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魔術の授業を始めます!

 急きょ、学生という身分でありながら教壇に立つことになった。……と言っても、イーサン先生の助手としてだけれど。


「アカデミーでの貴重な時間を割いてまで引き受けてくれて感謝します」

「こちらこそ滅多にない経験をする機会をいただけて嬉しいです! でも、私に先生なんて務まるのでしょうか?」


 学生のうちに先生になるなんて不思議な気もしていたけれど、何だか前世でいう教育実習みたいな気がして、緊張もするけれどわくわくもしてきた。


 でも私は先生になる勉強はしてきていない。何をすれば良いのか分からないし、果たして役に立つのだろうか。


 そんな疑問を投げかけると、イーサン先生は少しだけ笑って答えてくれた。


「難しく考えなくても大丈夫ですよ。もちろん先生として教壇に立つ以上、相応の責任は伴いますが、いつもどおり魔術を楽しんでもらえればいいんですよ」

「楽しむ、ですか?」

「はい、まずは生徒たちの魔術への印象を変えることが重要です。教える側が魔術を楽しむのを忘れなければ、その思いは必ず伝わりますからね。……その他には、ミリーがいろいろと無茶をしようとするので、止めていただければありがたいですね」


 おそらく後者こそが私に求められている役割だろう。


 ミリー自身も魔術をとても楽しそうに学び、日常生活に取り入れている。イーサン先生の言う先生像には適任だろう。


 でも、今のミリーのお腹には大切な命が宿っている。

 無茶をしないで欲しいというイーサン先生の気持ちもよく分かる。


「それなら任せてください! 私がミリーに代わって精いっぱい魔術の楽しさを伝えます!!」

「期待していますよ、サファイア先生」


 先生と言われ、一気に照れ臭くなった。医者(せんせい)を目指して医学の特講を希望して、落ちて、そんな私がまさか先生と呼ばれることになるなんて。



 魔術の特講は、少人数での開講となった。講義を受けるためには契約魔術が必須だったからだ。


 生徒の中には契約魔術を忌避して受講を辞める人もいた。それが魔術に対して人々が抱いている認識なのだと思うと、分かってはいたものの残念で仕方がない。


 それでも特講を受けてようと集まった生徒がいてくれたのだから、教える側としてその思いに応え、みんなに魔術は楽しい、もっと学びたいと思ってもらいたい。


 どんな生徒さんがいるのだろうかと緊張しながら教室に入ると、真っ先に私の目に飛び込んだのはーー


 チェックスターくん!?


 一番前のど真ん中の席に座っている。うん、間違いなく後ろの人は板書が見えないよね……


 あれ? でも、チェックスターくんって魔力を遮断してるってラズ兄様が言ってたような?


 もちろんそれが本当か私には分からないけれど、でも何らかの理由で魔力を遮断しているのなら、魔術陣を発動することもできないのではないのだろうか?


 魔術を扱うには、少なからず魔力が必要だ。そして、それに関しては他の生徒さんからも心配の声が上がる。


「先生、私、魔力量を測ってもらった時にとても少ないと言われてしまいました。そんな私でも魔術を使うことはできるのでしょうか?」

「はい。結論から言えば魔術は全く魔力がない方でも使うことができます。少ない魔力で発動できるし、属性の違う魔力で他属性の魔術、例えば水属性の魔力でも火魔術を使うこともできますよ」


 そうそう、それが魔術の良いところ。


 全属性の魔法が使える人はいないと言われている。


 けれど、例外はいるもので、……その例外のうちの一人が「頑張れば誰でもできるようになるわよ」と言っていたけれど、普通は無理。


 その点、魔術は術式ーー魔術陣を覚えれば良い。もちろんその魔術陣を覚えて描くということ自体が大変なのだけれど、それこそ努力次第で何とかなる。


「あの、全く魔力がない場合はどうやって魔術を発動させるのですか?」

「魔力が全くない人は本当に稀です。ほとんどの人は自分に魔力がないと思っているだけです。でも、もし本当に魔力がない人の場合は魔石を使えば良いので、心配は入りませんよ」


 と言うことは、魔力を遮断している状態のチェックスターくんでも、魔石を使えば魔術を使うことが可能だということ。


 それを聞くと、チェックスターくんが魔術の特講を選んだことに納得する。


 ただ、そうまでして魔力を遮断しなければならないチェックスターくんの思惑は謎だ。


 当のチェックスターくんがどんな表情で講義を受けているのだろうかと、ちらりと覗ってみると、……全くその表情が読めなかった。


 だって着ぐるみなんだもの。


「魔術じゃなくて魔石で十分じゃないですか? 魔石ならいろんな魔法が使えますよね?」

「確かに、わざわざ魔術を使う必要はないというのが一般論ではありますが、先ほども言った通り少ない魔力でも魔術は使えますし、他属性の魔術を使うことも可能なので、一つの魔法しか使えないはずの魔石でも、魔力の媒体として魔術に応用することで様々な魔法が使えたり、人がいない場所でも魔術を使い続けることが可能になります。それに魔法が込められた魔石は高価なので使うのに躊躇いませんか?」


 同感。聖属性魔法の込められた魔石はそう簡単に手に入らない。


 某王国の王妃様が商売上手なので、取れるところからむしり取ってやろうという魂胆が見え見えなほど、価格設定がお高い時がある。


「転移の魔術陣も少ない魔力で使うことが可能なんですか? 私は転移の魔術陣が覚えたくてこの特講を希望したんです」


 やっぱり転移の魔術は使いたいよね。


「それについては目的地への距離も関係してきます。この教室の端から端へ転移するくらいなら少しの魔力でも可能です。しかし、距離に比例して魔力が必要になり、国境を越えることは不可能とも言われています。そういう時は魔術陣を描く媒体を工夫することで補ったりします」


