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モブにゲームの強制力は働かない

「な、ない……嘘でしょ……」


 掲示板に張り出された特講の受講者名簿を見て、私は目を疑った。何度も何度も確かめたけれど私の名前がなかったからだ。


 泣ける。あれだけ自信満々に医学の特講が受けられるはずだと豪語していた自分を思い出し、今すぐ消えてなくなってしまいたい。


 ちらりと隣を見れば、掲示板を見て固まっているルーカス王子がいて。


 一緒に見に来るんじゃなかった……


 優しいルーカス王子はきっと私にかける言葉を探しているに違いない。


 だから、わざとらしいくらい明るい声で切り出した。


「ルーカス王子の名前はあるね。おめでとう! 私の分もいっぱい学んできてね」

「サフィー、……ありがとう」


 ルーカス王子の作り笑顔に、素直に喜べないよね、と申し訳なさが込み上げる。


 だからこそ、私がしんみりしてたらいけないと、大きな声で自虐的に言った。


「もうっ、絶対に大丈夫だと思ってたんだけどな。やっぱり私はモブだからだよね。きっと特講もマジアカのストーリーに深く関係してくるんだよ!!」


 ゲームの強制力だと考えれば仕方がないって思えるかも。


 あれほど嫌だったゲームの強制力という言葉。それに縋ってしまえるのだから、私はやっぱりモブ以下の存在、マジアカの世界とは関係のない存在なんだと実感する。


 それにしても、国家権力(コネ)は通用しなかったのか、と残念に思う。


「……あっ、そう言えば、あれはコネじゃなくて国の施策だったっけ」

「えっ?」


 うっかり口に出してしまった。いけないいけない。なんとか誤魔化さなきゃ。


「えっと、今回選ばれた人たちは何か特別な理由があるのかな? って思って。もちろんゲームの強制力以外に」

「あくまで俺の推測だけど、名前を見る限り、魔法属性や家庭環境が関係してるかもしれないね」

「魔法属性と家庭環境?」

「ハイネ嬢は治癒魔法使いだし、他に名前が上がっている生徒たちは親や親戚が医師や薬師のような仕事をしている人ばかりなんだ。実際にすでに薬師として働いている人もいるみたい」


 さすがルーカス王子。アカデミーの生徒たちの魔法属性はおろか家庭環境まで把握しているなんて。


 そう言えば、ハイネちゃんも王家の人には報告がいっているとか何とか言っていたっけ。


「そっか、魔法属性に家庭環境。さすがにそれは私の力ではどうしようもないね。それを聞けただけで心が軽くなったかも」

「サフィー、無理しないで泣きたいなら泣いてもいいんじゃないかな? もちろん俺にはこの結果を覆すことはできないけど、授業で学んだ全てを俺がサフィーに伝えるから」


 ルーカス王子の優しさが身に染みる。


 どうにか俺の代わりに受けられるようにするからって言われるよりずっと良かったかも。


「心配してくれてありがとう。……ごめんね、ルーカス王子の言う通りやっぱりちょっとショックだったみたい。少しだけ一人にさせて。でもすぐに立ち直るから!」

「うん、分かった」


 ルーカス王子と別れて私は一人構内を歩いた。目的もなく、ただひたすら。


 正直、初めて挫折を味わっている気がする。


 前世では、できないのが当たり前だったから、挫折をするほどの期待感というものがそもそもなかった。


 けれど今回は絶対に受かる、強く願えば全て叶うと思っていての落選。


 しかもアカデミー入学の話を聞いてから改めて将来の夢を考えてみた時に、一番初めに頭を過った--医者という道。


 私にはノルンちゃんのように何でも治せる聖属性魔法は使えない。ハイネちゃんのような治癒魔法もだ。


 生まれ持った魔法属性(才能)は私にはどうにもできない。


 だからと言って、どうにもできないからと言う理由で諦めたくはない。


 だからこそ、特講で医学というものを学んで、魔法ないものの代わりに知識で補えば、その道が開けるかもしれないと思ったのだから。


 でも、医療水準が低いから私でも医者になれるかもって思ってしまったこと自体が浅はかな考えだったのかもしれない。


 医療水準が低いのは聖属性魔法や治癒魔法があるからという理由もあるわけで、前世と違って魔法がある世界だから科学の発展が遅れているのと同じだ。


「夢を持つって、夢を叶えるって、こんなに難しいことなんだね……このままじゃ、前世と一緒で今世も誰かの役に立てるようなお仕事に就けないかも……何にも役に立たない私がルーカス王子と結婚なんてしていいのかな……」


