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王妃様救出大作戦(1)

「とうとう、この日が来たわ……」


 私は、ごくりと息を呑む。正直言って、昨日は眠れなかった。


 今日は、お忍び旅行中の王妃様が、賊に襲われてしまうかもしれない日。朝から不安と緊張で、ソワソワと落ち着けないでいる。


 それに比べて、お母様がとても楽しそうにしていることが、純粋に凄いと思う。馬車の中で食べるために持ってきたクッキーを、今まさに摘み食いしているのだから。


 そしてもう一人、ラズ兄様は眠そうだ。というか立ったまま寝ている。


(ラズ兄様、なんて器用なのかしら。寝ている姿も超絶イケメンだし、めちゃくちゃ貴重なお姿だわ!!)


 たとえ緊張していても、ラズ兄様の貴重な姿を拝む気持ちは忘れやしない。


 ジェイドに至っては、やけに神妙な面持ちだ。


(……って、どう考えても、ジェイドの反応が普通でしょ! 何なの? うちの家族の緊張感のなさは!!)


 待ち合わせ場所で、王妃様御一行を待っていると、時間どおりに、王妃様とレオナルド王子を乗せた馬車が到着した。


「おはよう、スーフェ、みなさん」

「おはようございます、王妃陛下。この度は、母子水入らずのご旅行に、無理を言ってご同行させていただき、ありがたく存じます」


(さすがお母様! この前のお茶会の時のような、くだけた態度は微塵も感じさせないなんて。忘れてしまいそうになるけど、お母様は侯爵夫人だものね!)


「あなたたちと一緒に行くことができて、私たちも嬉しいわ。賑やかな旅になるよう、どうぞよろしくね」


 王妃様は優しく微笑んでくれ、朝から極上の癒しを味わった。


(やっぱり王妃様が死んじゃうなんて嫌だわ! 絶対に救ってみせる!)


 気合を入れていたところ、お母様の呼ぶ声で、私は我に返る。


「サフィーちゃん、あれをお渡ししたら?」

「はい!」


 お母様にそう促されると、用意していたバスケットを王妃様に差し出した。


 この前、せっかくのお茶会を途中退席して心配させてしまったので、ごめんなさいの気持ちを込めて、旅のお供にと用意したものだ。


「王妃様、よろしければこちらをぜひお召し上りください」


 バスケットの中には、馬車の中でも食べられるように、サンドイッチとクッキーとカップケーキだ。


「あら、ありがとう」


 バスケットの中身を確認した王妃様は、ぱあっと愛らしい笑顔を浮かべ喜んでくれた。

 極上の癒し、なのに、私のテンションをぶち壊すような、あの半端ない美声が聞こえてくる。


「どうしてお前たちがいるんだよ?」


 レオナルド王子は吐き捨てるように呟いて、さっさと馬車の中へ戻ってしまった。


「生意気なやつだな」

「ラズ兄様! 起きてらしたのですか?」

「今起きたよ。おはよう、サフィー」


 ラズ兄様は、寝起きにもかかわらず、爽やかな笑顔を私に向けてくれた。


(どんな時でも、やっぱり超絶イケメンだわ。私なんて、なかなか起きられないし、寝起き姿なんてミリー以外には、絶対に見せられないもの)


 それからすぐに、馬車に乗って出発し、改めてみんなで作戦会議をはじめた。


「それで、これから何が起きて、俺は何をすればいいの?」


 はじめに切り出したのはラズ兄様だった。それもそのはず、ラズ兄様にはほとんど何も説明していない。ようやくお母様が、今回の作戦を説明しはじめた。


「ラズは、サフィーちゃんと一緒に誘拐される予定のレオナルド王子を追いかける役ね。レオナルド王子には、こっそりと、とっても大切な物を持たせたから」

「ゆ、誘拐!? 大丈夫なのか? サフィーは思い出したりしてないのか?」

「!?」


(おっと、まずいわ。どうしてか、ラズ兄様からも、思い出すって言葉が出てくるなんて。やっぱり前世の記憶のこと? ラズ兄様にまで前世の記憶のことがバレそうなのかしら? そして、ラズ兄様の瞳の色が、赤く揺らいでるし!!)


 私がどう答えていいか分からず、言葉に詰まっていると、思わぬ援軍が現れた。


「大丈夫よ、ラズ。サフィーちゃんは思い出してないから」


(ここにきて、まさかのお母様が味方になってくれるなんて、百万馬力ね! この流れに乗って、私はこのまま誤魔化してみせるわ!!)


「お、お母様、その大切な物を持っていると、何ができるのですか?」


 秘技、話題転換の術!!


 お母様がさらりと言っていたことが気になった私は、お母様に尋ねた。


 どうして、レオナルド王子を追いかけるのに、“大切な物”が関係してくるのか、を。


 気になった時に聞いておかないと、絶対に教えてくれないから。聞いても「秘密」と言われてしまうけれど。


 すると、奇跡が起き、ため息交じりにラズ兄様が教えてくれた。その瞳の色は、いつの間にか紺碧色に戻っていた。


(もしかしてラズ兄様は興奮すると瞳の色が変わるってパターンかしら?)


