悪役令嬢の黒歴史
「ごめんなさいっ!!」
ふかふかのベッドの上で、私はひたすら土下座をした。謝罪相手はここにはいない。けれど、謝らずにはいられなかった。
どうしてかと言うと、過去の私、前世の記憶を思い出す前の私が、オルティス侯爵家の使用人のみんなに振るっていた態度を振り返ったからだ。
地獄のような黒歴史。
「本当に私は最低だよ。いくら謝ってもきっと誰も許してくれるわけないよ……」
それくらい酷い態度だった。はっきり言って、思い出すのも嫌だ。決して触れたくない過去だ。
けれど、あやふやなままでいてはいけないと、私の本能が告げている
きっと、前世の私が警告してくれているのだろう。前世の私が今の私を見たら、きっと幻滅するに違いない。
「……って、前世の私は悪役令嬢になって断罪されるサファイアをよく知ってるんだっけ。幻滅も何もないか」
あはは、と笑ってみても虚しいだけ。反省すべきことはきちんと反省しなければ、前には進めないということなのだろう。
新しい自分、素直な自分に生まれ変わるために。
だから、まずはじめに、ミリーのことを思い出してみた。私専属のメイドのミリーのことを。
私のことを、バケモノでも見るような目で見てきたミリーは、理由あって、つい最近になって、私の専属メイドになった、とても元気で明るい女性だ。
理由、というのは、私専属のメイドは、どうしてか入れ替わりが激しいからだ。どうして、というか、それは間違いなく私のせいだったりする。
ミリーは、特段の事情がない限り、毎朝欠かさずに、同じ時間に私のことを起こしに来てくれる。私の寝起きは悪いのに。
けれど、ミリーに謝りたいことはそれだけではない。起こされた私が、ミリーに浴びせる言葉が、それはもう酷いったらありゃしない、ということが一番の問題なのだ。
「どうしてこんな早くに起こすのよ」と「どうしてもっと早くに起こさないのよ」の二通りの言葉をランダムにミリーに浴びせる。
もちろん、毎朝同じ時間に起こしに来てくれるのに。
「うん、最低ね。理不尽以外の何ものでもないわ。私だったら、精神的苦痛の慰謝料をぶんどって、メイドなんて辞めてやる!」
私の非道ぶりを思い出しただけで、ミリーに申し訳なく思う。もちろん私が謝りたい人はミリーだけではない。
私は食事の席でも、盛大な我儘を発揮する。
私が食事をとる時は決まって何種類もの料理が目の前に並ぶ。大食漢だから、というわけではない。食べる量は人並みだ。
私はもちろん決まったように文句を言う。「こんなにたくさんの料理を食べられるわけないじゃない」と。
それなのに、敢えて品数を減らした日には、これまた文句を言う。「こんなに見窄らしい料理を食べる気にもならないわ。とても侯爵家の食事風景だとは思えない」と。
もはや、料理人さんたちに会わせる顔がない。
「うん、本当に最低。もういっそのこと消えてなくなりたい。私だったら、だったら食うんじゃねー! って言って、ちゃぶ台返しをしてやるわ」
残念ながら、オルティス侯爵邸には、ちゃぶ台なんてないけれど。
ここまで思い出して、私は思う。
「もしかして、私って“一言目には必ず文句を言わないと生きていけない病”だったのかな?」
もちろん、そんな病気などない。
「本当に私って嫌なやつだ。きっと、これこそが悪役令嬢へ順当に足を踏み入れている証拠だよね」
はあっとため息を吐くも、私の過去がなかったことになどならない。
「やってしまったことはもう仕方がない。臭いものには蓋をしよう」
挙げ始めたらきりがなく、思い出せば思い出すほど青褪める。挙げ句の果てに、気分が悪くなってきたので、私は「サファイアの黒歴史回想ツアー」を強制終了させた。
正直言って、もう二度と思い出したくない。
そして、冒頭に戻る。
今まで、こんなに酷い私に関わってくれた全ての人たちに、土下座をして謝りたい、と今まさに頭を深く下げて、懺悔をしていた。
「きっと、みんなは許してくれないよね? だって、本当に酷すぎるもの。やっぱり前世の私が今の私を見たら、幻滅どころか、きっと泣き叫ぶよね」
前世の私は、人を思いやる心を持つ、素直で前向きで、良い子を絵に描いたような少女だった。辛いはずの状況にも関わらず、いつも笑顔でいた。ほんの些細なことに幸せを感じながら。
「私も、前世の私みたいになれるかな?」
ぽつりと呟いた。
私は恵まれているのに、不満しか言っていない。世界中で私が一番不幸だと思っている。それは、孤独からくるものだと、何となく分かってはいるけれど。
「私って、本当に孤独なのかな? お父様もお母様も本当に私のことを何とも思っていないのかな?」
ふと、乙女ゲームの設定が頭を過る。
乙女ゲームの公式プロフィール設定には、サファイアのことについても書かれていた。「物心ついた時から、サファイアは孤独を感じ、愛に飢え、性格を歪めていった」と。
前世の記憶を思い出す前の私はきっと「まさにそのとおり!」と言うかもしれない。けれど、果たして本当にそうなのか。
確かに両親は忙しくて、ほとんど会うことができない。けれど、使用人のみんながいる。たくさんの人や物に恵まれているのに、全てを拒絶した。やれることは無限大だというのに。
前世の私も、入院していて両親になかなか会えなかった。けれど、病院のみなさんがたくさん声をかけてくれた。それに感謝して、素直に受け入れた。やりたいことは全て制限されていたのに。
「前世の私と今の私では、条件が違いすぎて比べるのはおかしな話だけれど、何事も全て気の持ちようなのかもしれないよね。だからこそ、私ってば、お父様とお母様に会えないからって、使用人のみんなに八つ当たりしすぎだよ! 本当にごめんなさい!!」
再び、平伏すように土下座をした。もちろん今も、謝罪相手はここにはいない。
猛省している最中「バタン」と私の部屋のドアが開く、とても大きな音がした。
「えっ?」
思わず私は顔を上げた。同時に、ぎゅーっと誰かに抱きしめられた。ふわりと優しく薔薇の香りに包まれる。
(この声、この香り……)
少しだけ、涙が零れそうになった。
「サフィーちゃん!!」
サフィーちゃんとは私のことだ。私の名前を呼ぶその声は、なぜだかとても悲しそうで、それでいて心配そうな声色をしていた。
その声の主が誰なのか、もう分かりきっている。
「お母様……」
ほとんど会うことが叶わなかった、私のお母様だった。