 思考がどんどん悪い方へ悪い方へと向かっていく。


 所詮私はマジ恋の悪役令嬢で、マジアカではモブですらなくて、役立たずの私はもういらない存在なのかもしれない。


 そのうち存在自体も忘れ去られて……




「サフィーお嬢様!!」


 その時、私の名前を呼ぶ、底抜けに明るくて懐かしい声が聞こえてきた。


 アカデミーにいるはずのない声。


 その声のする方を振り向くと、そこには


「ミリー!?」


 私の専属侍女だったミリーがいた。


「ミリー? 本当にミリーなの?」

「そうですよ! アカデミーでの生活が楽しすぎて私のことなんて忘れちゃいましたか?」

「もうっ忘れるわけないじゃない!!」

「ふふ、冗談ですよ。いつものサフィーお嬢様で安心しました!」


 もしかして一人で歩いている姿を見て心配かけちゃったのかな?


「……実は元気じゃなかったんだけど、ミリーに会えたから元気になった気がするわ。でも、どうしてアカデミーに?」

「あれ? スーフェ様に聞いてませんか?」

「お母様に?」


 何だろう。お母様絡みと聞いただけで、一気に不安が押し寄せてきた。


 私の不安をよそに、ミリーはとても嬉しそうに教えてくれた。


「はい! アカデミーで魔術の講義をすることになったんです。あ、もちろん私がじゃないですよ。旦那様がです」

「イーサン先生がアカデミーで魔術の先生を!?」


 ミリーは侍女を辞めたてすぐ、ロバーツ王国お抱えの魔術師として働くイーサン先生と結婚した。


 そして今回、チェスター王国からの要請を受けて、ロバーツ王国の代表として、アカデミーで魔術を教えるイーサン先生に付いてきたのだという。

 

「本当にスーフェ様から何も聞いてらっしゃらないのですか?」

「うん、全く何も聞いてない。むしろこのまま聞かないほうがいいか……」

「サフィーお嬢様が私の代わりに助手をしてくださると聞いてきたんですけど」

「助手!?」


 全く何も聞いてない。いくら秘密主義なお母様でも大切なことは教えて欲しい。……というか、ミリーも言うのが早いって!! 


「本当に聞いていらっしゃらなかったんですね。……それならやっぱり私が助手として……」

「ダメよ! ミリーは安静にしてなきゃ!!」

「サフィーお嬢様まで過保護なんですから! 少しくらい動いた方が良いって言いますし、大丈夫ですよ」

「もちろん適度な運動は必要だけど、でもやっぱり危ないもの!!」


 魔術陣を描くのには体力がいる。


 お母様くらいになれば、難しい魔術陣の細かい術式もあり得ないほどパパッと描けるみたいだけど、私みたいな初心者には難しい。


 寸分の狂いもなく描かれる魔術陣はもはや芸術の域だ。


 それに術式を間違えて魔術陣が誤作動でもしたら大変だもの。


「ミリー、助手の話だけど、私でよかったら引き受けるわ」

「本当ですか! ありがとうございます!!」


 ちょうど医学の特講が入ると思ってスケジュールはガラ空きだ。何事も人に教えることで自分の勉強にもなるって言うし、私も一から魔術を学ぶ良い機会に違いない。


「そうと決まれば、くよくよしてられないわね。ミリーのお腹も目立つようになってきたし、……本当にこのお腹の中に赤ちゃんがいるのね」

「もう少しで私もママですよ! サフィーお嬢様みたいな可愛い娘ちゃんを早く抱きしめたいです!!」

「私に似てしまったら我儘放題な問題児になるわよ?」


 何てったって、マジ恋で死ぬはずだった悪役令嬢だ。


 前世の記憶を思い出す前のサファイアの所業を身をもって知っているはずなのに、ミリーはよく私みたいな娘が欲しいと言えるな。


 もう昔すぎて忘れちゃったのかな? 私の中では黒歴史でもミリーとの思い出のひとつだから少しだけ寂しいな。


「サフィーお嬢様が問題児だなんてそんなわけないじゃないですか! 侯爵家の、しかも料理長が作った料理にダメ出しできちゃうくらい料理の才能に溢れ、起きる時間へのこだわりも意味不明で、絶対に真っ当な大人になんてなれないだろうなと思っていたら、いつの間にかご立派に成長されて、私がサフィーお嬢様の爪の垢を煎じて飲みたいくらいです!!」

「お願いだから全部忘れて……」


 やっぱり黒歴史はなかったことにできないみたい。

 





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