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美しくも儚い一枚絵

「サフィーちゃん、できた〜?」


 ひょっこりと厨房に顔を出したお母様は、今日も安定の嗅覚だ。


 今日は、学園がお休みの日なので、お母様が王都にある別邸に来てくれている。


 ……と言っても、私とジェイドが学園に通うようになってから、お母様も王都の別邸に住んでいると言ってもいいくらい、毎日顔を会わせている。


 もうすぐお母様のお友達が遊びに来ると言うので、私は朝からせっせとお菓子作りに励んでいるところだ。


「できました〜!! すぐにお出しできるように準備しちゃいますね」


 今日のメインのお菓子は、ケーキ!! チーズケーキとフルーツタルト、それにマカロン。いろいろな種類を少しずつ食べられるように一口サイズに仕上げた。


(ふふ、やっぱり女子は欲張りだから、たくさんの種類のお菓子を食べたくなっちゃうものね!)


「サフィーちゃん、できてるなら、一口ちょうだい!」

「だめです! みんなで一緒に食べましょう」


 お母様は絶対に厨房の中には入ってこない。だから、こっそりと食べられる心配はない。


「ちえっ!」


 お預けを喰らい、舌打ちをするお母様。


(それはさすがに可愛くないです!! もうっ、子供じゃないんだから……)


「あら? 来たみたいだわ。サフィーちゃんにも紹介するから、準備ができたらサロンに来てね」

「はい! もう準備はできたので、一緒にお出迎えします!!」


 お母様と一緒に向かうと、思わず見惚れてしまうほど、とても綺麗な女性がやって来た。


(うわあ! すっごく綺麗な人だわ!!)


「ベロニカ、いらっしゃっい。待ってたわ!」

「こんにちは、お招きいただき、ありがとうございます」

「ふふふ、柄にもなく、かしこまっちゃって!」


 お母様のお客様、ベロニカ様は、ピンクブロンドのロングヘアーを横で一つに束ね、優しい目元のとても落ち着きのある清楚系の美人さん。

 ただ……


(どこかで見たことがある気がするのは、気のせいかしら? こんな美人さん、一度見たら絶対に忘れないはずよね? ……あれ?)


 一瞬だけ、私の頭の中を一枚の美しい絵が過った。


(今の、何か、思い出せそうな……)


 けれど、どうしても思い出せず、もやもやとした感情だけが残された。


(きっと、そのうち思い出せるよね)


「サフィーちゃんは、初めまして、よね。私のお友達のベロニカよ」


 お母様に紹介されて、私も挨拶をすると、まるで聖母のような癒しの笑顔で、にこりと微笑んでくれた。


「初めまして、ベロニカよ。うちの息子がサフィーちゃんに迷惑をかけてるみたいで、本当にごめんなさいね」

「息子さん、ですか?」


 私は首をこてりと傾げた。誰のことを言っているのか、全く分からなかったから。


「ふふふ、もしかして気付いてないのかしら? この前、お弁当を食べられちゃったでしょ?」


(たしかに、最近カフェテリアでジェイドとお弁当を食べていたら、やんごとなきお方に絡まれて、お弁当をほとんど食べられたことがあったわ。……と言うことは)


「お、王妃様っ!?」


 目の前にいる美人さんの正体に気付き、私は思わず大声で叫んでしまった。


「ふふふ、やっぱり気付いてなかったのね」


 お母様と王妃様が目を合わせて笑っている。お母様のお友達が、まさか王妃様だなんて、そんなこと微塵も思っていなかった私は、驚きを隠せない。


 王妃様はこの国の聖女様でもある。はっきり言って、私がそう簡単に会えるお方ではない。


(聖女様だから、こんなに癒し系オーラが全開なのね。レオナルド王子のお母様ということは、もしや、苦情を申し立てる絶好のタイミング!?)


 もちろん、そんなことできるはずがない。


「あの子ったら、城に帰ってくるなり第一声が『あの美味い料理を作れ』だもの。詳しく聞いたら、サフィーちゃんたちのお弁当を食べちゃったって言うじゃない。本当に恥ずかしいわ」


 王妃様がとても申し訳なさそうに私に謝ってくれる。苦情を申し立てるどころか、逆に申し訳なく思ってしまう。


(王妃様のことを、何となく見たことがあると思ったのは、レオナルド王子と似てるからなのかな。でも、どうしてか、もやっとするのよね……)


 どうにか納得しようとするけれど、どうしてなのか、腑に落ちなかった。


「さあ、さっそくお茶にしましょう。サフィーちゃんが作ったケーキは本当に絶品なのよ!」

「王妃様のお口に合えば良いのですが……」


 私はケーキを準備して、王妃様に差し出した。自分の作った料理を王妃様に食べていただくことを考えただけで、緊張して手が震えてしまう。


「すごく綺麗ね。見てるだけで幸せな気分になれるわ」


 ぱあっと華やいだ笑顔でケーキを観察する王妃様のお姿は、癒しの女神そのものだった。


 私たちはさっそくケーキを食べはじめた。


「「「いただきます」」」

「まずは、これにしようかしら。柔らかくて崩れちゃいそうね。んーっ美味しい! 口の中で甘さが広がって、もう幸せっ! サフィーちゃんは天才ね、今すぐうちにお嫁さんに来てちょうだい!」

「……」


 王妃様のお言葉に、私は何て答えていいのやら、思わず黙ってしまった。


(いや、無理でしょ。あなたのところはレオナルド王子じゃないですか、本当に無理! ……なんてことは、口が裂けても言えないわ。間違いなく、不敬罪!!)


