理由を考えてみたら
教室の隅々まで探してもニイットー王子が描いた魔術陣の紙は見つからなかった。
魔王を召喚する魔術陣というめちゃくちゃ危険なものが見つからないなんて恐ろしすぎる。
けれど心配してるのは私だけみたいで、当の本人は、美しすぎて欲しがる気持ちもわかるが、などとぶつぶつ言っていた。
確かにあれほど綺麗な魔術陣は絵画と言っても良い出来なのは悔しいけど認めざるを得ない。
でも問題はそこじゃない。魔王が召喚されてしまったら国が乗っ取られちゃうかもしれないのに、もちろんそのことはニイットー王子も知っているはずなのに、一国の王子として危機感がなさすぎる。
だからせめて私の心を落ち着けようと、こちらもそれほど心配していない様子のイーサン先生に尋ねる。
「イーサン先生、魔王を召喚する魔術なんて本当にあるんですか? ありませんよね?」
「魔王を召喚する魔術陣は見たことがありません。ですが、それに近いものだったら知っていますよ」
「それに近いって、どういうことですか?」
「魔ものを召喚する魔術陣です。もちろんそれ相応の魔力なりの対価が必要になってきます」
それを踏まえると、魔王を召喚するためには数え切れないほどの生け贄を用意する必要があると、イーサン先生は教えてくれた。
つまり、奴隷制度がなくなり簡単に生け贄を捧げることができなくなった今の時代では不可能に近いという。
「ですが、魔王が召喚された方が変な魔ものを召喚するよりもいいかもしれませんよ」
「どうしてですか?」
「魔王は代々良識のある方が選ばれると聞きます。そもそも魔王よりも恐ろしい存在を知っているので心配いりませんよ」
魔王よりも恐ろしい存在というものが誰のことを指しているのかなんとなくわかったけれど、それでもやはり心配だ。
物語の強制力でチェスター王国が乗っ取られたら嫌だもの。
「いろいろと言いましたが、本音を言いますと、ニイットー王子が魔王を召喚する魔術陣を正確に描けたという方があり得ないと思っていますから」
それだけは魔術師一族として譲れませんよ、とイーサン先生は笑う。
「確かにイーサン先生が知らない魔術をニイットー王子が知ってる方が不思議ですものね」
いくら前世の記憶というチートがあるとしても、それを可能にしているのは前世で見聞きしたものや経験によるものがほとんどだ。
前世ではもちろん魔術なんてものは存在しないのだから使えるわけがない。
ということで、魔王が召喚される心配はいらないだろうという結論に至る。一安心。
それから順調に特講は回を重ねていった。
「とうとう明日で特講も終わりだね。明日は課外授業だからとっても楽しみなの。ルーカス王子も明日は課外授業だよね?」
ルーカス王子と恒例の夜のお喋りタイム。ルーカス王子は公務もあって忙しいから、毎日ではないけれど。
ほんの少しのひとときだけど、この時間が好き。充実した日々を送ってるなとしみじみと感じる。
それなのに目の前には、ずーん、と肩を落とすルーカス王子がいる。
「公務が大変なの? 明日のためにも今日はもうお休みしようか?」
「ありがとうサフィー。公務は大変ではないんだ。サフィーのアイデアを形にするのはとてもやりがいがあるしね」
「うん! 私たちのアイデアが形になってみんなが笑顔になってくれるのを見るのってとても嬉しいよね! でもルーカス王子に負担がいっちゃうから心配なの」
私とルーカス王子は時間がある時にデート……じゃなくて、お忍びで視察に行っては地域を活性化するアイデア出し実現を目指している。
私はまだ婚約者という立場なので、公に動くことはせずに好き放題アイデアを出すだけというお気楽な立場だ。
それをうまくまとめてくれているのがルーカス王子。だからこそ負担が大きすぎることは目に見えてわかる。
「明日の課外授業が憂鬱なんだ」
ルーカス王子が弱音を吐くなんて珍しい。
不謹慎だけど、弱ってる姿が子犬みたいで可愛いと思ってしまった。身近にいすぎて忘れてしまうけど、さすが攻略対象者。ふとした瞬間にきゅんきゅんさせてくる。
そんなことを考えてしまっていることを悟られないようにルーカス王子に向き合う。
「どうしたの? 私でいいなら聞くよ?」
「……医学の特講のメンバーは知ってるよね?」
「うん。掲示板に貼り出されていたもの。もしかしてハイネちゃんと何かあった?」
「何かあったというか、明日の課外授業は王城で行うんだ」
「試験運用中の救急システムを見学するのよね?」
救急システムとは、転移魔術を使用した119番通報に代わるシステムだ。
実は今回の医学の特講は救急システムの本格運用を見据えて受講者を選出したみたい。
だから選ばれた人は即戦力になる治癒系の魔法が使えたり、すでに薬師として活動している人だったりする。
