弁当泥棒と俺様王子
入学式の日にレオナルド王子から一方的に絡まれて以来、これといって目立った接触はない。
(本当にあれは何だったの? できる限り関わりたくないのに!!)
ジェイドも、私が一人にならないように気を使ってくれている。
(さすが私の優秀な従者よね。こんなにさり気ない気遣いができる人なんていないわ)
けれど、最近少しだけジェイドの言動がおかしい。間違いなくこの前のレオナルド王子の一件のせいだ。
何をどう勘違いしたのか、レオナルド王子のような貶し言葉ではなく、あわやキュン死に必須の心臓に悪い系。
(もしかして、これがジェイドの本性? いや、そんなはずはないと思う。いずれにせよ、私にそんな癖はないわっ!!)
「ジェイド、今日は雨だからカフェテリアをお借りして昼食を食べましょう」
「はい、ではそちらに昼食のご準備をしますね」
私とジェイドは、いつもは人目につかない中庭やテラスで持参したお弁当を食べている。
カフェテリアに行けば、胃もたれしそうなほど豪華な料理が食べられ、味もそれなりに美味しい。
けれど、食の改革をした我がオルティス侯爵家の料理人たちが作ってくれる料理の美味しさと比べたら雲泥の差だ。
私たちは、カフェテリアの端の方をお借りしてお弁当を広げた。
入学当初は「人前で同じ食事の席につく事などできません」とジェイドに断られけれど「一人で食べても美味しくないから」とお願いをして、今では一緒に食べてもらっている。
その他にも「後ろを歩かれるのは嫌だから」と隣を歩いてもらったり「学校では従者ではなく友達として接してほしい」とお願いしている。あくまで全て「我儘」ではなく「お願い」だ。
そして、やっぱりジェイドは優しい。「無理です」と言いつつも「お母様の同意は得ているわ」と言うと、渋々了承してくれるのだから。
「「いただきます」」
私たちは向かい合わせに座り、お弁当を食べはじめた。
「ジェイド、これ私も一緒に作った自信作なの。食べてみて」
甘めに味付けをした厚焼き玉子をお皿に乗せてジェイドに差し出す。ふわふわに綺麗に焼くのもコツがいる。ひそかに私の得意料理だったりする。
楽しい気分でお弁当を食べていると、すこぶる美しい声が聞こえてきた。
(あのお方か……)
そして、もちろん絡まれる。
「侯爵家のご令嬢が弁当だなんて貧乏くさいな。何だよこれ、これが食い物なのか!?」
レオナルド王子だ。
(本当に失礼っ!! 本当に信じられないっ!! 格好良いキラキラ王子だからって、全てが許されると思ったら大間違いよ!!)
……と思いつつも、きっとほとんどのことが許されるのだろう。だって、本当にこの国の王子様なのだから。
すると突然、何を思ったか、レオナルド王子はジェイドに渡したはずの厚焼き卵を自分の口に放り込んだではないか。
(えっ!? 王子様って、毒味とか必要よね? もちろん毒なんて入ってないけれど)
しばしの沈黙の中、レオナルド王子が呟く。
「何これ、美味いんだけど……」
信じられないというような顔をしながらも、さらに「もうひとつ」と手が伸びる。
「あ、あの、王子殿下?」
意を決して、おそるおそる声をかける。それなのに……
「次っ!!」
「えっ?」
「だから、次の食べ物を寄越せ」
(このお方は、一体何を仰ってるの? お前のものは俺のもの、とでも思っているのかしら?)
そんな理不尽も、彼なら罷り通るかもしれない。だって本物の王子様だから。
結局、お弁当のほとんどをレオナルド王子が一人で食べて、颯爽と去っていった。
「一体、何だったの?」
台風一過のような突然の出来事に、私たちは呆気に取られてしまった。
呆然とする私とジェイドだったけれど、何とか先に口を開いたのはジェイドだった。
「俺はなんとなく王子殿下の気持ちが分かる気がします」
「えっ? 分かっちゃうの?」
私はジェイドの言葉に心底驚いた。まさかジェイドが、ジャ◯アン理論をするとは思えないから。
「オルティス侯爵家で出される料理は本当に美味しいんです。私も初めて食べた時は、こんなに美味しい料理があるのかと衝撃を受けましたし、他の料理が食べられなくなるほどです」
「そ、そうなの?」
「はい、自信を持って断言します」
強く頷いてくれるジェイドに、私は誇らしい気持ちになる。
「それなら嬉しいわ。オルティス侯爵家の料理人たちが褒められたというのならとっても鼻が高いもの。でも、お弁当はほとんど食べられちゃったわね」
いつの間にか空っぽになったお弁当箱だけが、目の前に残されていた。
「もしよかったら、これだけでも食べてね」
差し出したのは、食後にゆっくりと食べようと思っていたデザートだ。ジェイドを驚かせようと、こっそりと隠し持っていた。
(カップケーキにして良かったわ。これなら少しでもお腹が膨れるよね)
「ありがとうございます。うん、やっぱり美味い!」
ジェイドの嬉しそうに食べる姿を見て、私は思う。
(ジェイドは本当に忠犬みたいで可愛いわね。忠犬といえば、アオに会いたくなっちゃう。もふもふ)
アオのもふもふを想像した私は、とても幸せな気持ちになった。きっと満面の笑みを浮かべているに違いない。
「……俺以外にその笑顔を見せるなよ」
「えっ!?」
(今、何かが聞こえてきた気がする。けれど、聞き間違いよね?)
私は、そおーっとジェイドを見つめた。信じられないけれど、ジェイドから聞こえてきた気がしたから。
「いえ、何でもありません。すみません……」
ジェイドが真っ赤な顔して、あからさまな態度を示す。
(やっぱりジェイドだったのね。いや、本当は聞こえてたし、ばっちり聞いちゃったわ。なんですかっ、その俺様感満載なセリフは!!)
ジェイドが間違いなく発したと認識したら、どうしてか、私の身体まで一気に火照ってきた。
(やばい、やばすぎる!! ジェイドにそっち方面に覚醒されたら、私の心臓がもたないかも。ジェイドは可愛い忠犬でいなさーいっ!!)
それから、お昼になると毎日のようにレオナルド王子が私たちを探しているらしい。だから私たちは毎日場所を変えつつ、昼食をとらなければならない状況だ。
(困ったな? 誰に苦情を申し立てればいいのかしら?)
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【SIDE】 ジェイド 〜その日の夜〜
「どうしてだろう? 今日こそは、サフィーお嬢様に喜んでもらおうと思ったのに、うまくいかなかったな」
俺は一人、反省会をしている。少しでもサフィーお嬢様を喜ばせたいがために、レオナルド王子殿下のようになろうと自己研鑽を重ねているところだ。
「前に読んだ本の覚えている台詞を言ってみたのにな……」
俺はあの時のサフィーお嬢様の様子を思い出す。
「少しだけ戸惑っているように見えたけど……でも最後に見せた真っ赤な顔がとても可愛かったな」
やっぱりサフィーお嬢様は“あれ“が好きなのだろう、と結論付けた。
「レオナルド王子殿下みたいな、俺様感? ってどうやって出すのだろうか? うーん、難しい……」
----過去回想
「ルーカスお兄様、お兄様は優しすぎるから、少しは俺様王子になった方が、世のご令嬢方は喜びますわよ? これを差し上げますわ」
『ご令嬢を胸キュンさせる【ドSな俺様王子】になる100の方法』
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「今度、街に買い物に行った時に、ステファニーがお勧めしてくれたあの本を買いに行こう」
俺は一人、固く決意した。
注:レオナルド王子は全くドSな俺様ではありません。