日常に溶け込む魔術たち
「『サフィーがいてくれるから大丈夫だよ』だって!! アオも聞いてたでしょ!!」
『はいはい。これであっさり乗っ取られたら大笑いだよね』
「もうっ、アオったら、いつからそんなに性格悪い発言をするようになっちゃったの?」
『だって、サフィーは全然遊んでくれないじゃん。二人でいろんなところに遊びに行っちゃっていつもボクだけお留守番なんだもん』
「アオも連れて行きたいけど、さすがに目立つんだもの。でも今日の課外授業は一緒に行けるんだから許してよ」
医学のメンバーは王城だけど、私たち魔術のメンバーは、転移魔術でロバーツ王国へ行く。まさかの国外、もちろん生徒たちは大喜び!
だからこそ、この転移魔術を絶対に成功させなくてはならないなと気合が入る。
「イーサン先生、一度に大勢の生徒さんたちと転移魔術で移動できるものなんですか? しかも国境越え」
「普通は無理ですね。私の魔力ではまず無理です。しかも国境を越えるとなると私がどう頑張ってもやっぱり無理ですね」
無理らしい。確かに最初の講義でもほぼ不可能みたいなことを言っていた。けれど、すでにみんな遠足気分で楽しみにしてるのに、今更無理とは言えない状況だ。
「それならどうやって発動させるんですか?」
イーサン先生は厳重に保管された一本の小瓶を取り出した。その小瓶には赤色の液体が。
「今回はこれを使います」
「血!? えっ、もしかして生け贄の血ですか!?」
契約違反!
魔術を使用するにあたっていくつかの契約を結ぶ。今回の生徒さんだけでなく私やイーサン先生ももちろん契約を交わしている。生け贄はガッツリ契約違反だ。
ちなみに魔ものの召喚魔術も契約違反になる。先日の授業の時に、ニイットー王子が魔王の召喚を成功させていたら、どんなペナルティーが課せられていたのだろうか。
実はまだ契約違反をした人がいないので、私にも分からない。
「生け贄……ではなく、むしろ、『ケンケツは趣味だったの♡』と言っていたので、志願者と言った方が正しいかもしれませんね……」
ケンケツ、あ! 献血か。
もちろん今世に献血なんて制度はない。けれど、今は採血できる人がいる。
私の予想があっていれば、この小瓶に入っている血は1滴でもやばい代物だ。
そのとても危険な血を定期的に提供してくれるおかげで、魔力が尽きることなく魔術の開発が行え、世のため人のためになっている。
前世でも今世でも献血は世の中の役に立つということ。私も今度ノルンちゃんに頼んでみよう。
「準備はできたし、みんな揃ってるかな?」
どのようなことに魔術が使われているかを実際に見に行くのが今回の課外授業のひとつだ。
生徒さんたちの人数を数えると、数えなくても明らかに一人足りない。
「あれ? チェックスターくんがいませんね?」
「あぁ、あのお方はご公務があるため不参加です。気付いていないようですが、ニイットー王子もお休みですよ」
さすが国の人気マスコットキャラクターのチェックスターくん。講義よりも公務優先だなんて、とても忙しいのね。
イーサン先生が魔術陣に血を1滴垂らすと、難なくロバーツ王国に入国できた。もちろんロバーツ王国側には事前に申請済みだから不法入国ではない。
まず初めに訪れたのは、人々の生活に浸透しつつあるこの事業。
「こちらが試験的に運用している郵便システムというものです。本部が王城内にあって、全国各地に支局があります」
郵便システム。それは前世でいう郵便局のような事業だ。
要所要所に郵便支局が建てられ、その支局に預けられた手紙や荷物を王城の敷地内にある郵便本部に集める。郵便本部で仕分けをして再度各支局に送られるという仕組み。
試験運用中にも関わらず、国外(チェスター王国)にも届けることが可能だ。
手紙などは、今まで商人や旅をする人に頼んでいたので届かないこともあったみたい。でも、国の事業の一環として郵便システムが整い、値段もお手頃で迅速かつ確実に届くと喜ばれ、試験運用中でありながらすでになくてはならないものになっている。
そして最近では各地の特産品を取り寄せるのが流行っていて、地域の発展にも一役買っている。
そのおかげで今話題を集めているのが、各地の特産品を売っている施設、前世でいうアンテナショップだ。
お取り寄せが可能となり、新鮮なご当地の食べ物も手に入ると大喜び。そしてそのアンテナショップが軒を連ねているのがこの場所ーーフロー伯爵領だ。
「フロランドの周辺は見違えるほど発展しましたね! イーサン先生もフロー村の近くにある孤児院で育ったんですよね?」
「ええ、だから不思議な気持ちです。魔術が禁忌と言われ、森が燃えてなくなって、孤児院も廃れていき、私の大切なものは全てなくなっていくものだと思っていましたから」
「先生……」
「でも、今では新しいものが生み出され、失われたと思った魔術とともに発展していく。考えられなかったことだからこそ、何とも感慨深いです」
フロランドは今や複合レジャー施設となっている。圧倒的人気の観光スポットだ。そしてここの施設を取り仕切っているのが、
「サフィーお姉ちゃん!」
「ヒナちゃん! 久しぶりね」
フロー伯爵家のご令嬢、ヒナちゃんだ。
「少し見ない間に、ヒナちゃんもフロー伯爵領も見違えるほど大きくなったわね」
「うん! 没落寸前だったのが嘘のようだよね。あ! ニナお姉ちゃんのお腹も順調に大きくなってるよ!」
