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もう一つの課外授業

「本当に、この服? ……でいいのか?」


 一抹の不安、いや不安しか感じなかったが、俺は王城で行われる医学の特講の準備に取り掛かった。


 課外授業として、これからチェスター王国でも運用される救急システムの現場実習が行われるからだ。


 救急システムはすでに何度も王城の待医たちによって試行運用が重ねられ、今すぐにでも始動できる状態だ。ただ人手不足は否めない。


 だからこそ、今回の医学の特講のメンバーは、救急システムの即戦力になる人材を育てるために集められたといっても過言ではない。


 そんな特講のメンバーより一足早く、救急システムの要となる転移の魔術陣が描かれた大広間に到着した俺は、不備がないかを確認しようと大広間の扉を開けた。


 すると、ある人物が視界の隅に映った。床に這いつくばって怪しい動きをするある人物に、ため息しか出なかった。


「……ニイットー、お前、何やってるんだよ?」


 今日は魔術の特講組も課外授業のはずだ。ゆえにニイットーがここにいるはずがない。


「何って、見ればわかるだろ? 魔術陣を描き変えてるんだ」

「はぁ!?」


 ニイットーは俺の方を一瞥することなく答えた。その様子にさらに頭が痛くなる。


「お前も今日は課外授業のはずだろ? どうしてロバーツ王国に行ってないんだよ? しかも、俺らの方は、転移の魔術陣を使っての救急システムの現場実習だぞ! 描き変えたらダメに決まってるだろ」

「お前こそ何を言ってるんだ? 医学の特講のメンバーが神聖なこの場所に来るんだぞ?」


 すごく嫌な予感がした。


 ニイットーが神聖な場所と主張するこの場所は、神聖な場所でもなんでもない、ぶっちゃけただの大広間だ。


 もう少し補足するとすれば、使われてなかった王城の一角を改装しただけの場所。


 それなのに神聖な場所と言い切る理由はひとつしか思い当たらない。


「ノルンにハイネ、そしてこの俺様が王城の大広間に集う。ここで起きることと言えばひとつしかないだろ……うわぁぁぁ!! 貴様っ何するんだ!! 忠実に再現した俺様の芸術作品が!!」」


 俺は描きかけの魔術陣、しかも間もなく完成の魔術陣を消した。間違いなく今描いていた魔術陣はあのための魔術陣だろう。


 ニイットーは、ようやく俺の方に顔を向け怒りをあらわにした。……がそれはすぐにおさまった。


「……おい、お前、ルーカスだよな?」

「は? 当たり前だろ? とうとう頭だけでなく目まで悪くなったのか」


 この先が思いやられるな、と思っていると、ぞろぞろと医学の特講のメンバーが大広間に入ってきた。


 その中には、いつもなら俺を見た瞬間、避けるように逃げるハイネ嬢もいた。きっと今日も……


「あ! ここにいたんですね〜!!」


 あろうことか、俺の予想を裏切り、俺に向かって満面の笑みを浮かべ小走りで駆け寄ってくる。そしてぎゅーっと抱きしめてきた。


「!?」


 さすがに驚きすぎて声が出なかった。そんな俺に向かって、ニイットーが冷めた目で見てくる。


「お前、サファイアがいないからって浮気か? 最低だな」

「本当ね。王城で、しかも神聖なこの場所で堂々と浮気をするなんて信じられないわ。サフィーちゃんに言っちゃおう」


 いつの間にか目の前に現れたノルン嬢までニイットーの援護に入る。


 同時に俺を抱きしめていた腕は解かれ、ハイネ嬢は戸惑いを隠せない様子でノルン嬢と俺を交互に確認する。


「あれれ? ノルン様がお二人? どちらが本物?」


 見ればわかるだろ、と言いたかったけれど、そう言えばわかるはずがなかった。間をおかず俺の代わりにノルン嬢が答えてくれる。


「もちろん私が本物よ。それを着る必要がなくなったって医学の特講が始まる前に説明したじゃない。だから、その中の人は、もう一人、それを着るべき人がいたでしょ?」

「……ということは、こちらの中の人は……?」


 一気にハイネ嬢が青褪める。


 中の人について言及してはいけないということを察したからではない。中の人の正体を察してしまったからだろう。


「ご、ごめんなさい!!」

「いや、俺もややこしい格好をしてきたのが悪かった。ノルン嬢が着ていた着ぐるみを借りてきたんだ。……知らなかったとは言え、今まで俺の存在自体がハイネ嬢の命を奪いかねなかったと聞いたから」


 俺は今、チェックスターくんの着ぐるみを着ている。今までノルン嬢が着ていた着ぐるみだ。


 つまり、入学試験でトップの成績を修めたのはノルン嬢で、入学式で隣に座っていたのもノルン嬢で、雪山に一緒に行ったのもノルン嬢だったということ。


 

