジェイドだもの。もしジェイドが側にいなくても、代わりにこの石が私のことを守ってくれるでしょう?」


 ジェイドと離れていても、ジェイドが私のことを守ってくれているという安心感。これ程までに嬉しいことはない。


 前にお強請りした護身用の短剣も、可能な限りいつも持ち歩いている。


「はい、どこにいたって守ってみせます。では僭越ながら……」


 私の手からネックレスを受け取り、ジェイドが魔力を込めはじめる。


 青色に輝く石は、忽ちジェイドとアオが仮契約した時に見せたような眩いほどの白銀色の光を放ち、次第に私たちを包み込んでいった。


 さらに、その輝きは増していき、キラキラと金色に輝く粒子をも含みながら、礼拝堂一面に広がっていく。ステンドグラスの光とも交わって、オーロラのような幻想的な世界が広がっていった。


 そして、先ほどまで青色一色だった石に、金色のラメの入った白銀色が混ざる。


「まるで私とジェイドの色が、綺麗に混ざり合っているみたいね」


 私の青色の髪とジェイドの白銀色の髪。乙女ゲームでは瞳の色だった。けれど、その乙女ゲームとは少しだけ違うということも嬉しかった。


「サフィーお嬢様の髪を、手で纏めていただいてもよろしいですか?」

「こう?」


 言われたとおりに、髪を手で纏めるとジェイドは私の背後に回り、ネックレスを私の首に付けてくれた。


「どう? 似合う?」

「はい、とってもお似合いですよ」

「嬉しい! ありがとうジェイド。大切にするね」


 すると、ラズ兄様とレオナルド王子が礼拝堂に入ってきた。


「ジェイミー嬢、ここにおられたのですね。今、ここからすごく眩しい光が見えたのですが、大丈夫でしたか? さあ、私のもとへいらしてください。あなたがいなくなって、私の心はぽっかりと穴が開いてしまったようだ」


 どうやら、ラズ兄様と合流した後も、レオナルド王子はジェイミーちゃんを探していたようだ。


 ジェイミーちゃんルートを突き進むレオナルド王子のことは、もう誰も止められないのかもしれない。





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