悪役令嬢のお父様
「あぁ〜、本当にいい天気ね。眠くなっちゃうわ」
澄み渡る晴空の下、芝生の上に寝転んで、私はうとうととし始める。
「至福だわ、本当に幸せ」
私が住む本邸の庭園は、専属庭師のケンさんが丹精込めて手入れをしてくれている。芝生は青々として、とても綺麗で寝心地も抜群だ。
ごろごろと寝転びながら、雲ひとつない空を眺めていると、大きな大きな鳥のような影が飛んでいるのが見えた。
「ふふ、あんなに大きかったら、私を乗せてどこまででも飛んでいけそうね」
空を飛ぶこと、それは二階から落ちた今でも、懲りずに私の夢だ。そして、前世の私も同じことを思っていたみたいだ。
「サフィー、こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
「うわっ!」
いきなり頭上からした声に、私は慌てて飛び起きた。声の主はもちろんラズ兄様だ。
偶然なのか、私の行くところ行くところ、ラズ兄様と遭遇する。前世でいうGPSが私に付いているのではないかと思ってしまうくらい。
「もうっ! ラズ兄様ったら、驚かせないでください!!」
「ごめん、ごめん。つい悪戯したくなっちゃったんだよ」
「ふふ、許してあげますよ。それに、日向ぼっこはとっても気持ちがいいので、ラズ兄様も一緒にごろごろしませんか?」
「あはは、ごろごろと転がりすぎないようにな」
ラズ兄様は少しだけ苦笑い。やっぱり貴族のご令息は、芝生には寝転がらないようだ。
「そうだ! 今日は珍しく父様が帰ってきているから、父様の従魔を見せてもらおうと思って、サフィーのことを探しにきたんだった」
「お父様が帰ってきてるんですか!?」
ラズ兄様の言葉に目を輝かせた。
お父様には、家族の私たちでも滅多に会えない。領地を飛び回ったり、王都に行ったりで、屋敷にいることがほとんどないからだ。
屋敷に帰ってきたとしても、夜だったり、仕事に追われていたりで、過労死してしまうのではないかと心配になってしまうほど忙しい。
「私もお父様にお会いしたいです!」
「じゃあ、すぐに行こうか」
ラズ兄様の提案に、二つ返事で賛成し、お父様がいるという裏庭へと向かった。
「お父様、お帰りなさいませ。お会いできて嬉しいです」
お父様の姿を見つけた瞬間、私は足早に駆け寄り、ぎゅーっと抱きついた。
「サフィー、久しぶりだな。二階から落ちたと聞いて驚いたよ。もう大丈夫なのかい?」
「はい! ご心配をおかけして申し訳ありません。私はこのとおり、とっても元気です」
私はくるりとその場で一回転。どこも怪我をしていないことをお父様にアピールした。
「ああ、たしかに元気みたいだな。背中に芝が付いているよ」
「えっ、嘘!?」
あたふたとする私に、お父様は目を細めて微笑みながら、背中に付いている芝を払ってくれた。
「ありがとうございます、お父様!」
「サフィーはスーフェに似てやんちゃなようだね」
「父様、サフィーのことは私が全力で守りますのでご安心ください」
ラズ兄様の意味不明な発言、妹溺愛の過保護が始まってしまった。
「ラズは相変わらずだね」
お父様は苦笑い。ラズ兄様の気持ちは嬉しいけれど、やっぱり少しだけ恥ずかしい。
「父様、私とサフィーをセドに、父様の従魔に会わせてください!」
「ああ、もちろんいいよ。それに、サフィーもそろそろ従魔を見つけても良い年頃だしね」
「従魔、ですか? 私にも見つかるんですか?」
願わくば、可愛い従魔が欲しいと瞬時に思ってしまった。もふもふ。
「ああ、見つかるはずだよ。まずは従魔について知ることからはじめようか」
とても真面目なお父様による従魔講義が始まった。
「従魔とは、契約を結んで主従関係になった魔物のことだよ。契約には、本契約と仮契約があるのは知っているよね?」
「はい、本契約はお互いに納得の上で契約するか、魔物を徹底的に服従させて契約することです。仮契約はどちらか一方の了承があれば結べるけど、無理に契約すると従魔に殺される恐れがあるんですよね」
すらすらとお父様の質問に答えるラズ兄様の姿を見て、私は「さすがラズ兄様!」と感心するばかりだった。
従魔契約について要約すると、
・本契約のメリットは、従魔の魔力と生命力を自由に貰うことができる。
・デメリットは、主が死んでしまうと従魔も死んでしまう。
・仮契約のメリットは、従魔の魔力と生命力を任意で貰うことができる。
・デメリットは、主が死んでも従魔は死なないため、契約を解除したい従魔から殺されるリスクが生まれる。
・従魔は、相性の良い主と契約すると、主が放出する魔力が極上の餌となるので、従魔にとってもメリットがある。
・主が従魔に、魔力と生命力をあげることもできる。
お父様の説明を聞いた私は、少し残念に思ってしまった。
(私は従魔契約を結べない……)
未来の私は断罪される運命だ。それなのに、従魔契約をしてしまったら、その魔物も一緒に死んでしまうことになってしまうのだから。
(あ、従魔がだめなら、召喚獣はどうなんだろう?)
