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謎の少年

「えっ、男の子? すごい怪我っ、息は?」


 魔物がいた大きな木の麓には、私と同い年くらいの男の子が血塗れで倒れていた。さっきの魔物にやられたのか、辛うじて呼吸はしているものの、とても浅い。


「このままじゃ、時間の問題かも……」


 けれど、私には助ける術がない。私には聖属性魔法ーー治癒魔法は使えないから。


 前世で長い間入院していたこともあり、簡単な応急処置はできるけれど、ここまで瀕死の重体を前にしてはなす術もない。


「アオ……どうにかできるかな?」


 アオに頼ることしかできない自分の不甲斐なさに、悔しさが滲む。


『うーん、できなくはないけれど、サフィーはこの男の子を助けて欲しいの? どんな子かわからないのに? とっても悪いやつかもしれないよ?』

「……うん、なんとなく、悪い人ではない気がするの。それに、見殺しになんてできないわ」


 だって、この男の子はまだ生きているのだから。治療法がなかった前世の私に先生たちがしてくれたように、私も少しの希望も捨てたくない。


 もちろんアオの言いたいことは十分に理解できる。全て私を心配して言ってくれているということも。


『サフィーは優しいんだね。分かったよ、助けてあげる。そのかわり、この子がサフィーに害を与えるような子だったら、ボクは遠慮なくこの子を殺すからね。それだけは約束して』


 残酷なことを言っているようだけど、それは全て私のため。そんなことを言わせてしまって申し訳ないとさえ思ってしまった。


「ありがとう。本当に優しいのはアオよ。それに、もちろん約束するわ。だからお願い、この男の子を助けてあげて」


 アオは頷いて、男の子に近付いていった。そして男の子に話しかけ始める。


 すると、青白い眩いほど神々しい光が放たれ始め、アオと男の子を包みこむ。ところどころ金色の輝きが舞い、それがより一層美しく煌めき、私は息を呑む。


 その神秘的な光景に、私の目は釘付けになった。


 しばらくすると、光はゆっくりと消えていき、アオが私の方へと戻ってきた。


『終わったよ〜』


 アオが答えるのとほぼ同時に、男の子が動いたのが分かった。それを見て、私の頬に涙が伝った。


(動いた、アオが本当に助けてくれた……)


「……ありがとう、アオ」


 アオにお礼を言って、ぎゅーっと抱きしめた。


 死ぬかもしれなかった命が救われたということが、何よりも嬉しかった。目の前で運命が変わった、目の前で起きた奇跡に、感動のあまり自然と涙が零れていた。


 男の子はというと、まだ今の状況を理解できていないようで、ぼーっとしていると思ったら周りをキョロキョロと見回し始め、ようやく私たちに気付き、目が合った。


「大丈夫?」


 すぐさま男の子に駆け寄り、男の子の怪我の具合を確かめる。


「天使?」

「えっ?」

「あ、うん。大丈夫、みたいだ。俺、魔物に襲われたはずなのに、……えっ、フェンリル!?」


 男の子は、アオの存在に気付いた瞬間、恐怖に慄いた。可愛すぎて忘れそうだけど、アオは魔物でしかもフェンリルだから。


(せっかく気が付いたのに、また気絶しちゃいそうね)


 ふふっと笑った私は、男の子に状況を説明してあげた。


「この子はアオ、驚かなくても大丈夫よ。アオがあなたのことを助けてくれたんだから!」


 一連の経緯を知った男の子はアオに向かってお礼を言ってくれた。


「助けてくれてありがとう。正直言うと、もうだめかと諦めていたんだ……」

『サフィーが助けたいって言ったから、ボクは助けただけだよ。だから、お礼ならサフィーに言って』


 アオは少し照れている。男の子は私の方に向き直って、お礼を言ってくれた。


「ありがとう。君のおかげで命拾いしたよ。でも俺なんかのために従魔との契約を破棄するなんて、本当に良かったのか? しかも相手はフェンリルだなんて。従魔が主の願い事を聞いてくれるなんて、君はとても愛されてるんだね」


