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【SIDE】 ジェイド(1)

「ここまでか……」


 自らに迫り来る死を覚悟した。思えば、俺の運命はとことん呪われた運命だった。


 俺の名は、ルーカス・ヴァン・チェスター


 チャスター王国の第二王子として生を受け、やがて王になるであろう優秀な兄を支えながら、共に王国を繁栄させていくことが、王族として生まれた俺の運命だと信じて疑わなかった。


 しかし、それがあまりに滑稽な思い上がりだったと気付くには、そう時間がかからなかった。


 俺には致命的な欠陥があった。全く魔法が使えないという王族としての致命的な欠陥が。


 庶民の子として生まれていれば問題はなかった。しかし、王族に生まれたからにはそうはいかない。強い魔法の力を持ってして、国民を守っていかなければならないからだ。


 王である父は、早々に見切りをつけたのか、俺に全く期待していないことは明白だった。優秀な兄がいたから、俺は必要なかったのかもしれない。


 だが、皮肉にもそれは俺にとっての救いでもあった。


(けれど、母様は……)


 欠陥品の俺を見て、母様はどう思っていたのだろうか。申し訳なさすぎて、居た堪れない気持ちになった。


 そんな俺の気持ちを察してなのか、母様は何も言わず、何度も俺を抱きしめてくれた。


 せめてもの思いから、王族としての礼儀作法や勉学はもちろんのこと、剣技をひたすら磨いた。陰で何を言われようとも、魔法の訓練も惜しまなかった。


 必ず報われる日が来ると、信じていたから……


  しかし、10歳になっても俺が魔法を使えることはなかった。


 俺の世界は真っ暗な黒の世界、希望の光すらもすでに消えかかっていた。


 そんなある日、ロバーツ王国との魔物意見交換会という会合に出席するように言われた。


 それは当初、自国の領土と他国との関わり方について学ぶために、第三王子が指名されていたものだった。


 おおよそ、魔法が使えないと格好がつかないという理由で、俺には声がかからなかったのだろう。


 しかし、出発直前になって第三王子が「行かない」と言い出したのだ。


 会合は恙無く終えることができた。たくさんの人の考えや知識に触れることは、俺の想像を遥かに上回るほど勉強になった。

 俺にはまだたくさんの知らない世界があると知り、とても貴重な経験となった。


(きっと、俺の世界は狭かったんだな。もっと広い世界を見るのもいいのかもしれない。空高く羽ばたく鳥たちのように……)


 その日は管理棟に泊まらせていただき、翌朝まだ夜が開けぬうちに、自国に向かい出発した。


 魔境の森の街道を走っていると、いきなり馬車が急停止した。魔物に襲われたのだ。本来、この辺りには生息するはずのない魔物に。


(たしかに、会合でも、珍しい魔物が出始めているとの話が出ていたが、まさかここで出くわすなんて……)


 とことん俺の運命は呪われているのだろう。


 護衛騎士たちが、俺のことを必死で守ってくれ、最後には隙を見て逃げるように囮になってくれた。


 一生懸命逃げた。ただただ夢中で逃げた。


「絶対に、生き延びなければっ!!」


 生き延びることだけが、俺を逃がしてくれた護衛騎士たちに対する、せめてもの償いだと思ったから……


 俺が今、唯一持っている物は、もしもの時のために、と母様が預けてくれた回復薬と呼ばれる治癒の秘薬と、小さな護身用の短剣だけだった。


「俺がもっと強かったら、魔法が使えたら……」


 泣きながらひたすら走った。どれだけ暗い森の中を走ったのだろうか、すでに夜は明け、陽は高く昇っていた。


 その太陽の眩しさに、油断してしまった。


 背後に迫る魔物に、気付くことができなかった。


 それは一瞬だった。


 自分の身に何が起きたのか、それさえも理解することができなかった。


 意識を取り戻した時には、尋常でない痛みが身体中を走る。目の前が霞んできて、だんだんと周りの音も聞こえなくなっていた。


 回復薬のことも頭を過ったが、身体が全く言うことを聞いてくれず、為す術がなかった。


「もうだめだ、俺はここで……」


 己の死を悟った。薄れゆく意識の中、微かに誰かの声が耳に届く。


『わ……なは、アオ 』

「……あ、お?」


 何とか聞き取れた言葉を、俺は反射的に復唱していた。その言葉を口にした瞬間、俺を取り巻くもの全てが、青白い眩い光に包まれた。


 その光は、母様が抱きしめてくた時のように温かく、その温もりが身体中に広がていくのを感じた。不思議なことに、徐々に身体の痛みも和らいでいく気がした。


 青白い光はゆっくりと消えていった。目を開けると、目の前には天使がいた。


(ああ、俺は死んだのか。天使がいるってことは、ここは天国なのか? 神様が最期の褒美を俺にくれたのか?)


 本気でそう思った。それなのに、周りを見回すと、フェンリルがいることに気が付いた。


「えっ、フェンリル!?」


(天国だと思っていたら、ここは地獄だったのか。やはり俺は運命の神様に、とことん嫌われているんだな)


 そんなことはとっくの昔に気付いてたのに、何を期待していたのだろうか。自分の愚かさを自嘲した。


 そんな俺を見て、先ほどの天使が優しい笑顔を浮かべながら、俺に一連の経緯を説明してくれた。


 この天使のような少女がフェンリルにお願いをして、俺の命を救ってくれたと聞いた。さらには、俺の命を救うためだけに、フェンリルは俺と従魔の仮契約したにだという。


 人間の願いを叶えるために、見知らぬ人間と契約をする魔物がいる、俄かに信じられないことだった。


(魔物に殺されかけて、魔物に救われる。運命とは一体……)


 少女に俺の名を聞かれた。咄嗟に記憶がないふりをした。どうしてそんな嘘を吐いてしまったのか、自分でも分からなかった。


 すると、天使のような少女は、自身を「サファイア・オルティス、サフィー」と名乗り、俺に「ジェイド」という名を授けてくれた。


 俺の持つ、この翡翠色の瞳が綺麗だから、と。


 翡翠--それは古来より、魔法の石として崇められていたもの。


 俺が一番欲していた魔法が、思いもよらぬ形となって手に入った事に、思わず声に出して笑ってしまった。


 そして、俺の運命の歯車が今、動き出した。


 このサフィーという少女は、見ず知らずの俺の命を助けただけにとどまらず、見ず知らずの俺が生きていくための居場所までも、与えようとしてくれた。


(ああ、間違いない。やっぱり天使の生まれ変わりなのだろうな)


 チェスター王国に俺の居場所はない。魔法の使えない第二王子はいないと同然だったから。それなら、全てを捨てて、生まれ変わるのもいいだろうと思った。


 ただひとつ、母様を悲しませるだろうことだけが、心を抉ったけれど……





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