魔物意見交換会
「お母様、コックス村ってどのようなところなんですか?」
「コックス村はね、ど田舎よ」
「のどかな村ってことですね」
全くオブラートに包もうとしないお母様の言葉に、思わず苦笑い。
私とお母様は二人きりで初めての女子旅中だ。
コックス村とは、ブライアント辺境伯領の一番端の国境沿いにある小さな村だ。
お母様が年に一回開催される、魔物意見交換会に出席すると言うので、無理言って連れてきてもらった。
魔物意見交換会は、ロバーツ王国と隣国のチェスター王国とが合同で開催している会合だ。
ロバーツ王国とチェスター王国との間には、魔境の森と呼ばれる多くの魔物が住む大きな森があり、その魔境の森の中を通る1本の街道が二つの国を結んでいる。
その街道を安全に管理するために開かれる会合が魔物意見交換会だ。会場は、街道の中央に建てられた、街道を監視する役目を持つ管理棟。
街道自体は、魔物避けの柵を設置したり、両国で定期的に討伐、監視し、今では魔物はほとんど出なくなり比較的安全に通れるようになったそうだ。
「お母様、魔物意見交換会ってどのようなお話をなさるんですか?」
「今年一年、どのような魔物が出たのかを報告しあって、安全に街道を通れるように検討したり、必要があれば魔物の討伐もするのよ」
お母様の言葉に、私の思考は一瞬だけ止まった。
「えっ! まさか、お母様も魔物と戦うんですか!?」
(それだけはあり得ない。このお母様が戦うなんて。まさか……)
お母様は侯爵夫人だ。しかもとても美しい。魔物と戦うという野蛮なこととは対極に生きている存在だ。
「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ。私が戦わなくてもきっと誰かがやってくれるもの」
「ですよね、びっくりしました」
間違いなくお母様の出番はないと思う。何も言わなくても、誰かしらが守ってくれそうな雰囲気を醸し出しているから。
(お母様はきっと、いつもお父様に守って貰っていたのね。だって、お父様とお母様は幼馴染みで、一途な愛を貫いて結婚した、私の理想の夫婦なんだもの!)
お母様はいつも笑顔で、怒っている姿なんて一度も見たことがない。
それなのに、悪戯をして怒られたことのあるラズ兄様は必死に訴える。
「鬼だ、悪魔だ、魔王だ、いや魔王以上だ!」と。
一体ラズ兄様は、どんなお仕置きをされたのだろうか。
「まぁ、実際には、魔物の討伐という名の紳士たちによる魔物狩り自慢大会をして、意見交換会という名の酒飲みをするのよ。参加するのが辺境伯様や管理等の方、魔物研究所の方だから男の人ばかりで、紅一点がいれば場も華やぐからって、私が毎年呼ばれているのよ。美人は辛いわ〜」
お母様は、わざととらしくため息をつく。
(自分で美人って言っちゃってるわね。本当のことだから、突っ込むこともできないけれど)
「サフィーちゃんは、まだ魔境の森には連れていけないから、コックス村でお留守番してもらうことになるわ」
「はい、知らない場所に行けるだけで勉強になって嬉しいですし、お母様と一緒に旅行に行けることが一番嬉しいです! 連れて来てくれてありがとうございます」
「私もとっても嬉しいわ!!」
そして、例に漏れず私はお母様にぎゅっと抱きしめられる。
(ぐるしい……)
実は、コックス村の近くには、断罪後の私が飛ばされる修道院があるはずだ。だから一度は行っておきたかった村だったりもする。
私たちが到着した場所は、村のはずれにある少し豪華なお屋敷だった。
「ふふふ、ここは我がオルティス侯爵家の別邸なのよ〜」
オルティス侯爵家には、私が住んでいるオルティス侯爵領の本邸のほか、今到着したコックス村の別邸、王都にある別邸、マーリンの街の別邸がある。
(きっと他にもあるとは思うけど……)
正直言って、把握はできていない。
「魔物意見交換会は明日だから、今日はブライアント辺境伯様にご挨拶をして、その後に少しだけ村を見に行きましょう」
