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夏の風物詩

「あ、暑い、とける〜っ」


 窓の外では、真夏の太陽がジリジリと照りつけている。こんな日に外に出る気はさらさらない私はもちろん家でだらだらとしている。それでも暑い。


「アオォ、どうにかして〜」

『……』


 額に流れる汗を拭いながら、助けを求めた相手はアオだ。けれど、無反応。


 いつもは元気いっぱいなアオも、暑さにめっぽう弱いのか、先ほどから溶けちゃうんじゃないかというほど、だら〜っと寝そべっている。


(もふもふの毛皮を着てるんだもの。絶対に暑いはずよ……)


 この暑さの中、自分がもふもふの毛皮を着てるところを想像しただけで、どっと汗が流れ落ちてきた。泣ける。


(アオ、可哀想に。いっそのこと、アオの毛を刈ってしまおうかしら?)


『!?』


 ビクッと反応したアオが、ごろんと寝転がったまま、ゆっくりと顔を私の方に向け、ジトリとした視線を向けてくる。


「……アオ、何か言いたいことあるのかしら?」

『サフィー、今さ、変なこと考えてたよね?』

「えへへっ」


(バレてるわ!? さっきは無反応だったくせに!!)


 どうしてか、アオに私の考えていることが知られてしまったらしい。


「変なことは考えてないわよ。ただ、アオも暑いのが苦手なのかな〜って、そのもふもふを格好良く虎刈りにでもしようかな〜って思っただけだもの」

『虎刈りって、わざわざ下手にまだらに刈る必要ないよね?』

「へ? 虎って、強くて格好良いから、虎みたいに格好よく短く刈るって意味なんだけど?」


 こてりと首を傾げた私に、再びアオがジトリとした視線を寄越す。


『サフィー、全然意味が違うと思うよ。まあ、いいや。虎刈りには絶対にしないでね。そうそう、基本的にボクたちフェンリルは、寒いところが好きな種族だから、反対に暑いところは苦手なんだ。氷がいっぱい浮かんだ水に飛び込みたいよ』


 遠くを見るような眼差しで切実に訴えるアオは、とても哀愁が漂っている。そんな姿も可愛すぎる。


(もふもふが水浴びする姿、めっちゃくちゃ可愛いわ。あわよくば、私も一緒に……)


「あーっ! プール!! ねえ、アオ、プールで遊びたいわ。プールってどこにあるのかしら?」


 夏といえばプール。ということで、名案が浮かび上がった私は、俄然テンションが上がってきた。


「善は急げよ! さあ、行くわよ!!」


 先ほどの堕落した状況とは打って変わって、もうプールに入る気満々の私は一気に立ち上がる。


「……プールって、結局どこにあるのかしら?」

「うちにもあるぞ」


 声の方向に目を向けなくても、この声の主は明らかだ。ゆっくりとその声の主の方を見る。窓枠にもたれ掛かるように優雅に佇むその人は、もちろんラズ兄様だ。


 ラズ兄様は、今年から王立魔法学園の中等部に入学していて、いつもは王都の別邸で暮らしている。


 けれど、今は夏休み。休みに入って早々、本邸に戻ってきている。……と言っても、夏休みじゃなくても、頻繁に帰ってきてくれる。


「プールってあれだろ? 水着を着て入る大きい風呂。母様が裏庭に作ってたぞ。まぁ、もともとはプールではなかったんだけどな」

「作った!? さすがお母様ですね」


 この国には、夏にプールに入るって概念がない。特に、淑女のみなさんは日焼け大敵だから、炎天下の空の下で遊ぼうなんて思わないという。


(たしかに、家にお風呂があることさえも珍しいって聞くものね。じゃあ、温泉もないのかな? 一度くらいは入ってみたかったわ)