 それはそれで珍しいけれど。


「探知できるんだよ。そんなに離れていなければ、大体の居場所は分かる。ただし、魔力を探るから、人がいっぱいいたり、妨害されたら俺だけじゃ探知は難しい。それに慣れ親しんだ魔力を探す方が簡単だから、大切な物……おそらくだけど、俺の魔力が付いたものなら、探しやすいんだよ」

「なるほど! 探知能力か。あー! だからラズ兄様はいつも、私の居場所がすぐに分かったんですね」


 神出鬼没の理由が判明し、ラズ兄様はバツが悪そうだ。これがお母様の言っていた「言うわよ」の答えなのだろう。


「もし、犯人側に人数がいたとしても、アオちゃんがいてくれれば、どうにかなるでしょう」


 アオは今、馬車の前方を王妃様たちには気付かれないように警戒をしてくれている。おかげで魔物も全く出ないで、順調に目的地に進めているようだ。


「そう言えば、今日はお母様のワンちゃんとラズ兄様の黒猫ちゃんはいらっしゃらないのですか? お二人の従魔ちゃんたちに会いたいです」


 私の言葉に、ラズ兄様が首を傾げる。


「俺の従魔は黒猫じゃないぞ? 前にも言ったとおり、俺が欲しいのは、青い毛並みの……」

「ラズ兄様は黙っててください。お母様のワンちゃんは、今日はいらっしゃらないのですか?」

「私? そうねえ、ワンちゃんは私の従魔じゃなくてお友達よ。私の相棒は生涯一人だけだから」

「ス……」

「それよりも、今は作戦の続きよ! 私とジェイドは王妃様の護衛にあたるから。ね、ジェイド」

「はい……」


 ジェイドは、全てを諦めたような表情で返事をした。


(あれ? 何か今、重要なことを見過ごした気がするんだけど? でも、そうよね、今は王妃様の命がかかっているんだから! 集中、集中!)


「犯人たちが、実行するとしたら、おそらく次の休憩場所の村よ。無理に阻止しないでいいって了解も得ているわ。少しくらい王族としての自覚を持って欲しいんだって。サフィーちゃんの話だとレオナルド王子には危害を加えなさそうだしね。そのままアジトも探って、敵を一網打尽にするわよ。私とジェイドは王妃様が犯人側と接触するのを阻止するわ」


 作戦会議も終わり、しばらくすると、フロー村と言う村に着き、休憩することになった。


「おい、どうしてお前らは俺についてくるんだよ」


 予想どおり、レオナルド王子が護衛を一人だけ連れて歩いていったので、私とラズ兄様が追いかけた。


「あまり離れて行動しない方が、よろしいかと思いまして」


 私はやんわりと、危険なことを伝えようとした。 


「邪魔するな。それに俺がもし襲われても、俺の魔法で撃退してやるから大丈夫だ」


 レオナルド王子は私の言葉に、全く聞く耳を持たずに行ってしまった。


(もう何なの! 乙女ゲームの甘い言葉を囁いてくれる『the王子様キャラ』と全然違うじゃない! ねぇ、ラズ兄様……)


 心の中でラズ兄様に同意を求めようとし、ラズ兄様に目を向けたところ、ラズ兄様は珍しく無口で、少しだけ不機嫌だった。


「とりあえず、追いかけなきゃ!」


 私はレオナルド王子を追いかけようとした。けれど、突然聞こえてきたラズ兄様の呟きに、思わず立ち止まる。


「自分の力を過信するなんて、愚か者のやることだ。失ったり、傷付けてからじゃ遅いのに……」


 その瞳は、赤く揺らぎはじめている。


(えっ? ラズ兄様の瞳がまた揺らいでいるわ。どうしよう? こんな時は……)


「ラズ兄様!!」


 お母様のように迫力のある声は出せないけれど、ラズ兄様を正気に戻すために、私は両手でばちんと、ラズ兄様の頬を挟んだ


「あっ、ごめん、大丈夫だ。これから起こることは、サフィーはできるだけ見ない方がいい。王子ならどこに居ても分かるから大丈夫だ。母様の持たせた物が、おそらく“あれ”だろうから、王子に引っ付く必要はないよ」

「はい、分かりました」


 いつものラズ兄様であることに安堵して、ラズ兄様の提案を素直に受け入れた。


 しばらくたつと、先ほどレオナルド王子が連れていた護衛の人が、血相を変えて戻ってきた。


「レオナルド王子を見失いました。申し訳ありません。レオナルド王子の代わりに、この手紙が残されていました」


 護衛の人は震える手で、王妃様に手紙を渡した。王妃様はそれを受け取ると、中に入っていた手紙を読み上げた。


「子供は預かった。無事に返して欲しければ、一人で精霊の加護の木まで来い」


 精霊の加護の木とは、荒野の中に一本だけ生えている大きな木のことだ。


 昔、大規模火災があったにもかかわらず、奇跡的に一本だけ残ったらしい。噂よると、強力な加護を受けた木だから、たくさんの精霊たちが集まっているのだとか。


 それを読み終えると同時に、王妃様はその場に崩れ落ちた。


「ベロニカ、しっかりして!!」


 青褪めた王妃様を支えるようにして、お母様とジェイドは馬車に乗りこんだ。





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