魔物学と禁忌の魔術
「秋といえば、勉強の秋!!」
今日は、家庭教師のアルカ先生と魔物学のお勉強をしている。
アルカ先生はご夫婦でオルティス侯爵家に仕えていて、夫婦揃って魔物や薬草に詳しい。年齢は私のお爺様とお婆様くらいで、とっても優しい女性だ。
私とラズ兄様の家庭教師と、お父様が忙しいときの、従魔と使い魔たちのお世話をしてくれている。
お父様は魔物にとても好かれるみたいで、従魔と使い魔がいっぱいいる。動物園が開けるほど。
(動物園ではなく、魔物園かな? きっと怖いと思って誰も来ないだろうな。お父様の従魔ちゃんたちはとっても良い子なのに)
「今日は、アオ様がいらっしゃるので、フェンリルの生態についてのお勉強をしましょう」
「嬉しい! やっぱりお友達のことはよく知りたいです。いっぱい教えてくださいね」
『ワウワウ』
(ボクに直接聞いてくれればいくらでも教えるのに……)
アオが少しだけ拗ねて、私の足元に寝そべりはじめた。
「フェンリルは本来寒い地域を好み、誰も住んでいないような森の奥深くに住処がある、と言われています。本来ロバーツ王国の近くには存在しないはずなので、アオ様は非常に珍しい存在かと思います」
『(通訳)ボクが森で遊んでいたら、変な建物に着いて、そこに入ったら、いきなりサフィーと会った場所の近くに来ていたんだ』
私が通訳して、アルカ先生にも伝える。
「森の中の建物、ですか?」
『(通訳)うん。もうだいぶ朽ちていたけどね』
「そうなんですか……」
少しだけ不思議そうな顔をして、アルカ先生は何かを考えはじめた。
「アオは、元の場所に帰りたいの?」
(もしも、帰りたいって思うのなら、帰らせてあげたいな。きっとアオにも大切な家族がいるはずだもの)
だけど、やはり寂しいな、と思ってアオを見つめる。
『帰りたくないって言ったら嘘になるかも。ママには会いたいかな。何も言わずに来ちゃったから、心配してるかもしれないし。それに、ママにサフィーに会えて、すごく楽しいんだよって伝えたい』
切なそうな顔をしたと思ったら、最後には可愛いことを言いはじめたアオに、私は思わず抱きしめる。もふもふ。
「アオ様は、もしかしたら、転移術で移動したのかもしれませんね。遥か昔に、どこかの森に魔術師の隠れ里があったという噂がありますから。古い転移の魔術陣が、どうしてか作動してしまったのかもしれませんね」
「転移術! 私も使いたい。そしたらいろんなところに行けるのに!!」
転移術と言ったら、前世の私が見ていたアニメのピンク色のドアみたいに、どこへでも好きなところへいけそうだ、と思った私の胸は高鳴る。
「ふふふ、サフィーお嬢様はスーフェ様と同じことを仰るのですね」
「お母様も!?」
「はい、ロバーツ王国に住む者なら『魔術を習いたい』とは決して口にしないのに『魔術が習いたいわ。転移術があればどこでも行きたい放題よ』と平然と口にされるので、驚きました。さすが母娘ですね」
「そもそも、どうして魔術が禁忌とされてるんですか?」
転移術は絶対に便利だと思う。みんなが自由に使えるようになればいいのに、と思ってしまう。
「魔術を発動させるには、対価が必要となるからです。対価は魔力のほかにも血や生贄が必要となる場合があり、生贄にするために、不法な人身売買問題があったり、他にもアンデッドなど、国を滅ぼす黒魔術などが原因で、魔術は禁忌、とされるようになったのです。魔術師の一族も壊滅した、との噂もあります」
「そうなんですね、残念です」
生贄と聞いて、怖いと思いつつも、もう魔術を習うことは叶わないんだな、と思ったら、少しだけ残念に思った。
「サフィーお嬢様は魔術が使えたら、どのように活用するおつもりですか?」
私の答えは決まっていた。だから、聞いてくれてありがとう、と言わんばかりに、勢いよく答えた。
「人助けがしたいんです! お医者さんのいない町や村に、定期的にお医者さんを連れて行ったり、急病人をお医者さんのところへ連れて行ったりしたいです。あと食糧難の村に食料を運んだり!」
この世界には医者が少ない。医者がいない村も存在する。もしも、前世でいう救急車や訪問診療みたいに、その転移術を利用できたら、と私は考えた。
(だって、前世の私の病気は、治療方法がなかったから。だからこそ、助かる病気なのに命を落としてしまう人がいるなんて、考えたくないんだもの)
「なるほど、そのような魔術の活用法もあるのですね。サフィーお嬢様は、本当にお優しいんですね」
『ワウ!』
(そうだよ。サフィーはとっても優しいんだよ)
アオが私のためにドヤ顔をする。それがまた、とても可愛い。
「おや、もうお時間ですね。今日はこれくらいにしておきましょうか」
アルカ先生による、魔物学の勉強を終え、アオと散歩に出掛けることにした。
「あれ? あそこに見えるのはお母様と、近くにいるのは、ワンちゃん!? お母様が前に言っていたワンちゃんかも! アオ、急ごう!!」
私とアオは、急いでお母様のところへ向かった。
(こんな時こそ、転移術が欲しいよ!!)
