一番勝負、再び
私たちは、コックス村の別邸からオルティス侯爵領の本邸に帰ってきた。同時に、ジェイドの従者としての訓練もはじまった。
「ジェイドって、なんでもできるのね」
紅茶を淹れてくれているジェイドを見て思う。すでに礼儀作法も剣技の基礎も申し分ないらしい。たしかに、ひとつひとつの所作がとても綺麗で感心する。
(ジェイドは、記憶をなくす前も従者として働いていたのかしら?)
「そんなことありませんよ。先ほどだって、ミリー様から紅茶の淹れ方を教わらなければ淹れられませんでしたから。お恥ずかしい限りです」
「ミリー様じゃなくて、ミリーでいいって言ってるじゃないですか! 聞いてくださいサフィーお嬢様!! ジェイドさんってば、一回見本を見せただけで、メイド長も黙らせるくらい完璧に紅茶を淹れられたんですよ。私なんて何回淹れ直しをさせられたか分からないのにっ」
ミリーは、私の身の回りの世話について、ジェイドに教えてくれている。
「へえ〜、メイド長の合格が貰えるなんてすごいじゃない! ふふ、それにミリーも先輩になったのね」
「先輩かもしれないけど、もうすでに追い抜かされた気分です」
「大丈夫! 私はミリーの淹れてくれたロイヤルミルクティーが大好きよ」
「本当ですか! サフィーお嬢様、私頑張ります!」
ミリーが俄然やる気を漲らせたところで、ジェイドは不思議そうに尋ねてきた。
「ロイヤルミルクティーってなんですか?」
「ミリーだけにしか作れない、とーっても美味しい紅茶よ」
「はい! 作り方は秘密ですけど、今度ジェイドさんにも淹れてあげますね」
ロイヤルミルクティーは、あまりこの世界には広まっていないらしく、私が飲みたくてミリーにお願いして淹れてもらっている。
そんな中、お母様から提案があった。
「従者として訓練も必要だけど、貴族の知識も学んだ方がいいわね。家庭教師の先生から、サフィーちゃんと一緒に学んでね。そうすればサフィーちゃんが困った時にアドバイスができるでしょ!」
「お母様! それ最高です!! ありがとうございます」
ジェイドは私と一緒に学園にも通い、家庭教師からも学ぶことになった。
正直言って、すぐ近くに勉強の相談ができる人がいることはとても心強い。
(ジェイドは絶対に頭良さそうだしね)
平穏な日々を送っていたある日、サロンで優雅に寛いでいると、ラズ兄様が凄い剣幕でサロンに入ってきた。
「サフィー!!」
久しぶりに聞くラズ兄様の声は、大層慌てていた。
「ラズ兄様! お帰りなさい」
「サフィー、お前、男を飼いはじめたって本当か!?」
「はあ? 男を、飼う?」
突然のラズ兄様の意味不明な発言に、私は首を傾げた。
(ラズ兄様ったら、久し振りに会ったというのに、何を頓珍漢なことを? きっと、聞かなかったことにするのが一番ね)
「ラズ兄様、学園は楽しいですか?」
「サフィーがいなくて寂しいよ。サフィーに会いたくて会いたくて……って、俺のことなんてどうでもいい! 男を飼ったって、一体どうして? 兄だけじゃ物足りないのか!?」
ラズ兄様は私の両肩を掴み、必死の形相で訴えてくる。けれど、言ってる意味がやっぱり分からない。
(きっと毎度の如く、勘違いしてるのね)
すぐに察した私は、ジェイドを隣に呼び寄せた。
「紹介が遅れて申し訳ありません。ラズ兄様、こちら、私の専属従者となりましたジェイドです」
ラズ兄様は、ジェイドを見た瞬間、僅かだけれど後退りしたように見えた。
(イケメンだから牽制してるのかしら? まさか、イケメン同士の闘いが勃発するの!?)
