攻略対象者レオナルド王子
桜が満開に咲く季節。私たちはとうとう新しい世界へと羽ばたく。
「サフィーお嬢様、御入学おめでとうございます」
「ありがとう。ジェイドもおめでとう。これからもよろしくね」
私たちは今、王立魔法学園中等部の正門前で、お互いの入学を祝いあっている。
「中等部か。ドキドキするわね」
「はい。でも、サフィーお嬢様と同じクラスだと事前に伺っているので、心強いです」
「私もよ! 本当にジェイドと同じクラスで嬉しい!!」
ちなみに、中等部と高等部の教育システムは前世の日本と同じだ。
この学園は、貴族の子息令嬢が多く入学する。だからなのか、年の近いメイドや従者と一緒に入学することも珍しくはなかった。
ジェイドも私の護衛を兼ねつつ、自分の勉学に励むことになっている。一人で入学することを覚悟していたから、とても心強い。
(ぼっち確実だったのが回避できただけでも本当に良かったわ!)
ただひとつ、懸念事項がある。
(攻略対象者であるレオナルド王子やワイアット様も入学してくるのよね。何もなければいいけれど……)
学園に通わなければいいとも思うけれど、学園に通うことは、私のやりたいことリストのひとつだ。それに、何と言っても学校行事に参加したい。
(大丈夫! だって、乙女ゲームの舞台は高等部だし、それまでは思う存分楽しむわよ!)
でも、いざ学園を前にしたら、小心者の私は正直言って足が震えている。
「サフィーお嬢様、緊張されてますか?」
「えぇ、でも大丈夫よ」
(いけない、いけない、きっと見てとれるくらい顔が強張ってしまっているんだわ。なんとか笑おうと思ってるのに上手く笑えている自信がないもの。正直、一歩踏み出すのがとても怖い……)
正門前で躊躇っていると、隣にいたジェイドが私に提案してくれる。
「サフィーお嬢様、私も正直言って心臓が潰れるんじゃないかってほどドキドキしています。だから、せーの、で一緒にジャンプして正門を潜りませんか?」
「ふふ、楽しそう! もちろん賛成よ!!」
ジェイドの提案に、二つ返事で笑って返したところ、ジェイドも目を細めて笑ってくれる。
(きっと、気を遣ってくれたのね……)
「よし! せっかくだから、手を繋いで一緒にジャンプしようか!」
「!?」
「もしかして、いや?」
ジェイドは私の言葉に驚いていた。言っていて自分も恥ずかしくなったけれど、ジェイドはすぐに私に向かって手を差し出してくれた。
私はすぐにその手を掴んで横に並ぶ。ジェイドの手の温もりが、一人じゃないって教えてくれているようで、やっぱりとても心強い。
「「せーのっ」」
ジャンプして正門を潜り、ふふっと私とジェイドは笑い合った。ジェイドが一緒にいてくれるなら、乙女ゲームだって何だって、乗り越えられる気がした。
「ここで、今日から毎日過ごすのね!」
一歩学園の敷地内に入ると、今までの不安が嘘だったかのように、嬉しさが込み上げてきた。
キョロキョロと周りを見ながら歩いている。何もかもが新鮮で、わくわくが止まらなかった。
空を見上げれば、さくら色の天井がとても美しくて、見惚れてしまった。
(桜もとても綺麗……おめでとう、学校へ通うことができるのよ)
少しだけ、前世を思い出した。
「サフィーお嬢様、そんなに上ばかり見ていたら転んでしまいますよ」
「えっ? きゃあっ!!」
ジェイドの優しい忠告も虚しく、見事に石に躓いてしまった私は、反射的に目を瞑ってしまう。
(転ぶっっ!! ……って、転んでない?)
「……ありがとう、ジェイド」
「ご無事で何よりです」
優しく微笑むジェイドに支えられ事なきを得た。もちろん胸がキュンと高鳴った。
(やっぱりジェイドはイケメンだわ。めちゃくちゃ頼りになるんだもの!)
私たちのクラスは1年S組。
本来、従者やメイドは執事養成クラスに入り、執事になるための専門的な知識を学ぶこともできるのだけれど、ジェイドはお母様の意向もあって、私と同じ通常クラスに入る。
クラス分けは入学試験の成績順で決められる。噂によると、多額に寄付金を収めたりすると融通が利くなどの例外もあるようだ。S組は試験の上位者のクラスになる。
もちろん学園に通う貴族のほとんどが小さい頃から家庭教師をつけて学んでいるので、上位の成績を取るのはかなり難しい。
(死ぬほど頑張った甲斐があったわ。勉強は嫌いじゃないからよかったけれど)
でも辛かった。乙女ゲームの設定では、私は優秀な頭脳を持つはずだった。それなのに、現実はとても残念な感じらしい。
(私の頭が残念なのは、きっと二階から落ちた時に頭を打ったからよね。いや、お母様にぐらんぐらんと揺すられたから?)
