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それぞれの夜

 廊下に残された私とジェイドは、未だ微動だにできないでいた。けれど、私は決心し、口を開く。


「ジェイド、疲れたでしょ? 廊下にいても迷惑だろうし、とりあえず部屋に入らない?」


 今日は一日、本当にいろいろなことがあった。しかも、ジェイドは女装して、終いにはレオナルド王子のお相手までしていた。疲れてるはずだ。


(大丈夫、同じ部屋で一緒に寝るくらい、私だってできるはずよ。前世の私は、病院の大部屋に男の子と一緒に入院していたことだってあるんだから)


 私は自分に言い聞かせた。が、本心はもちろん心臓があり得ないほどバクバクと言っている。


「サフィーお嬢様、安心してください。私は廊下で寝ますから。お部屋でゆっくりお休みください」

「だめ! それならジェイドが部屋で休んで。私が廊下で寝るわ!」

「それこそ、絶対にだめです」


 どちらも一歩も譲らない。でも、今回ばかりは私の王妃様を守りたいっていう我儘に付き合わせている。だからこれだけは絶対に譲れないと、私はジェイドに睨みを利かせた。


「……分かりました。一緒に部屋で休みましょう」


 ふうっと息をはいたジェイドが観念して、結局は二人とも部屋に入って休むことになった。


 部屋に入り、私はソファーに座って寛ぐと、改めてジェイドの女装姿をマジマジと見つめる。


「ジェイドのその姿、本当に可愛いわね。びっくりしたけど、とっても似合ってるわ」

「私もびっくりしましたよ。全てスーフェ様と王妃様のされるがままです」


 今日あった出来事を思い出したのか、ジェイドは遠い目をしている。あの二人のことだ。考えただけでも、ジェイドの苦労が目に見える。


「ジェイド、本当にありがとう。ジェイドが私の話を信じてくれたから、みんなが今、こうして笑っていられるのよ。本当に感謝しているわ!」

「いえ、もともとは、サフィーお嬢様が私を助けてくれたから、今があるんです。それに今回のことは私一人の力ではありません。サフィーお嬢様の周りのみなさんのおかげですし、前世のサフィーお嬢様のおかげでもありますしね」


 ジェイドに言われた言葉が、私はとても嬉しかった。


(前世の私のおかげか。前世の私は、迷惑をかけてばかりで何もできなかったと思っていたみたいだけど、今になって前世の私を褒めてもらえるとは夢にも思わなかったな)


 嬉しくて、心が擽ったくなった。


「サフィーお嬢様、無理に、とは言いません。侯爵邸に帰って落ち着いたら、サフィーお嬢様の前世のお話をしていただけませんか? サフィーお嬢様が一人で苦しまないように、私も全力でお助けしたいんです」

「うん、ありがとう。……とりあえず、お化粧落とす? ジェイミーちゃん?」


 ジェイドの優しい言葉に、私は涙が出そうになったのを必死で堪えて、少しだけはぐらかすように話題を変えた。


「私も疲れちゃったから、休む準備をするね」


 ジェイドが化粧を落としたりしている間に、先にシャワーを浴びさせてもらった。


「次、ジェイドどうぞ」

「はい、お言葉に甘えて失礼します。サフィーお嬢様は先に、ベッドでお休みになられて下さいね」

「はーい」


 勢いよく返事をしたものの、一旦ソファーに座り、ジェイドが淹れてくれた紅茶をいただくことにした。


「本当にみんなのおかげだわ。全てがうまくいって本当に良かった。うん! 落ち着いたら、ジェイドに全部話そう。ジェイドならきっと大丈夫、信じてくれるもの」


 そう決意すると、安心しきったのか、私はそのままソファーで寝てしまった。



******



【SIDE】 ジェイド


「あれ? サフィーお嬢様?」


 俺はシャワー浴び終えて、いの一番にベッドに目を向けるも、サフィーお嬢様の姿がない。


 慌てて部屋中を見渡すと、ソファーで寝てしまっているサフィーお嬢様を見つけ、ほっと胸を撫で下ろす。


「こんなところで寝てしまっては、風邪をひきますよ」


 余程疲れたのであろう。いつもならば、隙を見せることのないサフィーお嬢様の幸せそうに寝ている姿を見て、微笑ましく思う。


(本当に可愛いな。天使の寝顔だ)


「ジェ イ……ド……」


 いきなり自分の名前が呼ばれ、ドキッと心臓が跳ね上がる。


「その、お菓子は、アオの……」


(何て夢を見てるんだ……)


 そう思いながらも、いつもは大人びていて絶対に見せないサフィーお嬢様の年相応な一面を目の当たりにし、一気に身近に感じてしまう。


 俺はサフィーお嬢様を起こさないように、そーっと横抱きに抱きかかえ、ベッドに連れて行く。


 もちろん触れることは躊躇われたけれど、風邪をひかれては困るから。


「お休みなさいませ、サフィーお嬢様……」


 サフィーお嬢様をゆっくりとベッドに下ろし、離れようとした瞬間、


「アオ、もふもふ〜!!」


 頭が真っ白になった。


 ベッドの上で、ぎゅーっと抱きしめられたのだから。あまりに突然のことで、俺は体勢を崩し、抱きしめられたまま、添い寝する形になってしまった。


(逃げられない。……というか、この状況は、さすがに耐えられないかも……)



******



【SIDE】 スーフェ


「あら? スーフェ、可愛いお客様がいらしたわよ」


 ベロニカがドアを少し開けると、ドアの隙間から黒猫ちゃんが部屋の中に入って来た。


「噂をすれば、ね。私はちょっと席を外すわ。ごゆっくりね、黒猫ちゃん」


 そう言うと、ベロニカは部屋を出て行った。


 漆黒の毛並みを持つ黒猫ちゃんは、軽やかに私の座っている目の前のテーブルの上に、ひょいっと飛び乗った。

 そして、口に咥えていたネックレスを置く。


「あら! 持って来てくれたのね。ありがとう。それじゃ、もうラズと王子は寝たのね。きっと、いろいろあったから疲れたのね」


 そう言いながら、その真紅色の石の付いたネックレスを首に付けた。やっぱりこれがないと落ち着かない。私にとって、とても大切なネックレスだから。


「ふふふ、怒っているの? でもこれのおかげで、絶対に王子は安全なんだもの。親友の大切な息子に、傷の一つも付けられないわ。あなたが付いているのだから、それだけで安心だけどね。あっ、馬車の中で油断したでしょ? ふふふ、あなたもまだまだね」


 それを聞いた黒猫ちゃんは、ツンとした素振りだ。だからちょっとだけ悪戯を仕掛ける。


「久しぶりに一緒に寝る? 何だったら心を……」


 そうすると、ビクッと全身の毛を逆立てて、じろりと私を見てくれる。


「冗談よ、冗談!」


 はあっとため息をついて、ドアの方に向かって行った。


「あら? もう帰るの? そうね、あまりあなたが起きていると、また明日眠くなっちゃうものね。いつもラズとサフィーちゃんのことを守っていてくれてありがとう」


 黒猫ちゃんは振り返り、私を一瞥してから、ベロニカと入れ替わるように、部屋を出て行った。


 その真紅色の瞳で、見つめてから……


(ふふふ、いつも私と同じことを思ってるのね)


 けれど、私は黒猫ちゃんには絶対に気付かせない。ひらひらと手を振って笑顔で別れを告げる。


「あら? もう帰っちゃったの?」

「ふふふ、相変わらずあの子は照れ屋だからね、ツンデレっていうやつかしら?」





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