少しだけそわそわしつつも、私はジェイドに挨拶をするよう促した。
「ジェイドと申します。以後、お見知り置きをお願い致します」
ラズ兄様はジェイドをジロジロと値踏みをするように見はじめた。
「……もう深いことは聞かない。聞いちゃいけない気がするから。まあ、それは置いといて。俺はラズライトだ。俺は認めないぞ。本当のことも言わないやつが、サフィーに指一本でも触れたら容赦しないからな」
勢いよく啖呵を切った。
「あら? ラズったら、私が認めているのよ? なのにそんなこと言っていいのかしら? それに余計なことは言わないようにね」
どこからともなくお母様がやってきた。お母様もラズ兄様に負けず劣らず神出鬼没だ。
「母様、考え直して下さい。サフィーはこんなに可愛い天使の生まれ変わりなのに、こんなに下心満載の男が少しでもサフィーに触れるようなことがあったら、サフィーが汚れてしまいます。サフィーにまた……」
「ラズ、ジェイドは大丈夫よ」
「そうですよ、ラズ兄様! ジェイドに下心なんてあるわけないじゃないですか。私のことを可愛いなんて思うはずがないですよ。ね、ジェイド?」
「サフィーお嬢様はとても可愛いですよ」
「えっ!?」
ジェイドの言葉に思わず私の顔が真っ赤になる。それを知ってか知らずか、ジェイドは言葉を続ける。
「サフィーお嬢様を初めてお見かけした時は、本当に天使が舞い降りたのだと思いました。こんな見ず知らずの私なんかに情けをかけていただいて、何て心までお美しい方なんだと……」
「おぉ、なかなか分かっているな。そうなんだよ、サフィーは見た目だけでなく中身も天使のように清らかで美しくて……っと、騙されないぞ! 俺が直々にサフィーの従者として相応しいか見定めてやる。ジェイド勝負しろ!」
ラズ兄様はジェイドのことを、ビシッと指差して、決闘を申し込んだ。
「あら、楽しそうな展開ね。じゃあ、剣技の一本勝負にしましょう。魔法は禁止。勝った方は負けた方の言うことを聞くこと。闘うのはラズだけね。ラズはもちろんそれで良いわよね?」
「えぇ、もちろん良いですよ」
余裕の表情で二つ返事をするラズ兄様は、魔法だけでなく、剣技も同世代で負けなしの実力を誇っている。
「えっ!? ラズ兄様と勝負だなんてだめですよ。ラズ兄様は強いもの。お母様、止めさせて下さい」
「サフィーちゃん、そもそもラズに負けるようじゃ、サフィーちゃんのことは守る資格はないわ。ジェイドは勝負を受けるしか選択肢はないのよ」
お母様の言葉に、ジェイドは力強く頷く。
「はい、かしこまりました」
けれど、お母様の真の目的は違うことだと私は知っている。
「こんな面白そうなものを、止めるわけないでしょ」
(やっぱり、それが本音ですよね。面白がってるだけなんて、どうして母子揃って、勝負事が好きなのかしら?)
呆れつつも、みんなで中庭に移動して、剣技一本勝負が開催されることになった。
「ルールは、さっきも言ったように魔法は禁止、剣技のみの勝負ね。わざと致命傷を負わせるような危険行為はなしね。サフィーちゃんは私の横から離れないこと。では、構えて……」
ラズ兄様とジェイドが模擬剣を持ってそれぞれ構える。お母様の合図で一斉に殺気を放つ。
(二人とも絵になるわ……超絶イケメン対イケメンの勝負だものね)
「はじめっ!」
******
「ま、負けた……」
ラズ兄様が膝から崩れ落ちた。勝負はジェイドの圧勝。
「ラズは口だけね」
(いや、お母様、ラズ兄様も相当凄かったですよ。ただ、ジェイドがそれ以上に強かっただけです)
ジェイドは驚くほど強かった。
「どうしてお前、こんなに強いんだよ? 一応俺だって同年代では負け無しだったんだぞ」
「……」
ジェイドが無言になる。
(そっか、記憶がないからどうしてって聞かれても答えられないのかも……)
「ラズ、いいこと教えてあげるから、ちょっと耳を貸しなさい」
こそこそこそ……
「ジェイドの剣の師匠はケールよ」
「ひぃっっっ!! やっぱりかっ!!」
お母様から耳打ちされたラズ兄様は、恐怖で震え上がっていた。
「ジェイド、お前も大変だったんだな……」
ラズ兄様は遠い目をしながら、ジェイドの肩をポンと叩いた。
お母様がなんて言ったのかわからないけれど「記憶がないから聞くんじゃない」って言ってくれたのだろうと、勝手に推測をする。
「じゃあ、ラズは後でジェイドの願い事を一つ叶えてあげなさいね、ジェイドも遠慮しちゃだめよ〜」
「うわっ、忘れてたっ!!」
お母様は上機嫌で去っていき、ラズ兄様はがっくりと肩を落としていた。