 サフィーの仮説を聞いた俺は、スーフェ様の元を訪ねた。


「ハイネ嬢の中にはすでに人間の魂はなく、魔族の魂だけって本当ですか?」

「えぇ、本当よ。あら? もしかして今さら知ったの?」

「知りませんでしたよ!! 渡された攻略本の設定とは違うじゃないですか!」

「あら、そうだったのね。ハイネちゃんに嫌われるためにわざと光魔法の魔力を纏って近寄ってるのだと思ってたわ」

「そんなわけないでしょ……」


 そんな酷い男だと思われていたなんて心外だ。


「別に嫌がらせという意味ではないわよ。だって、あなたってばマジアカでも攻略対象者でしょ。確実に攻略対象者から外れるためには、光魔法使いですよってアピールすることがヒロイン役のハイネちゃんに一番効率よく嫌われる方法だもの」

「その点で言えば、まさに大正解。思いっきり避けられましたよ。まあ、そうとも知らず、俺は彼女をサポートできたらと、無駄に近寄ってましたけどね」

「あら、それは大変! ハイネちゃんは大丈夫だったかしら?」

「だから、めちゃくちゃ避けられて嫌われてましたから」

「そうじゃなくて、ああ見えて、ハイネちゃんって高位魔族なのよ。高位魔族の魂は光属性魔法の魔力に近寄ると魂が浄化されて消えちゃうじゃない」

「浄化?」

「しかもハイネちゃんの体は本当のハイネちゃんの体ではなくて言わば入れ物だから魂が離れやすいのよね。あなたはケールに似て放出する魔力量が多いから、一緒の空間にいるだけでも危険なはずよ?」

「危険? 魂が離れやすい? もしかして……」

「死ぬってことね」


 俺は、知らず知らずのうちにハイネ嬢を殺そうとしていたということをこの時初めて知った。


 納得だ。ハイネ嬢は俺の存在を必死で拒むはずだ。しかも、スーフェ様の話っぷりだと、わざとやってると思われてる可能性もある。


「スーフェ様、お願いします。一時的に俺の光魔法を盗んでください!! スーフェ様なら盗めるって聞きました!!」


 俺は懇願した。魔法が使えないのは何かあった時に致命的ではあるが、俺の存在がハイネ嬢の命を奪いかねないとなると、一時的に無くす以外選択肢はない。


「うーん、やってあげたいけど、ごめんなさい。私のスキルも万能じゃないの。むしろ頼まれたら無理なのよ」

「そんな……スーフェ様に無理なことがあるなんて……じゃあ、他に方法はありませんか?」

「そんなの、魔力を隠せばいいだけじゃない!」

「隠すって?」

「ほら、こうやってやるのよ」


 スーフェ様は、俺にもわかりやすいように魔力を可視化させて自身に纏わせてから一瞬にして消した。本当にこの人はなんでもできるんだな。


「俗にいう気配を消す、ってものに近いかしらね。便利だから覚えた方がいいわよ」

「それをぜひ教えてください!!」

「……私も暇じゃないのよね。そうだ! ラズたちに頼みなさいよ。あの子たちの方がこういう小技を教えるのは得意だから適任だわ」

「ラズライト様ですか? ラズライト様の方が絶対に忙しいと思うんですけど。しかも連絡手段がないじゃないですか」

「ルベを見つけるのは無理かもしれないけど、ラズの魔力はどこにいたってすぐに分かるじゃないの。……もう面倒くさいからこれを貸してあげるわ!」



 と、差し出されたのがチェックスターくんの着ぐるみだった。


 聖属性魔法の魔力を纏うノルン嬢もハイネ嬢にとっては命を脅かす存在だった。


 だから、スーフェ様からすでにハイネ嬢の話を聞いていたノルン嬢は、入学した時からずっとこれを着ていたのだという。


 この着ぐるみ、魔力を遮断するだけでなく、軽くて動きやすいうえに自動で温度調節もしてくれる優れもの。他にも無駄に様々な機能がついてるらしい。


 そして現在、着ぐるみ姿で謝罪をする俺。


 王家に名を連ねる者として安易に頭を下げるべきではないが、今は一見してチェックスターくんが謝っているとしか思えない構図だろうからよしとしてもらおう。


「わざとじゃなくて本当に知らなかったんですね。私こそ、そうとも知らずにとてもひどい態度をとってしまってごめんなさい」


 ハイネ嬢も深々と頭を下げ始めた。やっぱりわざとやっているように思っていたんだと知り、少しだけショックだった。


 和解ですね、とはにかむハイネ嬢の姿に、今さらだけど、めちゃくちゃいい子なんだろうな、と思う。


 一方、俺たちのやりとりに興味のないノルン嬢は、同じく興味のなさそうなニイットーに問いかけていた。


「それで、完成したの?」


 ノルン嬢は床に描かれた魔術陣を見て驚く。


「完成してないじゃないの……」


 ニイットーは少し嬉しそうに言い訳をする。


「もう少しで完成だったのに邪魔が入ったんだ! 結果的に約束を守れなかったから、お仕置きも甘んじて受けようじゃないか」


 さあ、来い! と言わんばかりにお尻を突き出し蹴られる準備万端のニイットー。


 お仕置きと言いつつ、ニイットーにとってはご褒美だろう。


 けれど、予想に反して何も起こらず、ノルン嬢は無言で講義を始める準備に取り掛かっていた。


「えっ? ノルン、どうしたんだい? いつも通り一発や二発、蹴って蹴って蹴りまくってくれていいんだぞ?」


 言ってることは相変わらず気持ち悪いけど、その表情はとても悲しそうだった。



 



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