「はい! どんな村か楽しみです!!」
お母様と一緒に歩いて村に向かっていると、一台の馬車が目の前で止まった。
「おお、スーフェ、こんな辺境の地まで遥々来てくれたんじゃな、ありがとうな」
そう言いながら、口髭を生やしたちょい悪オヤジ的な、ちょっと怖目の男性が馬車から降りてきた。
スーフェとは、お母様のことで、親しい人や信頼のおける人には、そのように愛称で呼んでもらっているみたい。だから私もお母様の真似をして、みんなに“サフィー”って愛称で呼んでもらっている。
「ブライアント辺境伯様、ご無沙汰しております。これからご挨拶にお伺いしようとしていたところですわ。お元気そうで何よりです。ご紹介します、こちらは娘のサファイアです」
「初めまして。サファイアと申します。お初にお目にかかれて光栄です」
私は緊張しながらも、両手でスカートの左右を摘み、足を後ろに引いて腰を落とす仕草でカーテシーをする。
正直言って、私は公爵領から殆ど出たことがない。よくある貴族のお茶会なども参加したことがなかった。だから、カーテシーなど、作法の勉強の時くらいしか出番はなかった。
「ああ、初めましてじゃ。可愛いお嬢さんじゃな。スーフェの若い頃にそっくりじゃ。ここら辺は見てのとおり若い子が楽しめるようなものは何もないんじゃが、広大で豊かな土地のおかげで牛たちは元気なんじゃよ。農産物は自慢じゃし。ゆっくりしていくんじゃよ」
「あら、ブライアント辺境伯様、私は今だって若いわよ?」
お母様は頬をぷうっと膨らませる。怒った仕草もやっぱり可愛い。
「すまぬ、すまぬ。それにしても、他人行儀じゃなく、いつものように呼んでくれてかまわないんじゃが、ほら、ダー……」
「!?」
どうしてか、ブライアント辺境伯様の言葉を遮るほどの殺気が、この場を支配した。
(あっ、これやばいやつね。場が凍りついたわ。間違いなくお母様から発するこの殺気、いや、まさかお母様から? 気のせいよね?)
私がお母様をちらりと見ると、それに気付いたお母様は、いつもの優しい微笑みを浮かべてくれる。
「じゃ、明日の朝、迎えに行くから、待ってるんじゃぞ」
その隙に、逃げるようにブライアント辺境伯様は馬車に乗って去っていった。
(喋り方のクセが強いんじゃ!! って、あら? ブライアント辺境伯様は来た方向に戻って行ったわ? それって、お母様に挨拶するためだけに来たってことよね? お母様って、本当に何者なのかしら?)
お母様に視線を送ると、お得意の「ひ・み・つ」というジェスチャーで返してくれる。
(また教えてくれないのね。この謎が解ける日はくるのかしら? たぶん来ないわ……)
考えても答えが出ないと思うので、気を取り直して、コックス村を見て回った。
半日もあれば余裕で歩いて回りきれるほどの小さな村で、農産物が自慢と言っていただけあって、たくさんの作物が売られていた。
(お母様は何を見ているのかしら?)
お母様は突然立ち止まり、その視線は一点に集中していた。
「それ、全部買うわ!」
「え、お母様突然……あーっ!! チーズ!!」
「良く知ってるね。みんな不審がって全然売れなくて困ってたんだ。いいのかい? 全部だなんて?」
「もちろんよ。サフィーちゃん、チーズを使って何か作れるでしょ?」
お母様の言葉に、私は首を縦に振った。
「もちろんです! 私、チーズが大好きなんです!!」
(うわっ、うわー!! これで大好きだったチーズケーキやピザが作れるわ! そしたら、お野菜も買うべきね)
別邸に戻ると、さっそく先ほど買ったチーズと野菜を使ってピザを作った。お母様は大絶賛。
「サフィーちゃん天才! やっぱり一家に一人サフィーちゃんが必要ね!! みんなにも食べさせてあげたいわ」
「ふふ、ありがとうございます!」
……と言いつつも、私は考える。
(一家に一人も私=悪役令嬢がいたら、この世は終わりね。そこら中で「断罪イベント開催中」みたいな、って、全く笑えないし!!)