 ちなみに、この授業で使われるノートは魔術陣を描いても発動できない仕様になっている。しかも授業で教える魔術陣はイーサン先生の改良型の魔術陣だ。


 何を改良したかというと、悪用防止に、契約魔法をしていない人が魔術陣を見ても魔術陣を正確に読み取ることができないという認識阻害の術式が組み込まれている。


 魔術をより安全なものにして世に送り出したいと、ロバーツ王国のお抱え魔術師として研究に励んでいるみたい。


 授業が始まるとイーサン先生が用意した特別な紙に一生懸命魔術陣を描いている。この紙はノートとは反対の効果、魔術を発動しやすくなる仕様なのだとか。


 発動しやすいとは言っても、少しでも術式を間違えると発動しないので、驚くほど細かい地道な作業なのは変わらない。


 私は教室内を歩き、生徒さんたちの描いている魔術陣に間違いがないかを見て回る。


「みんな優秀な生徒さんだわ。初めてなのに上手ね」


 そう声をかけて回ると、緊張している生徒さんの顔が少しだけ緩む。初めてのことなので、線を一つ描くだけで間違ってないかなと不安になるのだろう。


 課題の魔術陣は、扇風機くらいの風量の風を起こす魔術陣、ライト代わりになる光の魔術陣、コップ一杯分の水球が出る魔術陣だ。


 成功して喜びの声を挙げる生徒さんもいれば、うまく発動できずに頭を悩ませている生徒さんもいる。


 そして、私はある生徒さんの描いている魔術陣を見て驚き足を止めた。その生徒さんは、


「ちょっと、ニイットー王子!! 何の魔術陣を描いてるんですか!? きちんと課題通りに書いてください!!」


 ニイットー王子だった。今の今までニイットー王子が教室にいたことに気づかなかった。


 もちろん事前に名簿は見ているので、受講することは知っていた。でも、チェックスターくんの影になっていて見えなかったんだもの。


「俺様の手にかかれば課題の魔術陣なんてすぐに描き終わったさ」

「とか言って、適当に描いてたら発動しませんよ?」

「もちろん全て発動できるに決まってるだろ」


 確かに3つの魔術陣が完璧に描かれている。事前に誰かに書かせたのではないかと思うほどの出来栄えだ。


「それより、サファイアにはこの魔術陣がなんの魔術陣か分かるか?」

「ええっと……?」


 それは、美しいと言っても過言ではないほど繊細に描きこまれた魔術陣で、たくさんの術式が組み込まれているだろうことは分かった。


「……分かりません」

「分からない!? まさか、この魔術陣を見たことないと言うのか!?」

「見たことないですよ。どうせ適当に描いた魔術陣だというオチですよね?」

「いや、忠実に再現したはずだ。俺様は記憶力も良いが、それ以上に絵も上手いからな」

「ん? 再現? まさか……」


 ニイットー王子ならやりかねない。案の定、予想通りの答えが返ってきた。


「魔王を召喚する時に使用した魔術陣だ。発動後にルーカスが魔王に体を乗っ取られるんだよな。ふっ、ルーカスは間抜けだからな」

「ルーカス王子は間抜けなんかじゃありません!! そもそもそんな危ない魔術陣を描かないでください!!」

「危なくないぞ。魔力を流してみたが発動しなかった。でも間違いなくこの魔術陣は完璧に描かれているはずだ。何がおかしいのだろうか? ルーカスにできるんだから、同じ血を受け継いでいる俺様の魔力でも反応するはずだろ?」

「そんなのゲームと現実は違うってことですよ!! ほら、チェックスターくんも可哀想な子を見る目でニイットー王子のことを見てますよ」


 もちろん着ぐるみなので可哀想だと思っているかは分からないけれど。

 でも、ニイットー王子が描いた魔術陣を手に取り、首を傾げているのだから、困ったやつだな、と思っているに違いない。


「あっ!!」

「どうした、サファイア」

「いえ、何でないです」


 見てはいけないものを見てしまった。

 首を傾げているせいか、チェックスターくんの首と胴体にわずかな隙間が……

 よく見てみると、いつものチェックスターくんよりも何となく作りが雑なような……


 そう考えながらも、いけないいけないと首を振るう。


 世の中には、暗黙の了解という言葉がある。


 毎日毎日同じ着ぐるみを着ることはできない。そう、洗濯をしなければならない時があるということ。


 そして、最初に作った着ぐるみはお金をかけることができたけど、変えの着ぐるみにまでお金をかけられなかったということだ。


 チェックスターくん、苦労人なんだね……


「おい、サファイアお前変だぞ? いや、それはいつものことか」

「もうっ、そんなことより課題がきちんとできいるか、風の魔術陣を試させてもらいますからね」


 私はニイットー王子が描いた風の魔術陣に魔力を流した。


 その時、教室内に竜巻のようなとてつもなく強い突風が起きた。目も開けられないほど。


 ようやく目を開けられたと思ったら、魔術陣の描かれた紙が宙を舞っていた。突然の突風に驚いたみんなが上を見上げ、必死で自分の描いた魔術陣の紙を探し始める。


「みんなっ、ごめんなさい!! ちょっと、ニイットー王子も見上げてるだけじゃなく集めるの手伝ってください!!」

「完璧に描いたはずなのにおかしい。いや、俺様が描く魔術陣が綺麗すぎてブーストがかかったのかもしれないな。天才は何をやってもその才覚が溢れ出てしまうってことか。……おや、俺様の力作はどこだ!?」


 結局、ニイットー王子の力作は見つからなかった。






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