100%負け試合
エッティ村での課題を終えた私たちは無事に帰城した。
あのお三方の提案で、帰りは転移の魔術陣でひとっ飛び。
もちろん楽をしたいからではなくて、試験的にエッティ村に転移の魔術陣を敷くことにしたのだ。
お年寄りがいるのに交通の便が悪く、過疎化が進んでいるエッティ村は、転移の魔術陣による地域復興のモデルケースにはちょうど良い。
急病人が出た時や有事の時に魔術陣を使って一報(手紙)を送ってもらう。その一報を見て国からそれに対応した人や物資を送るという仕組みだ。
いわゆる110番や119番のようなもので、刺客や謀反などに悪用されないようにと考えたものだ。
だからこそ、これで美味しいお酒がいつでも飲み放題ね、と言っていた某聖女様の呟きは聞かなかったことにした。
そして、今日の午後はルーカス王子と二人きりの時間を過ごす約束をしている。
もちろんその時間は二人で……攻略本について語り合う!!
「ルーカス王子はもう全て読み終えたでしょ? じゃあさ、二冊とも借りてもいいよね?」
ルーカス王子のことだから、帰ってきて早々に攻略本(後編)を探し、その日のうちに読み終えたに違いない。
でも私は我慢した。疲れていたっていうこともあるけれど、本当の理由は、前後編を一気に読んで、そして熱が冷めないうちに誰かと感想を語り合いたいからだ。
それに前後編に別れていると、良い場面で前編が終わってしまうことが常だと私は知っている。
私が前編を読み終えた時に万が一ルーカス王子がまだ後編を読み終えていなかったら、と考えるとその待ち時間が苦痛で仕方がない。
だったら少しだけ我慢して、午前中に一気読みして、午後にルーカス王子と語り合う。我ながら最高の計画だ。
それなのに、快く貸してくれると思ったのに、ルーカス王子はとても悲しそうな顔で私に告げる。
「読めてない……」
「えっ? 読めてないって、どうして? エッティ村から帰ってきてから時間はたっぷりあったよね?」
「それが、いくら探してもやっぱり攻略本の後編は見つからなかったんだよ」
「嘘でしょ!? 地図のケースの中だよ? もう一回探してみようよ! 私も一緒に探すから!!」
本棚に直行してすぐさまあの地図のケースを探した。すると、思いのほかすぐに見つかって、私は自慢気にその地図のケースを手に取る。
「もう、ここにあるじゃない! これだよ!」
そしてその地図のケースから中の本を取り出す。すると、その表紙を見て驚いた。
「あれ? どうして地図のケースの中に地図の本があるの?」
「……」
疑問に思う私を見てか、ルーカス王子は何とも言えない顔をしている。
それもそのはず、地図のケースの中に地図の本がある。本来それが普通のこと。
今の私は側から見ればかなりおかしなことを言っているように見えるに違いない。
「私、嘘ついてないよ!! 本当にこのケースの中に攻略本があったんだよ!!」
「大丈夫、サフィーのことをこれっぽっちも疑ってないから。だって、ほら、よく見て」
ルーカス王子に促され、地図の本をペラペラと捲る。すると、
「手紙が挟まってるけど、これって?」
「実は、その手紙に書かれていることが、俺がサフィーに攻略本のことを内緒にしていた理由なんだ」
「内緒にしていた理由? この手紙を私も読んでもいいの?」
ルーカス王子の了承を得てその手紙を読む。読み終えた私はため息と共に哀れみの視線をルーカス王子に向けた。
だって、その手紙には……
『サフィーちゃんにバレちゃったみたいね。約束通り罰ゲーム楽しみにしているわ!』
お母様からのメッセージだったからだ。
「ルーカス王子、どうしてお母様と約束なんて交わしちゃったの? しかも罰ゲームって、どうしてそんな悪魔に魂を売る真似をしちゃったの?」
「……スーフェ様から大切な話があるって呼ばれて、話を聞いているうちにそういう流れになってしまって……」
「えっと、言ってる意味がよく分からないんだけど、どうして大切な話から罰ゲームって流れになるの?」
詳細を隠そうとしていたルーカス王子だったけれど、観念したのか、本当のことを話してくれた。
「サフィーが心からアカデミーでの生活を楽しめるようにサフィーには攻略本のことを内緒にしてほしいって頼まれて、俺もその考えには賛成だったから了承したんだ。それで、スーフェ様がペナルティがあった方が口を滑らせないとか何とか言ってきて、それで……最終的に罰ゲームって話になった」
「うっ……」
そもそものきっかけが私のためだったと聞いてしまうと、これ以上ルーカス王子を責めることはできなかった。
これから受けるであろう罰ゲームのことを想像してか、絶望を滲ませた表情のルーカス王子。かと思ったら、吹っ切れたように笑った。