「お母様!」
息を切らしながら、お母様に駆け寄った私は、周りをきょろきょろと見回す。
「あら? サフィーちゃんにアオちゃん。そんなに急いで、どうしたの?」
「今、ここにワンちゃんがいませんでしたか?」
「あら、今ちょうどお遣いをお願いしちゃって、出掛けちゃったわ」
お母様は両手を合わせた仕草で、ごめんね、と言ってくれた。
(うぅ、せっかくのお母様の従魔? のワンちゃんに会いたかったよ……)
残念だな、とがっくりと肩を落としていると、お母様が持っているものが目に入った。
「そのノートは何ですか?」
「これ? お友達と交換日記をしてるのよ。近況を報告あってるの。そうそう、チェスター王国のお友達からこれをもらったの。サフィーちゃん、これも料理できる?」
交換日記って、やることが可愛いな、と思いつつ、手渡されたソレを見て。私はさすがに驚いてしまう。
「おばけかぼちゃ?」
ハロウィンで使うような、とっても大きなかぼちゃだった。かぼちゃの煮物にかぼちゃのプリン、かぼちゃのサラダ、と頭の中でメニューを瞬時に考える。
「はい、かぼちゃ料理ならできると思います!」
そして、何よりも驚いたことは、そのおばけかぼちゃを、お母様が軽々と持っていること。
(お母様の馬鹿力は本物だわ……)
かぼちゃを受け取ろうとしたけれど、やっぱり私では持つことさえできなかった。
そして、恒例のレッツ、クッキング!!
「アオは、ハロウィンって知ってる?」
『ううん、知らないよ? それって美味しいの?』
「うーん、ある意味美味しい? お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ! ってお菓子をもらえるからね!」
『じゃあ、ボクもサフィーにお菓子をもらおう!』
「ふふ、いくらでもあげちゃうよ!! だけど、
悪戯はしないでね」
そんな約束をしながら、ぱぱっとかぼちゃのポタージュスープとかぼちゃプリンを作って、夕食に出しました。
そして、おばけかぼちゃと言ったら、中身をくり抜いて、かぼちゃの被り物を作ること!
「あ! これでラズ兄様を驚かしてみようかな? たしか、今日は本邸に帰ってくるって言っていたものね!」
その宣言どおり、私は今、こっそりとラズ兄様の部屋に繋がる廊下に来ている。
(ふふ、きっとびっくりするに違いない!!)
そんなことを考えていると、ラズ兄様の部屋の近くで可愛い黒猫ちゃんが走っているのを目撃した。
「黒猫ちゃん!? 可愛い!!」
私は、かぼちゃをその場に置いて、黒猫ちゃんを追いかけた。
(もちろん可愛いもふもふが優先でしょ! ラズ兄様なんて、あとあと!!)
いつでも会えるラズ兄様よりも、黒いもふもふを追いかけることに決めた私は、夢中で走った。
「あれ? どこに行っちゃったんだろう?」
私は夢中で追いかけて、いつの間にか中庭に来てしまっていた。
(あの黒猫ちゃんは、ラズ兄様の従魔ちゃんかな? 会いたかったな〜、黒猫ちゃんのもふもふ、絶対に可愛いし気持ちよさそう!!)
だけど、もう完璧に見失ってしまい、私は諦めて部屋に戻ることにした。そのときに、あの人の声がした。
「サフィーちゃん」
(この声は?)
おそるおそる、声のする方に振り返った。
「きゃあぁぁぁ! おばけ、おばけぇぇぇ!!」
そこには、かぼちゃのおばけが立っていた。
「サフィーちゃん、私よ、わ・た・し」
「お母様ぁ……」
かぼちゃの被り物を取ると、そこにはお母様が、にこにこと笑みを浮かべながら立っていた。
私はもうすでに半泣きだった。本気で怖かったから。
(やられたよ、きっと、かぼちゃを廊下に放置した罰が当たったんだね)
「サフィーちゃん、こんな夜遅くに外に出ちゃだめでしょ。危ないわよ」
「はい、ごめんなさい。でも、可愛い黒猫ちゃんがいたから、つい……」
「黒猫ちゃんがいたの!?」
少しだけ食い気味に、お母様が黒猫ちゃんと言う言葉に反応を示した。
(さては、お母様も黒猫ちゃん好きなのかな? アオのことも好きだから、私と一緒にもふもふ同盟が組めるかも!!)
ふふっと笑った私は、意気揚々と答えた。
「はい! 艶々した毛並みでとっても可愛い黒猫ちゃんです」
「……そう(何か動きでもあったのかしら?)」
最後の方のお母様の呟きは、私には聞こえなかったけれど、どうしてか、いつもとは全く違うと言っていいほど、お母様は真面目に考え込んでいた。
(どうしたんだろう? あの黒猫ちゃんはラズ兄様の従魔じゃないのかな? まさか、おばけ!?)
途端に、私の顔は一気に青褪めた。
「黒猫ちゃんはおばけじゃないわよ。だから安心して、お部屋に戻ってゆっくり寝なさい」
「……はい」
(どうして私の考えていることが分かったのかな? 私の顔に「おばけ怖い」って書かれていたのかな?)
「よし、今日はアオにお願いをして、一緒に寝てもらおう!!」
部屋に戻った私は、一人で眠れそうにもなかったので、アオに泣きついた。