アオとピクニック
私は今、コックス村の別邸に来ている。毎年恒例の魔物意見交換会に参加するお母様にお願いをして、今年も一緒に連れてきてもらったからだ。
年に一回のお母様との女子旅はとても楽しい。
(ふふ、だって、お母様を一人占めできるんだもの)
いつも甘えてばかりだけど、いつも以上に甘えさせてもらっている。
魔物意見交換会は昨日開催され、私たちが別邸での生活を満喫するのは今日が最終日だ。
昨日はコックス村に遊びに行った。昨年渡したチーズのレシピのおかげで、チーズが飛ぶように売れたらしく、とても感謝された。
チーズが手に入らなくなるかな? と心配したけれど、なんとオルティス侯爵家とはすでに特別な売買契約を結んでいるらしく、好きな時にいつでもチーズが割安で買えるのだという。
もちろん、お母様の手腕だ。食料庫の品揃えが潤沢な理由が、何となく分かった気がした。
そして、今日はとても天気が良いので、アオと一緒にピクニックに行く予定だ。
「お母様、アオと一緒にお散歩に行ってきてもいいですか?」
「あら、ピクニックね! 昨日の会合で聞いたのだけど、この辺りに出るはずのない強い魔物が頻繁に姿を現すようになったみたいだから、気を付けて行ってらっしゃいね。強い魔物だと魔物避けの柵を乗り越えてきちゃうから……ってアオちゃんが一緒だから心配いらないわね」
アオの方を見てわざとらしくウインクするお母様は今日も可愛い。きっと昨日もさぞかしちやほやされたのだろう。
『ワゥ』(任せといて)
勇ましく返事をするアオに、私もお母様もほっこりする。
(やっぱり私の攻略対象はアオね。アオってば可愛すぎるもの)
「サフィーちゃん、お出掛けする前に、お約束の ア・レ!」
「はい、もちろんです。今日は、お母様の大好きなハンバーグをアレンジした料理です。もちろんアオの好きなクッキーもあるからね!」
「まさか、ハンバーガー!?」
「さすがお母様、ご名答です!」
「ありがとう! サフィーちゃん、大好き!」
お母様にぎゅーっと抱きしめられる。もちろんその力は凄まじい。
「ぐるじい、けど、慣れてきた、かも」
「ふふふ」
「アオのもふもふはくすぐったいよ、もふもふは癒しね!」
お母様が抱きしめてくれている時に、アオも私の横で、頭をスリスリとしてくれる。
(むしろ私がアオに攻略されてるのかも。もちろんすでに好感度マックスだわ)
ピクニックに行く準備も整って、私たちは出発した。
「では、行ってまいります!」
私はアオの背中に乗り、お母様に手を振る。アオの背中に初めて乗った時は怖かったけれど、こちらももう慣れた。
「アオと出会った思い出の場所に行こう! アオは覚えてる?」
『もちろん! 目を瞑ってでも行けるよ〜』
私が白々しくアオに聞いてみると、アオはもちろんだ、と言って、あろうことか目を瞑りながら走り出す。走る勢いは全く落ちることなく一目散に突き進む。
「わっ、アオ! 目は開けて、前を見て!!」
悪戯な笑い声を出しながら、アオはひたすら走り続ける。
「もうっ、可愛いから許すけどっ!!」
なんだかんだ言いながらも、思い出の場所に着いた。
「懐かしいわ〜。もうアオと出会ってから一年が経つのね」
最近では、この世界が乙女ゲームの世界だと忘れるほど幸せな時間を過ごしている。これが永遠に続けばいいのになと思ってしまうけれど、淡い期待は禁物だ。
『グゥッ』
「ふふ、ちょっと早いけど、そろそろお昼にしようか!」
『うん! クッキー、クッキー!!』
「まずはハンバーガーからよ。ポテトもあるからね!」
(果たして、アオの好みに合うかしら?)
アオの顔を覗き込む。ペロリと口の中に入れ、目を細めてむしゃむしゃと幸せそうに咀嚼している。
(ふふ、アオの口にも合ったみたいね。良かったわ)
ハンバーガーを食べ終えて、デザート代わりのクッキーを食べようとしていたところで、突然、アオの様子に異変が起きる。
『!?』
アオの耳がぴくりと動き、一瞬だけ動きを止めた。けれど、アオは何事もなかったかのように、再びクッキーを頬張りはじめた。
「……ねぇ? アオ、どうしたの?」
じろりとアオを睨みを付ける。観念したのか、アオはふうっと息を吐いて教えてくれた。
『近くに魔物がいるみたい。でもボクより弱い魔物だから、こっちには来ないから大丈夫だよ。サフィーのことは絶対に守るから』
「魔物? うーん、念のために急いで片付けて逃げた方がいいかしら? でも、どんな魔物かちょっと見てみたいかも……」
ちらりと横目でアオの様子を窺った。もちろん私一人だったら、全速力で逃げるけれど、今はアオと一緒だ。好奇心の方が勝ってしまうのは仕方のないことだろう。
それに、私はどうしてか魔物に遭遇しない。コックス村までの道中も、全く会うことがなかった。だから、アオに会えたことは奇跡に近いと思う。
「アーオーちゃん、お願い! 魔物を一度でいいから見てみたいわ!」
甘えた口調でお強請りをすると、アオはジトりとした目で私を見ながら、はあっとこれ見よがしにため息を漏らした。
『分かったよ。それにボクよりも全然弱い魔物だから、ボクの姿を見たらすぐに逃げちゃうと思うよ? それでもいいの?』
「えぇ、もちろん! ありがとう」
アオは私が背中に乗りやすいように、少しだけ寝そべってくれた。もふもふの背中に乗る。
魔境の森の中の魔物がいる方へと向かう。魔境の森に入る前に柵があったけれど、アオは軽々と大きく飛び越える。
「アオには本当に魔物避けの力って効かないのね」
『そうだよ、だからサフィーに会えたんだもん』
アオは森の木々も軽やかに避けながら、まるで風のように走り抜ける。
「いたわ!」
大きい木の陰に、猛進猪が一匹。
(恐い……)
ぎゅっとアオに抱き付く力が増してしまう。
『サフィー、心配しないで大丈夫だよ。絶対に何もしてこないから』
「うん、ありがとう、アオ」
まだ離れた場所にいるけれど、猛進猪が私たちの存在に気付いたようだ。瞬間、一目散に私たちのいる方とは反対へと逃げだした。
「あっ、逃げたわ」
『だから言ったでしょ。ボクって本当に強いんだからね!』
アオは「エッヘン!」と誇らげに笑った。
アオはもふもふしてて、とっても可愛いれけど、フェンリルという魔物だ。そこら辺にいる魔物よりも遥かに強い。
「ふふ、アオは最強でとっても可愛い、私の自慢のもふもふだわ!!」
そんな話をしながら、魔物がいた場所まで近付いてみる。すると、
「えっ、男の子!?」
そこには、血塗れの少年が倒れていた。