「良かった〜、あの話を聞いた時は本当に生きた心地がしなかったもの」
ほんの少し前、郵便システムの試験運用が始まってすぐの頃、その事件は起きた。
「ニナお姉ちゃんが狩りの途中に血塗れで倒れたときは本当に死んじゃうんじゃないかって思ったもの。でも、救急システムのおかげですぐにお医者さんが来てくれたから、本当に助かったの!」
郵便システムに先駆けて始まっていた救急システム。
郵便支局と同じ施設に救急分署があり、病状と要件を聞き、その聞き取り結果を文書にして救急本部に送る。
それを見た救急本部の人が病状にあったお医者さんを手配して、転移の魔術陣を使い病人のもとへと向かう。
電話ではなく文書でやり取りをするので、どうしてもタイムラグが生じてしまったり、うまく伝わらないこともあったりで課題はいっぱいだけど、助かる命が増えたのも事実。
ニナちゃんが倒れた日は運悪くお医者さんが領地内にいなかった。だから救急システムで王都からお医者さんが来てくれ、その時に絶対安静と共におめでたを告げられた。
ちなみに血塗れだったのは獲物の血というデジャヴ。けれど、絶対安静が解かれた後も、心配性なワイアット様にキツく言われ、現在は公爵領でおとなしく過ごしているみたい。
病状によっては薬が処方されたり治癒の魔石だけが送られてくる時もあったり、お医者さんが来てくれる時、ノルンちゃんやベロニカ王妃様が来てくれる時もある。
ちなみに救急システムの転移の魔術陣を発動させるために、あのお方の血が厳重に保管されているのだとか。ここでも大いに役立っている。
「ニナお姉ちゃんのことがあったから、私も魔術を学ぶことを決めたの。孤児院の子供たちと一緒に勉強してるんだよ! みんなもサフィーお姉ちゃんに会いたがってるよ」
ヒナちゃんは、貴族とか身分に関係なく孤児院の子供たちと交流を持ち、何かと気にかけてくれている。
魔術にもいち早く興味を示し取り入れてくれている。
「今日はアカデミーの授業の一環で生徒さんたちの引率として来てるから、また後でゆっくり会いに行くって伝えておいてね」
「うん、わかった! それにしてもサフィーお姉ちゃんが先生なんて不思議な気がするね」
「もうっ、私だって少しはしっかりしたのよ? いつまでも勉強のできない生徒じゃないんだから」
思い出されるジェイミーちゃん事件が勃発した勉強会。あの時は断罪を覚悟をしたよね。今やいい思い出。
「違うよっ、そう言う意味じゃなくて!! サフィーお姉ちゃんが先生という職業を選んだのが不思議なの」
「先生というか助手だけどね。それに今は教育実習、……じゃなくて、職場体験みたいな感じだよ」
生徒という立場ではない視点でイーサン先生の授業を間近で見ることができて、先生という仕事もとてもやりがいがあると感じた。
けれど、先生を目指してはどうか、と聞かれると、少し考えてしまう。
「先生っていうと、暴走する子を止めるのも仕事だよね? どっちかといえばサフィーお姉ちゃんが止められる方だよね」
「ヒナちゃん、何が言いたいの?」
「変な意味じゃないよ! サフィーお姉ちゃんはみんなが考えつかないようなアイデアを出して突き進んで行くから、止める方じゃないよなってこと。良い意味で言ってるの。それに、そのおかげでたくさんの人が幸せになってるし、しかも黒字経営だしね」
私自身が動き出したくなることはお察しだったみたい。まさに暴走した私のアイデアをルーカス王子がうまくまとめてくれているのが現状だ。ルーカス王子の方が先生に向いているかも。
「やっぱり私は先生って柄じゃないよね」
「あら〜、私は先生もいいと思うわよ」
突然、先生推しをしてきたのは、
「お母様! どうしてこちらに?」
「サフィーちゃんが帰国するって聞いたから、会いにきたのよ」
「いや、何言ってるんですか。毎日ご飯食べに帰ってますよね?」
だって、相変わらずドアを開ければ実家に帰れるんだもの。あの常時転移術が展開されてるあのドアって、よく考えたら不思議。
「だって、サフィーちゃんが先生をやってる姿が見れるなんてレアだもの!! サファイア先生♡ ふふ、羨ましいわ〜! よっ、安定の公務員!!」
ヒナちゃんの公務員って何? という質問に、引き攣った笑顔でスルーしてしまう私はやっぱり先生失格。
空かさずアオがヒナちゃんの気を引いてくれる。さすがアオ、グッジョブ。
「それで、本当は何が目的ですか?」
「これよ、これ。やっとメンテナンスが終わったから早く渡したくて届けに来たのよ」
それはお母様に預けた私の大切な宝物ーー髪飾りだった。
「ありがとうございます!! これがないとどうしても物足りなくて落ち着かなかったんです!!」
大好きなラズ兄様たちにもらった大切な宝物。私はさっそく髪飾りをつけた。やっぱりこれがあるだけで守られてるなって安心感があって何だってできちゃう気がする。
「サフィーちゃんのお部屋の改装ももう少しで終わるから、楽しみに待っててね! ……って、とうとうバカっやった人がいるわ。ちょっと行ってくるわね」
「えっ、改装? えっ、バカ? ……はい、行ってらっしゃいませ」
台風一過の如くヒュンとお母様は消えて行った。
突然の乱入者もいたけれど、久しぶり再会を楽しみつつ、魔術の特講は大盛況で全てのカリキュラムを終えた。