私が思い付いたのは、ラノベでよく見る召喚獣だ。この世界に召喚獣というものが存在することすら分からないけれど、聞いて損はないはずと、私はお父様に質問をした。
「お父様、召喚獣もこの世には存在するのでしょうか?」
「ああ、存在するよ。召喚獣は異空間にいる神や魔物で、魔術をもってして召喚することができるんだよ。でも、世界でも数人しか召喚できないと言われているんだ。魔術が使える魔術師の存在自体が珍しいからね」
「サフィー、伝説の冒険者が召喚獣を連れているらしいぞ」
ラズ兄様が、なぜか含み笑いをしながら教えてくれた。それを聞いたお父様は苦笑い。
「伝説の冒険者、ですか?」
私の脳裏に浮かぶのは、厳つい男の人が龍のような召喚獣を連れている姿だった。
「さすが、伝説の冒険者……」
ぽつりと呟いた私に、やっぱりお父様は苦笑い。それはきっと、私には到底縁のない話だからだろう。
ロバーツ王国では、魔術を禁忌としている。だから、召喚獣どころか魔術自体がそもそもあり得ない話。
しょんぼりと肩を落とす私を元気付けるように、お父様がさっそく従魔を呼んでくれることになった。
「では、私の従魔を紹介するね。セドー!」
大きな声で従魔の名前を呼ぶ。忽ち、私たちの頭上が暗く陰り、大きな鳥が翼をバサーっと広げ、目の前に降り立った。
その姿は、先ほどまで空を飛んでいた大きな鳥だった。
「グリフォンだわ!!」
降り立ったセドは、上半身が鷲、下半身がライオンという出で立ちのグリフォンという種類の魔物だった。その姿は見る者を圧倒するほどの勇ましい姿だった。
(もしも敵だったら、一撃で人生が終わる自信があるわ。敵じゃなくて本当に良かったわ)
私たちの目の前にいる“セド”は、敵どころか、とても大人しくて、とても賢そうな魔物だった。
「セド、娘のサファイアだよ。ラズには会ったことがあるよね」
お父様が話し終えると、セドはゆっくりと私たちの方に顔を向けた。
「やっぱりセドは格好良いな〜!! こんにちは、セド、久しぶりだね」
ラズ兄様が挨拶をしたのに続いて、私も挨拶をする。
「こんにちは、サファイアです。よろしくね」
セドは、私の言葉に答えるかのように、会釈をしてくれた。
(可愛い! それにとてもお利口さんだわ!!)
「お父様、撫でても大丈夫ですか?」
「平気だよ。優しく触ってあげなさい」
恐い魔物のはずなのに、撫でられて気持ちよさそうにしている姿がとても愛らしかった。
「私も魔物ちゃんと仲良くなりたいです!!」
「ああ、サフィーに良い相棒ができることを楽しみにしているよ。相性とタイミングが良ければ、サフィーならきっと見つかるはずだから」
「はい、お父様!」
お父様とセドの関係を見て、やっぱり従魔に巡り会いたいと思ってしまった。
(契約はしなくても、お友達になったりできないかな? もふもふのお友達希望!! 思う存分もふもふしたい!!)