もふもふ
「サフィーちゃん、行ってくるわね」
魔物意見交換会の会合の日、朝早くにブライアント辺境伯様がお母様のお迎えに来てくれた。
「お母様、これをみなさんと召し上がってくださいね」
「サフィーちゃん天使すぎるわ! ありがとう! 大好き!!」
チーズケーキとクッキーが入ったバスケット、お酒のおつまみになるように、ピザとチーズフォンデュのレシピを書いた紙を手渡した。
嬉しそうな顔で、お母様は私をぎゅーっと抱きしめてくれた。どうしてか、少し羨ましそうに見るブライアント辺境伯様が私の視界に入った。
(お母様は美人だもの。羨ましいのも分かる気がするわ。でも……)
「ぐるじい、でず……」
「あら、ごめんなさい。ねぇ、サフィーちゃんの髪飾りは、もしかしてラズに貰ったもの?」
私はいつもラズ兄様に貰った髪飾りを付けている。とても大切なお気に入りの髪飾り。
「はい、ラズ兄様にいただきました! とっても可愛くて気に入っています!!」
「そう。じゃあ、絶対に肌身離さず持っていたほうがいいわ。そこについている石はお守りの石なのよ。きっとサフィーちゃんのことを守ってくれるわ。ほら、私も同じようなものを持っているのよ」
そう言いながら、お母様は胸元に輝く真紅色の石の付いたネックレスを見せてくれた。
「わあ、綺麗! 私の髪飾りの石の真紅色の部分とお揃いなんですね。お母様とお揃いで、私とっても嬉しいです」
それを聞いたお母様は、優しく微笑んでくれた。
「あら、もう行かなきゃ。じゃあ、サフィーちゃん、くれぐれも気を付けるのよ」
「はい、お母様も気をつけて行ってらっしゃいませ」
お母様は手をヒラヒラと振りながら、馬車に乗って出発して行った。
「さあ、私も修道院に向けて出発するわよ!」
別邸の庭園は、本邸の庭園と同じようにきれいな花が咲いている。その庭園を越えて少し歩くと、見渡す限りの草原が広がっていた。
さらに奥の方に修道院があると教えてもらったけれど……
「まったく建物が見えないわ。本当に今日中に見付けられるのかしら?」
日頃の運動不足が祟って、もう根を上げそうになる。今日中に見つかるか不安になりながらも、しばらくそのまま歩き続けた。
すると、いつのまにか後ろから誰かがつけてくる気配を感じた。
「誰? ラズ兄様? いや、さすがにそれはないはず……」
もしそうだったら、さすがに別の破滅フラグが立っていると考えた方がいいかもしれない。
「でも、不思議と怖い感じはしないんだよね」
そのまま気付いてないふりをして歩いてみても、やっぱり何かが付いてくる。
「人、ではない?」
意を決して「だるまさんが……ころんだ」と心の中で唱えて、私は一気に振り返った。すると、
「もふもふ!!」
もふもふだった。とても可愛すぎるもふもふ。その一瞬だけ見ることのできたもふもふの「しまった」という表情が可愛すぎて、私は一瞬にして心奪われた。
「ふふ、怖がらなくて大丈夫よ、おいで」
『くうーん』
(鳴き声も可愛い!!)
もふもふは、ゆっくりと私に近付いてくると、今度はクンクンと匂いを嗅きはじめた。
「可愛すぎるわ! でも、何を探しているの?」
そのままじっと立ち止まっていると、私の持っているバスケットの匂いを頻りに嗅いでいるではないか。
「もしかして、お腹が空いたの?」
『くうーん』
「通じてるわ! 本当に可愛いし、連れて帰りたくなっちゃうわ。えっと、ちょっと待っててね」
私はバスケットからクッキーを一枚取り出して、もふもふの口の中に入れてあげた。
満面の笑みを浮かべながらクッキーを頬張るもふもふは、もはや眼福だった。
『もっと、もっと』
「!?」
(聞き間違いかしら? 本当に喋ってるように聞こえてきたんだけど?)