ジェイドは急遽入学することになったので、特別試験を受けた。その試験は通常の試験よりも難しい試験だというのに、難なくS組だ。
「ジェイドって、特別試験を受けたのよね? それでS組って、すごく優秀よね?」
「たまたま運が良かったんですよ。サフィーお嬢様とアオ様にあの広い魔境の森で見つけてもらえるくらい、私は運がいいんですから」
ジェイドは優しく微笑みながら言う。
(ジェイドは謙遜するけれど、貴族出身で英才教育を受けていたとか? でも貴族令息だったら、行方不明だ! って今頃大騒ぎしているだろうし。きっと、もともととても優秀なのね)
ちなみに、攻略対象者のレオナルド王子もワイアット様も同じクラスだった。もちろん想定の範囲内だけれど。
入学式が始まり、新入生代表挨拶はもちろんレオナルド王子。登壇しただけで、周りの女子生徒から黄色い声援が飛び交った。
(熱気がすごいわ。レオナルド王子って人気者なのね……)
笑顔で手を振り、これでもかってほど愛嬌を振り撒くレオナルド王子の姿を一線引いて見ている私がいることに、ふと気が付いた。
(前世では「きゃーきゃー」言っていたはずなのに、今では拒否反応の方が強いだなんて、不思議ね。もしも、乙女ゲームとは全く関係のない世界だったら、私も今頃は「きゃーきゃー」言っていたのかしら?)
ふと考える。結論はすぐに出た。
(ないわ。だって、近くにこんなに格好良い人がいるんだもの)
隣にいるジェイドを見ると、私の視線に気付いたようで、にこりと笑ってくれた。堪らず私は頬を赤く染める。
(イケメンスマイル半端ないわ! しかも、攻略対象者じゃない!! ここ重要。攻略対象者だったら、こんなにも安心して一緒になんかいられないものね!)
それに、私にはもう一人、超絶イケメンのラズ兄様がいる。
「サフィー入学おめでとう!」
「ラズ兄様! ありがとうございます!!」
「俺もサフィーと同じクラスが良かったな。留年しようかな」
「な、何を言ってるんですかっ、それだけは絶対にだめです!!」
ラズ兄様が留年したら一家没落が待っている。絶対にやめてほしい。
入学式を終え廊下を歩いていたところ、ラズ兄様が声をかけてくれた。肝心の制服は、規定どおりのブレザー姿!!
(ラズ兄様、本当に格好良いです! やばいです!!)
私に話しかけている間も、女子生徒のラズ兄様を見る視線は、とても熱かった。
「ラズライト様はやはり格好良いですね」
「でしょ! 自慢のお兄様だもの!! ラズ兄様以上に格好良い人なんて世界中探しても絶対にいないと思うわ」
ジェイドにまでラズ兄様を褒められて、私は上機嫌で教室に向かった。そこで待っていたのはあのお方だった。
「お前が、オルティス侯爵家のご令嬢か?」
(耳に心地よい美声、この聞き覚えのある無駄に美しい声の主は……)
目の前に立っている人物の顔を見上げると、そこにはレオナルド王子が立っていた。
(ですよね……)
レオナルド・フォン・ロバーツ
ロバーツ王国第一王子
さらさらな金色の髪に、甘いマスクの
the 王子様!!
前世では、母性本能を擽る美声が紡ぐ甘い言葉に、きゅんきゅんと胸をときめかせ、永遠とリピートさせて聞き惚れていたその声は、今世では耳にしたくない声ナンバー1だ。
(レオナルド王子ルートの断罪ってエグいのよね。斬首って一体何をしたらそうなるの!?)
……と、現実逃避をしていてはそれこそ不敬になってしまう。私は淑女らしく、スカートを摘みカーテシーをする。
「はい、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。サファイア・オルティスと申します」
何とか笑顔を取り繕う。きっと上手くは笑えていないだろうけれど。
「お前が婚約者候補だなんて、母上もどうかしてる。こんな意地の悪そうな顔のご令嬢など願い下げだ」
「!?」
(何よ、突然っ!! 婚約者候補とか、そんなこと私は聞いてないわよっ!!)
けれど、乙女ゲームの知識では知っている。
事あるごとに、乙女ゲームのサファイアは「私の婚約者(候補)のレオナルド王子」と自慢するから。
突然の暴言に、少しだけイラッとしたけれど、すぐに「あれ?」と考えを巡らせる。
「サフィーお嬢様、お気になさらない方がいいですよ」
いつの間にかジェイドがそばに来てフォローしてくれていたのにも気付かずに、私はその疑問を口にしてしまう。
「意地の悪そうな顔だって……」
「え?」
毎日楽しく過ごしていても、意地の悪そうな顔になっている。ということは、やっぱりこのまま好き勝手生きていても私が悪役令嬢になる運命だということ。
(まあ、計画どおりだわ! 私の“破滅エンドまっしぐら”計画が順調に進んでいるってことよね)
「ふふ」
思わず声に出して笑っていた。自分の計画が思いどおりに進んでいると確認できたことに喜んで、私は満面の笑みを浮かべていた。
「サフィーお嬢様……」
「……え、はいっ!」
なぜか目の前には、怪訝な顔をして引いているジェイドがいた。
「ジェイド、どうしたの?」
「サフィーお嬢様って、そう言うのがお好みなんですね。まさか罵声を浴びせられることがお好きだなんて……」
「えっ、ちょっと、何言ってるの? 違うからね、ちょっと思い出し笑いをしちゃっただけだからねっ」
そんな趣味はないよと、すかさずフォローする。
「いえ、人にはそれぞれ“癖”ございますから。そうですか、サフィーお嬢様はそういう癖が……」
少しずつ、ジェイドは私から離れて行った。
「待って、ジェイド、勘違いしないで!!」