「でも、これで良かったよ。サフィーに隠し事をするのはやっぱり嫌だったから。それにスーフェ様が考える罰ゲームって結局はサフィーのための何かってことが多いし、きっと大丈夫だよ」
「だといいけど……」
「それよりも、攻略本の前編の内容でも、アカデミーで実際に起きたことでも、サフィーが気になることは全部話すよ?」
……ということで、せっかくなのでルーカス王子に気になることを聞いた。
アカデミーへの入学直前にお母様から呼び出されて、私の将来について相談されたこと。
その際に、一冊の本ーー攻略本(前編)を差し出されたこと。
お母様は涙ながらに語ったらしい。
私には普通のキャンパスライフを送って欲しい、と。
けれど、チェスター王国が滅びるのは防ぎたい。だから続編を解決してくれる人も欲しい、と。
最終的にはお母様の口車に乗せられて、この攻略本の存在が私にバレたら罰ゲーム、となったそうだ。
「でもさ、どう考えてもお母様の反則勝ちだよね? だって、入学前にアカデミーが続編の舞台だってことをお母様から聞いたんだよ?」
「負けは負けだよ。それに今思えば、どうして『続編だと知られないように』ではなく『攻略本のことは知られないように』だったのか、その時点でおかしいと気付くべきだったのかも」
「いやいや、そんなの普通気付かないよ。それに、私に地図の本を薦めてきたのはお母様だよ? 絶対に最初からルーカス王子に罰ゲームをしてもらう気だったんだよ!!」
お母様って本当に腹黒だ。ルーカス王子に罰ゲームをやらせるのも全てはお母様の気分次第。
100%ルーカス王子の負け試合確定だったんだもの。
「これ以上お母様に関わるのは得策ではなさそうね。攻略本(後編)が読めないのは残念だけれど、もう開き直って私たちはアカデミー生活を満喫しようよ!」
ないものは仕方がない。おそらくお母様が攻略本を回収してしまったのだろうから、忘れた頃かつ超絶機嫌が良い時に貸してもらうしかないな。
「サフィーは意外と平気なんだね? 国が滅んじゃう、とか、強制力が、とか悩むんじゃないかと思ってたよ」
私が平気な理由。それはもちろん
「だって、ハイネちゃんとルーカス王子が結ばれることは絶対になさそうなんだもの。それに、魔王が召喚されて国が滅ぶっていうバッドエンドルートに入ったとしても、チェスター王国はお母様の大切なお友達の国(ケール王妃様が住む国)だもの。お母様が放置するわけないし」
まるで他人事な私の言葉に、ルーカス王子は力が抜けたように項垂れた。
「えっ、どうしたの? 私変なこと言った?」
「ううん。俺一人で勝手にサフィーのことを心配してバカみたいだなって」
「バカじゃないよ!! ルーカス王子が私のことを考えてくれていたことを知れて本当に嬉しかったし……」
実は敢えて口にはしないが、私が平気な理由は他にもある。むしろこれこそが一番の理由。
それはもちろんサファイアはマジアカには出てこないから。サファイアはマジ恋で死んでいるはずのモブ以下の存在だもの。
だからマジアカで起こる出来事は、ルーカス王子さえ絡んでいなければ全て他人事だと思える。
しかも考え方を変えれば、第三者としてリアルでしかも間近でマジアカの世界を楽しめるってこと。
全てを間近で見届けた後で、攻略本を読んで楽しむのも一興かも。
そんな考えに至った私はやっぱりお母様の娘なのかもしれない。
「よし! 俺も開き直る! サフィー、明日からは他人のふりはやめよう!」
「えっ、いいの?」
「サフィーにも友達ができたみたいだし、何より、サフィーがニイットーの婚約者って噂が一番不本意すぎる。本気であり得ない。結局、王子の婚約者って噂が出てしまってるんだから、他人のふりをしていても意味がないよ」
確かに。面と向かって言われたわけじゃないけれど、確実にハイネちゃんは私の婚約者がニイットー王子だと勘違いしてる。
ニイットー王子はニイットー王子で、その噂を否定しないからタチが悪いし。
「じゃあ、明日からは一緒にアカデミーに通えるの?」
「もちろん!」
「特講の時も隣の席に座ってもいいの?」
「隣でも膝の上だっていいよ」
「!?」
「照れてるサフィーもやっぱり可愛いね」
「もうっ!!」
冗談か本気か分からないくらい平然と言うから反応に困る。
「俺、来週の受講生の発表まで不安だよ。医学の受講生はごく僅かだって聞いたから、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ! 絶対に受講できるに決まってるよ!」
この時の私は絶対にルーカス王子と一緒に特講を受講できると信じて疑わなかっった。
だって、口には出せないけれど国家権力があるだろうから。