 前世の私も温泉に入ったことがない。テレビのコマーシャルを見て温泉に憧れていただけ。


 さっそく部屋に戻ってプールに入る準備を始めた。


「ないっ、水着がない!! ねえ、ミリー、水着ってないの?」


 クローゼットの中を探しても水着がなかった。たしかに、今までプールにも海にも行った記憶がない。水着を持っているわけがない。


 けれど、もしかしたらと期待して、ミリーに尋ねてみたのだけれど。


「……サフィーお嬢様、水着ってなんですか?」

「えっ、そこから!?」


 残念ながら、やっぱり水着は持っていなかった。でもプールには入りたい。ということで、仕方がないので、濡れても透けなさそうなシャツと短パンに着替えることにした。


「そうだ! 今日こそ“アレ”の出番だわ!!」


 厨房に行き、冷蔵庫からイチゴを煮詰めて作ったシロップを取り出して、スプーンと器と一緒にバスケットに入れて持っていく。


「ラズ兄様、お待たせいたしました」

「サフィー、それは何?」

「ふふ、あとでのお楽しみです!!」


 ふーん、と言いながらもさりげなくさっき準備したバスケットを持ってくれる。ラズ兄様はやっぱりイケメンすぎる。


 ラズ兄様に案内してもらって辿り着いたのは、屋敷の裏庭を少しだけ奥に進んだところだった。


「ここだぞ」


 陽当たりも良好で、近くには大きな木もあり、その木陰では休憩することも可能な絶好の場所だった。


 そこには、半径10m、深さ2mくらいの大きな円形の穴があった。よく見ると、穴の内側には、底と壁面に綺麗に石が敷き詰めてあり、表面は怪我をしないように加工されている。


「怪我をしないように仕上げてあるし、たしかにプールになりそうですね! 露天風呂とも言えそうですけど」

 

(でも、せっかくに露天風呂に入る温泉水が欲しいし、もっと景色の良いところがいいな〜)


 けれど、温泉じゃなくて今はプールだ。


「ラズ兄様は、よくここにプールがあるのを知っていましたね?」

「まあな……」


 少しだけ歯切れが悪い返事が気になるところだけれど、それよりも今は夏を楽しむことが先決だと、私はプールの準備に取り掛かる。


「まずは、水を汲みますか! 水魔法の出番だわ!!」


 水魔法でプールの汚れを落とし、綺麗になったら水を汲みはじめる。水を一気に出したり、少しずつ出したり、水鉄砲の様に威力をあげて出したりする。少しでも、魔法の訓練をする。


「ふう、やっと準備ができたわ。よし、行くわよ〜!」


 バッシャーン、と勢いよくプールに飛び込んだ。


「うわぁ! 気持ちいい! アオもおいでよ〜」


 アオも勢いよく水に飛び込むと、大きな水飛沫が上がり、気持ちよさそうに泳ぎ始めた。


 アオと一緒に泳いでいる間も、ラズ兄様はプールサイドに座り、足を入れて涼むくらい。


「ラズ兄様も一緒に遊びましょうよ?」

「俺はサフィーを眺めているだけでも楽しいよ。何時間でも眺めていられそうだ。なんならもっと楽しくさせてあげようか?」


 ラズ兄様がそう言うと、ふわりと風が吹いてきて、水面を揺らす。ラズ兄様は、いとも簡単に風魔法も使えてしまう。


「波だ〜、海みたい!! 楽しいです!」


(海かぁ、海にも行ってみたいな。海ってここからどのくらい遠いんだろう? マーリンが港町で、早馬で往復一週間って言っていたよね、今度調べてみよう)


「ラズ兄様、そろそろ休憩にしませんか?」


 そう言って、私は先ほど厨房から持ってきたものを用意し始める。


 私はお皿の上を手で覆い「えいっ」と意識を集中させる。『ガツっ』という効果音とともに出てきたのは鋭い氷だ。


「うまくいかないわね。もう一回、えいっ!」

「サフィー、一体さっきから何をしてるんだ?」


 鋭利な氷の山を見て、ラズ兄様が怪訝な顔で尋ねてくる。


「かき氷を作りたいんです」

「かき氷?」

「えっと、ラズ兄様、氷魔法ですごく細かい氷を出してください。雪みたいにふわふわした感じです」

「こうか?」


 そう言うと、ちょっと粗めな雪のような氷を、お皿の上に出してくれた。


(ラズ兄様は、氷の大きさや形まで変幻自在なのね。そろそろチートと呼びますよ! それに比べて私は……)