もしそうじゃなくても、医者への道は私には無理だということも思い知らされたのだけど。……鶏も魔物を捌けない私には無理だった。
「そうなんだ。救急システムは必ず国の重要施策になってくるからね。……それでさ、サフィー覚えてる? ハイネ嬢の思い人の話」
「あれは衝撃的すぎて忘れられないよ。って、まさか!?」
「ああ、明日は父様も顔を出すことになっているんだ」
とうとうハイネちゃんとルーカス王子のお父様=国王様の逢瀬が実現してしまう。ハイネちゃんの新規ルート開拓。
「気まずいね……」
「本当だよ……」
父親と同級生の恋。恋愛は自由で歳の差は関係ないと言いたいけれど、いざ身近で起こると何とも言えない気持ちになる。
「それに、あのノルン嬢も一緒だから不安しかない」
「ノルンちゃん? あ! そっか。医学の講師ってノルンちゃんだものね」
何を隠そう、医学の特別講師はノルンちゃんだ。
それをはじめて聞いた時、適任すぎる人選に感嘆の声を上げたほど。
だって、ノルンちゃんは前世では本物の医者だった。この世界どこを探してもノルンちゃん以上に医学を教えるに相応しい人はいないと断言できる。
でも、それとこれとは話が別だ。ノルンちゃんはマジアカのことになると見境ない。
きっと今回の講師を受けたのも間近でマジアカの世界を堪能したいからに違いない。
「濃ゆいメンバーが勢揃いだね。でもノルンちゃんはハイネちゃんの好きな人が国王様って知らないよね? だったらハイネ×ルーカス王子ルートを再現させようと躍起になるんじゃないかな?」
ゲームの再現をするためだったら、ノルンちゃんはどんな手も使うはずだ。
きっとマジアカでの好感度アップイベントに、特別課外授業的なものがあるに違いない。
「それなんだよ!! ノルン嬢が『王城でのイベントもあったわね、楽しみだわ』って言っていたんだ」
「でもさ、ハイネちゃは王妃様の座を狙ってるわけだし、イベントは発生しないんじゃないかな?」
「そうだといいんだけどね」
ルーカス王子にも王城でのイベントが何なのか心当たりはないらしい。きっと攻略本の下巻に書かれている内容なのだろう。
「それとさ、実は、どうしても気になってノルン嬢にハイネ嬢に避けられてないか聞いてみたんだ」
「もしかして、ハイネちゃんが魔族の魂に乗っ取られてるかもしれないってこと?」
「ああ。俺を避ける理由が、ハイネ嬢が王妃の座を狙ってるからというよりも現実的かと思ってね」
「魔族は光魔法と聖魔法に拒絶反応を示すんだったね。命に関わるからだったよね?」
魔族は光属性魔法と聖属性魔法に拒絶反応を示す。それはこの二つの属性魔法には浄化作用があるからで、一部の魔族は、魂までもを浄化されてしまうらしい。
命に関わるから拒絶してしまい、かつ、魔族の魂が自分の中にあるなんて説明もできないから弁解もできないということ。
意味もなく拒絶されるよりも、ルーカス王子的にはそう思えた方が仕方がないと納得ができるのだろう。それでもやっぱり悲しいけど。
「それで、ノルンちゃんはなんて?」
「まずノルン嬢とハイネ嬢は仲が良い」
「聞くまでもなかったみたいだね。聖女様と魔族なんて相容れない存在だものね。ハイネちゃんはまだ魔族の魂に支配されてないってことだよね」
「でも一応ノルン嬢に確認してみたんだ。すると『私は聖魔法が盗まれてしまったから大丈夫なのよ』と言っていたんだけど、サフィー意味分かる?」
「聖魔法が盗まれた?」
「魔法を盗むなんて、普通そんなことできるはずがないし」
普通はできないと思う。けれど、普通じゃない存在がいる。本にも載っていないようなあり得ない魔法が使えてしまう人。
「私、できる人の心当たりがあるかも」
その人は記憶さえも盗んだと言っていた。そのおかげで今の私がいる。
「お母様がノルンちゃんの魔法を盗むことができるはず。どうしてそんなことをしたかはわからないけど」
お母様なら面白そうだからという理由でもやりかねない。
ちなみに返すこともできるらしいよ、と伝えると、俺にもやって欲しかったと小さく呟いていた。やっぱりどんな理由があるにしろ避けられるのは辛いよね。
魔族が奪ったわけではないけれど(いや、魔族よりもタチが悪い人だけれど)、結果的にノルンちゃんの聖魔法が奪われた。
この次に待っている展開は、ノルンちゃんがルーカス王子の婚約者の座を辞退するということ。
もちろん今のルーカス王子の婚約者は私だし、辞退なんて絶対にするわけがない。
「あれ? ちょっと待って。ノルンちゃんが一時的にでも聖魔法が使えないとなると、ハイネちゃん魔族乗っ取られ説が再浮上ってことだよね? つまり、ハイネちゃんはハッピーエンドルートじゃなくて魔王召喚からのルーカス王子乗っ取り事件!? って、めちゃくちゃダメなルートじゃないの!!」