 男の子の言葉を聞いた私は、全く理解が追いつかなかった。


「え? アオは一体何をしたの?」


 こてりと首を傾げた私に、アオは平然と教えてくれた。


『彼と仮契約しただけだよ。ボクは治癒魔法は使えないから、代わりにボクの生命力と魔力を流して分けてあげたんだ。一時的に回復しているだけで、怪我が完全に治ったわけじゃないから、かなり痛みはあるだろうけど。早くきちんと治療したほうがいいよ』

「従魔の仮契約をしたってことなのね。そっかあ、そんな方法があったなんて!」


 従魔契約については以前にお父様に聞いていたのに、そんな方法があるなんて、全く思いつかなかった。


『ねえ、仮契約したけど、これだけは覚えておいて。ボクはサフィーのお願いしか聞かないし、君がサフィーの害になるようなら、その時は君を殺すからね。もちろんサフィーと一緒にいたいから、君とは行動を共にするつもりもないよ。生かしてあげてるだけありがたいと思って』


 アオはぶっきらぼうに吐き捨てた。


「ああ、もちろんだよ」


 男の子も怒るともせず、さも当然だと言わんばかりに頷いてくれた。それだけで、この男の子は、とても素直で優しい子なんだろうなと思えた。


「怪我は大丈夫なの? 早く治さないといけないのよね?」

「そうだ! 回復薬を持っているんだった」


 さっきは不意打ちの一撃で、大きなダメージを受けてしまったので、回復薬を飲むことさえできなかったという。


 男の子が回復薬を一気に飲むと、みるみるうちに傷が癒えていった。


「まあ! 回復薬ってすごいのね。本当に魔法の薬だわ。……そういえば、どうしてあなたはこんなところにいたの? ここは魔境の森の中よ?」


 ここは街道からも遠く、道に迷ったからと言って気軽に来られる場所ではない。


「実は、……全く覚えていないんだ。自分が誰で、どうしてここにいるのかも……」


 男の子は、戸惑いながらそう告げた。


「記憶がない、ってことよね? これからどうするの?」

「……」

「もしよかったら、うちに来る?」

「!?」『サフィー!?』


 私の提案に、男の子もアオも目を丸くする。


「だって、記憶がなかったら帰る当てもないだろうし、せっかくアオが助けてくれたのに、このままここにいたら、また魔物が来て死んじゃうかもしれないのよ? きっと大丈夫! うちに来て、そうだなぁ、お手伝いさんとかしながら、ゆっくりと記憶を思い出せばいいのよ!」

「本当にいいのか? もちろん俺はどんなことでもするよ」

「ふふ、じゃあ、決まりね。私の名前はサファイア・オルティスっていうの。サフィーって呼んでね。あなたのことは、何て呼べばいいのかしら?」


 自分の名前も分からない、ということで、またも私が名前を付けることになった。


 私は男の子をジッーっと見つめる。決して鑑定の能力が使えるわけではない。何か名前の由来になるものはないかな、と思ってのこと。


 決して、この男の子がイケメンだからではない。……ちょっとだけ嘘だけど。


(血だらけで汚れていたから分からなかったけれど、この男の子、とってもイケメンだわ。ラズ兄様とは系統が違うけれど、吸い込まれそうな瞳がなんだか優しくて……)


「ジェイド。ジェイドはどう? あなたの瞳が翡翠のようにとても穏やかで綺麗だから。私のサファイアって名前もこの瞳の色が由来なのよ」


 ジェイドの瞳は穏やかな青みがかった緑色。

 全てを優しく包んでくれるような、心がふわりと温かくなるような、澄んだ綺麗な瞳をしていた。


「ジェイドか。とても素敵な名前で気に入ったよ。まるで、カワセミのように空をはばたけそうだから」


 ありがとう、と言ってくれたジェイドの言葉に私は胸を躍らせた。


「ジェイドも空を飛びたいの!? 私もよ! 空を飛んでみたくて、二階から飛び下りたことがあるの。もちろん見事に落ちたけどね」

「……」

「あれ? もしかして、呆れた?」


 呆れるに決まっている。けれど、返ってきたのは屈託のない少年のような笑顔で。


「ふっ、まさか二階から飛び下りるなんて。そうだ! もしもまた、空を飛びたいって思ったら、その時は必ず俺が受け止めるよ」

「本当! 絶対に約束よ!!」


 去年はアオ、今年はジェイド。


(さて、お母様はなんて言うかしら?)






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