 チラリと先ほど私が出した鋭利な氷の山を見ると、ため息しか出ない。


 気を取り直して、ラズ兄様が作ってくれたふわふわの氷の上にイチゴシロップをかける。


「これでかき氷の出来上がりです! うーん、冷たくて美味しい!!」

「本当だ! 美味い!!」


 アオの分も用意して、みんなで一緒に食べはじめた。かき氷に夢中で、浮かれ切った私たちは、忍び寄る魔王以上の存在の足音に、気付くことができなかった。


「あら〜、いいものを食べてるわね。私の分はないの?」


 お母様が、私たちの真後ろに立って、ひょいっと顔を覗かせた。


「うわっ!!」

「お母様、いつの間にいらっしゃったんですか?」

「あなたたちが来る前から、ずっとそこにいたわよ」


 お母様は、大きな木の木陰に置かれた椅子を指差す。


「全く気付きませんでした……」

「母様、そんなこと言うけど、絶対に気配消してましたよね? 卑怯すぎる!」

「気配を消す? お母様はそんなこともできるんですか?」

「ソンナコト、デキルワケナイジャナイ」


 なぜか突然カタコトになるお母様。さすがにそれは嘘くさい。それにしても……


「お母様、ステキな水着ですね」


 虎縞模様のビキニ姿だ。抜群のプロポーションを惜しげもなく披露するが故に、目のやり場に困る。


(……年甲斐も無く若作りしちゃって)


 ラズ兄様が何かをぽつりと呟いた。隣にいる私にも聞こえないくらい小さな声で。


(十中八九お母様の悪口だろうな。だって、お母様がピクッと反応していたんだもの)


 お母様の地獄耳もさることながら、ラズ兄様はなぜ自分から爆弾をしかけるのだろうかと不憫に思う。私はラズ兄様に憐れみの眼差しを向けた。


「ラズ、最近生意気よね。反抗期かしら? また、落とすわよ?」


 少し怒った様子のお母様が、ラズ兄様に鋭い視線を向けると、ラズ兄様が即座に俯き黙る。


(落とす? ってなんのことだろう?)


 次の瞬間、お母様が悪い顔しているのが分かった。これは間違いなくだめなヤツだと直感する。


「ラズ、このかき氷を誰が一番早く食べられるかを競争しましょう。一番最後の人は一番早く食べ終えた人の言うことを何でも聞くのよ」

「嫌ですよ。絶対に碌なことにならない」


 お母様の“言うこと”は、絶対大変なヤツだろう。目面しくラズ兄様も冷静に拒否する。


「ははーん、負けるのが悔しいのね」


(ラズ兄様、お母様の挑発には絶対に乗ってはいけませんよ!)


「そんなことないです、この勝負、受けて立ちますよ! 絶対に母様に俺の言うことを聞いてもらいますからね」


(あぁ、ラズ兄様、あなたって人は……)


「ええ、良いわよ。むしろ、はじめの十秒ハンデもあげるわ。精々スタートダッシュを頑張ることね」


 お母様は不敵な笑みを浮かべ、さらにラズ兄様を煽る。絶対に巻き込まれたくない。


 そんな私の心を無視して、かき氷早食い競争が開催されることになった。参加者は、お母様、ラズ兄様、私、の三人だ。アオは一口で食べちゃえるから、不参加で。


『用意スタート』


 ラズ兄様がお母様の言葉通り、スタートダッシュを決めて、一気にかき氷を口の中にかきこんだ。それを見たお母様は、してやったり顔だ。


(あぁ、やっぱり……)


 私がそう思うのも束の間、次の瞬間


「いってぇぇぇぇぇ!!」


 ラズ兄様が、両手で頭を抑えて悶絶し始めたのだ。それを横目に、お母様は淡々とかき氷を食べ始める。


(そうよね……かき氷って、一気に食べると頭が「キーン」となって、地獄の苦しみを味わうことになるのよね)


 もちろん私はそのことを知っていたから、順調に食べ終えた。


『勝負あり』


 勝敗は、もちろんラズ兄様が一番遅かった。


「ふふふ、生意気な口を聞くからよ。何でも言うことを聞いてくれるのよね。考えておくわ。せいぜい楽しみにしていることね」


 お母様が勝利の雄叫びをあげながら颯爽と去っていく。ラズ兄様が地面にひれ伏しているその姿は、まるでこの世の終わりを告げているようだった。


(こんな姿のラズ兄様って、初めてみたかも。ラズ兄様、ドンマイです!!)






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