「そうだわ! 一緒にお昼ご飯を食べる?」
もふもふが大きく頷いてるので、シート代わりに布を広げ、作ってきたご飯を一緒に食べることにした。
もふもふはたくさん食べてくれた。
『君と一緒にいるとこんなに美味しいものが食べられるの?』
「えっ!? 喋れるの? やっぱりさっきも聞き間違いじゃなかったのね!」
『うん、喋れるよ。ボクもびっくりしたよ。君はボクの言葉がわかるんだね』
「ええ、はっきりと何を言っているのか分かるわ」
(お父様が魔物と契約すれば意思が伝わるって言っていたけれど、契約をした覚えはないし、このもふもふちゃんがすごいんじゃないのかな?)
「おうちに帰れば、美味しいものをもっと作ってあげられるわよ?」
『本当? じゃあ、おうちに連れてってよ。君の名前はなんていうの?』
「サファイア・オルティスよ。サフィーって呼んでね」
『サフィーだね。ねぇ、サフィー。ボクにも名前をつけてほしいんだ』
「名前? 私がつけてもいいの?」
『うん、サフィーのことが気に入ったから、僕と契約しようよ』
「えっ、そんなに簡単に決めていいのかしら?」
突然のもふもふちゃんの提案に、私は驚きを隠せなかった。
(従魔契約ってことよね? それって、私に命を捧げるようなものでしょ?)
『心配しなくても、ボクの直感に間違いはないから大丈夫だよ。それにサフィーの魔力はすごく気持ちがいいから、一緒にいるだけでも幸せな気分になれるんだ』
(たしかに、お父様はタイミングと相性だと言っていたわね。けれど、私はだめよ……)
「でも、契約したら、私が死んだ時にもふもふちゃんも死んじゃうのよね?」
『ボクが君を守ってあげるから絶対に死なせないよ』
ズキューン! と射抜くように私の心は鷲掴みにされた。
(ちょっと、今の、キュン死にしそうなんですけど!!)
私の言葉を聞いても躊躇することなく、さも当たり前のように答えたので、思わず胸がキュンとときめいてしまった。
(もう、攻略対象者じゃなくて、このもふもふちゃんを攻略したいわ!! 今こそ、新ルートが開くチャンスかも!)
冗談はそのくらいにしておいて、この世界が乙女ゲームの世界であるかぎり、私は破滅エンドを迎える。そんなリスクに、この可愛いもふもふちゃんを巻き込むことは絶対にできない。
「あのね、名前は喜んで付けるわ。でも、契約はしたくないの。理由は言えないけれど、もふもふちゃんのことが嫌いというわけではないわ。お友達じゃだめかしら?」
『お友達? ボクとしては契約をしてほしいけど』
目に見えてシュンとしているのが分かった。
(シュンとしてる姿も可愛すぎる!! でも困ったわ。さすがに契約はできないもの)
『わかったよ、お友達で今は我慢する。でも、名前はサフィーにつけてほしいな。それに、そのうち気が変わったらボクと契約してね』
頑なに契約を拒んだからか、私の意思を尊重して、もふもふちゃんが折れてくれた。
「ありがとう。うーん、名前ね……」
私はもふもふちゃんをジッと見つめる。
(もふもふしたい、違う、違う、今は名前よ、もふもふ、もふもふもふもふ)
「あ! アオなんてどうかしら? もふもふちゃんの毛並みがとても綺麗な青色だから。私とお揃いの色ね!」
アオの毛並みは、とてもツヤツヤしていて肌触りが良さそう。というか良い。今すぐにでも抱きついてもふもふさせて欲しい。
(それに、アオという名前は、私にとって、とても大切な名前だもの)
『アオね! すごく気に入ったよ。よろしくねサフィー』
「よろしくね、アオ。ところでアオはどこから来たの?」
『森のずっと奥だよ。珍しい建物があったから近づいてみたら、いつのまにかこの近くに来ちゃってたの。ウロウロしてたら、すごくいい匂いがしたの。グウッ。またお腹すいてきちゃった』
大きいお腹の音が鳴って、アオは照れている。
「ふふ、おうちに帰ってもっと食べましょう。その前に……」
私は思う存分、アオのもふもふを堪能させてもらった。
「はぁ〜、幸せ過ぎてキュン死にしそう」
『これからは、サフィーの好きな時に、そのもふもふというのをしていいよ』
「本当!? アオ、大好き!!」
修道院は、また後日改めて探すことにして、アオと一緒に別邸に戻ることにした。
「もふもふなお友達、ゲットだぜ!!」