「サフィーちゃんはあげないわよ。王族なんて堅っ苦しいところに、可愛いサフィーちゃんをお嫁になんてやれないもの。お婿にくるのなら考えてもいいけどね」


(お母様、ちょっとはオブラートに包みましょうよ。それに、お婿でもレオナルド王子は遠慮させてください)


 お母様の言葉に、私はひやひやしてしまう。だって、目の前にはその王族に嫁いだ王妃様がいるのだから。それなのに、


「本当にそうよね〜、あんなところに嫁ぐもんじゃないわよ。毎日、息が詰まりそう」


(わわわっ、王妃様がそれを言っては、絶対にいけません!!)


 このお二人の毒舌は、とても私の心臓に悪かった。それなのに、一向に止まる気配はなさそうだ。


「あの、レオナルド王子はとても魔法がお上手なので、尊敬しています。この前の授業でも、先生に褒められていらっしゃったんですよ」


 この場の空気を変えたくて、私は話題を逸らした。オルティス侯爵家に伝わる「秘技、話題転換の術!」だ。


「それは嬉しいわね。でも、あの子は少し調子に乗りすぎてるから、一回くらい痛い目を見た方が良いのよね」


 秘技、話題転換の術は失敗に終わった。王妃様の毒舌は止まることを知らない。


「今度ね、私の故郷のペレス村に連れて行く約束をしたんだけど『俺の魔法があるから護衛はいらない』とか言っちゃって、本当に舐め腐ってるのよ」


 聖女崩壊。王妃様の言葉遣いがどんどん悪くなっていく。もちろん止めてくれる人など、どこにもいない。煽る人はいるけれど。


「ペレス村って、もしかして、じゃがいもの?」

「そうそう、スーフェがペレス村に初めて来た時に、突然じゃがいもを茹で始めたじゃない。この女の子、頭イカれてんじゃないの? って驚いたわよ」

「私こそ、あんな美味しいじゃがいもを食べないなんて、この村人たちは、味覚がトチ狂ってるのね! って思ってたわ」

「「ふふふ」」


 とてもいい笑顔で、思い出話に花を咲かせているようだ。それなのに、背筋が凍りそうになるのはなぜだろう。


(怖いから、早く退散したい……)


「それで、ベロニカたちは、イモ村には、いつ行くの?」

「イモ村って言わないでよ! 来週のレオナルドの学園がお休みの日よ。大型連休だから、お忍びでこっそりと行って来る予定なの」

「大丈夫? 最近イモ村に行くまでの道のりって、治安が悪いって噂よね?」

「もうっ、ペレス村だってば! そうなのよ。隣の村が財政難で廃村の危機だからか、時々賊が出るらしいのよ。国でもどうにかしなきゃって、動いてはいるんだけどね」


(賊かあ、怖いな〜……って、あれ?)


 私は今、重要なことを思い出そうとしている。

 それは、先ほど一瞬だけ頭に浮かんだ一枚絵。今度こそは鮮明に、私の頭の中に蘇る。


「レオナルド王子が、倒れた王妃様を腕の中で抱きかかえている」一枚絵。



(あ、あぁぁぁぁああぁっっっ!!)



 乙女ゲームでは、全ルートに「攻略対象者の過去のトラウマを、ヒロインが癒して、恋に発展する」という、とても重要なイベントがある。


 それはもちろん、レオナルド王子ルートにもあるわけで。私が今思い出したのは、そのイベントのワンシーンだ。


 レオナルド王子が自分の過去のトラウマをヒロインに告げる際に、レオナルド王子の回想シーンとして使われる、美しくも儚い一枚絵。


 俗に言う「スチル」と呼ばれるもの。


「母の生まれ故郷に帰る途中、賊に襲われ、母が命を落とした。俺が自分は強いと驕って護衛を撒き、賊に攫われたりしなければ、俺のかわりに母が死ぬことなどなかったのに……」というエピソード付きで出てくるスチル。



(えっ、待って。乙女ゲームだと王妃様って、死んでしまう設定ってことよね? 「故郷に帰る」「自分は強い」「護衛を撒く」「賊が出る」って、全て、似たような会話が今繰り広げられていたところじゃないの!!)


 驚愕の事実を思い出し、途端に私は全身の震えが止まらなくなった。この場にはいられないほど。


(だめだ、私、泣いちゃうかも……)


「ちょ、ちょっと失礼します」


 さすがにここでは泣けないと思い、失礼だと思いながらも席を立ち、廊下に出て走り出した。


「サフィーお嬢様?」


 廊下で待機してくれていたジェイドが、慌てて私を追いかけてきてくれた。


「どうしましたか? ご気分が優れないのですか?」


 心配してくれるジェイドの顔を見て、とうとう涙が溢れ出して止まらなくなる。


「ジェイド、どうしよう……私、どうすればいいの?」


(このままじゃ、王妃様が死んじゃうかも……)





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