教会でのデート
「昨日は、たくさん動いたから筋肉痛だわ。もう動けないから、子供たちだけで遊んできてちょうだい」
さっきまで元気にジェイドをいじくり回していたお母様が、突然仮病を使い出した。私たちのことを茶化すのも飽きたから、自分のやりたいことをするのだろう。
そんな中、ラズ兄様が、ボソッと呟く。
「ババくさいな」
「ラズ、聞こえてるわよ。こっちに来なさい」
誰にも聞こえないほどの小さな声だったのに、地獄耳のお母様には聞こえたらしい。
ラズ兄様が首根っこを掴まれて、別の部屋に連れていかれた。
少し経った頃、涙目のラズ兄様が戻ってきた。
「ラズ兄様、大丈夫ですか?」
「あぁ……」
何があったのか、聞くのも怖い。
「とにかく、気を取り直して観光しましょう!」
ということで、子供たちだけで、ペレス村を観光することになった。
「この村は本当に一大観光地みたいね。すごい人だわ! 何が有名なのかしら?」
王都からそれなりに遠い村なのに、大勢の人で賑わっている。この殆どが観光客らしい。
「やはり教会が一番の観光スポットみたいですね。王妃様が子供の頃から頻繁に通われていたみたいです」
「王妃様は小さい頃から熱心に、神様にお祈りを捧げていたのね。さすが聖女様!」
「はい。しかも、教会が襲われて、燃やされそうになったところ、偶々居合わせた有名な冒険者の方が、氷魔法で炎を凍らせて事なきを得たらしいですよ。その時に雷鳴が轟いたとかで、魔王の仕業か? という噂もあったみたいです」
「魔王!? 魔王なんて存在するの? ラズ兄様は知っていますか?」
ここは乙女ゲームの世界だ。魔王がいるなんて聞いていない。
「え、ああ、いるんじゃないのか? それに、現に魔王以上に恐ろしい存在が、うちにいるだろう?」
「……たしかに」
ラズ兄様が言う魔王以上の存在とは、言わずもがな、お母様のことだろう。
「“魔王の魔の手から救われた奇跡の教会”としても一躍有名になったそうです。王妃様が聖女の力を目覚めさせたのも、その時みたいですよ。あとは、カップルで行くと結ばれるという噂もあるみたいですね」
ジェイドが、村の観光案内人の方から聞いてきてくれた。
「母上が通われていたところなら、是非とも見てみたいな」
「じゃあ、みんなで行きましょう!」
レオナルド王子のことだから、一番の決め手は、カップルで行くと結ばれるって方だろう。間髪入れずにジェイミーちゃんに手を差し出していたのを、私は知っている。
私たちは教会に着いた。少しだけ古びた教会だったけれど、教会の中に一歩足を踏み入れると、一気に厳かな雰囲気が醸し出され、空気が神聖なものに変わった気がした。
「すごい、空気が変わって、とっても癒される気がするわ。ね、ジェイ……」
ジェイドと呼ぼうとして振り返ったら、レオナルド王子は相変わらずジェイミーちゃんにべったりだった。
助けを求めるジェイドと目があったけれど、私は無言で首を左右に振った。
(無理、頑張れ!)
二人の邪魔をしてはいけない、教会の中だし一人で回ろうと思っていたところ、突然私は肩を叩かれた。
「サフィーお嬢様、たまには兄とデートしませんか?」
「えぇっ! ラズ兄様、いきなり何を言いだすんですか? でも、もちろん嬉しいですけどね!」
突然のラズ兄様のお誘いに、私は頬を赤く染めた。ラズ兄様とデートができるなんて、幸せなことこの上ない。
(あれ? でもラズ兄様は教会には入らないって言っていた気が……?)
ラズ兄様は、私たちが教会に入ろうとした時に、興味がないから外で待ってると言っていた。
「サフィーは最近ジェイドを構ってばっかりじゃないか。たまには兄とも遊んでくれないと俺は拗ねるぞ」
「もう、拗ねないでください! 今日は思う存分ラズ兄様とデートをしましょうね!」
私はラズ兄様と一緒に教会を見て回った。ある程度見て回ったところで、少し座って休むことになった。
「昨日のラズ兄様、とっても格好良かったです」
「あぁ、土魔法のことか? たまにはサフィーに、兄の威厳を見せたくて頑張ったよ」
「ふふ、とーっても尊敬してますよ。どうしてラズ兄様は、あんなにいろんな魔法が使えるのですか?」
私はまだ水属性魔法しか使えていない。正直言って、ラズ兄様がすごく羨ましい。
「それは、……俺がすごいんじゃないんだ。相棒がすごいだけなんだよ」
少しだけ、ラズ兄様に暗い影が差した。どうしてなのか分からないけれど、とても悲しそうな目をしていた。
(相棒っていうと、ラズ兄様の従魔ちゃんのことかしら? えっ? あの場所にいたの?)
そう思ったけれど、何となく、ラズ兄様に聞くことができなかった。
「でも、すごかったのは事実です。それに、ラズ兄様の努力の賜物でもあるはずですから」
「ありがとう。努力か、俺はまだまだ足りないよ」
「そんなに頑張るなんて、ラズ兄様は、魔法を使って何かをやりたいんですか?」
「やりたい、というか、今度こそは、大切なものを守れるように、同じ過ちをして、もう二度と大切なものを傷つけたくはないから。ただ、それだけだよ」
ラズ兄様はやっぱり、どことなく悲しそうで、それでいて、とても遠い目をしていた。
「もしかして、昔に、何かあったんですか?」
私の言葉に、眉尻を下げて微笑んだ。
「まぁ、いろいろな。サフィーは、大丈夫だったか?」
「何がですか? 筋肉痛ですか? 私、本当に何もやってないので、申し訳ないくらいです」
「そうか……」
(私は本当に何もやっていない。ただみんなに付いて行っただけ。私こそ、もっと努力しなきゃ)
「それと、俺なんて全然大したことないぞ。もっと恐ろしい人たちを、俺は目の当たりにしてるからな。俺なんか、まだまだ足下にも及ばない。だから、もっと頑張らなきゃな」
(ラズ兄様にそこまで言わせるお方って、一体どんな方なんだろう? ラズ兄様って、飄々としているように見えるけれど、実はかなりの努力家なんだろうな。きっと小さい頃からラズ兄様は……小さい頃? あれ?)
どうしてか、私は小さい頃のラズ兄様を覚えていない。全く思い出せない。
兄妹の仲が悪かった、という理由だけでは、説明ができないくらい、ラズ兄様の小さい頃のことが分からない。
(私って、ラズ兄様のことをよく知らない気がする、というか、知らなすぎる! それどころか……)
「ねぇ、ラズ兄様? ……私って、小さい頃どんな子でしたか?」
(私、小さい頃の記憶がない……)