これにて一件落着!?
そして次の日の朝。
「それで、ルーカスから攻略本の感想は聞けたのか?」
「ぶはっ!!」
素晴らしかったと褒めていただろう、とまさかのニイットー王子の言葉に思わず吹き出してしまった。
さすがに直球すぎるし、目の前にはハイネちゃんとチェックスター君がいるしで、私はあたふたとしてしまう。
「ちょっとニイットー王子っ、ハイネちゃんたちの前で意味分からない話はやめてくださいよ!!」
「攻略本? 攻略本って何ですか?」
純真無垢なハイネちゃんの質問に、何て答えたら良いのか口籠もってしまう。
もちろん乙女ゲームの攻略本だなんて言えるわけないし、だからと言って嘘も言いたくない。
「違う本のケースの中に隠さなければならないような、人には見られたくない本らしいぞ。サファイアがルーカスの私室の本棚で見つけたみたいだ」
「それって、まさか……えっ、最低です……」
絶対にいかがわしい本と勘違いしていると思う。
しかも、わざとらしくニイットー王子が「ルーカス王子の私室で見つけた」と言うものだから、ハイネちゃんの中でのルーカス王子の好感度が目に見えて下がっていくのがわかった。
乙女ゲームとして考えるのなら、私的にはルーカス王子の好感度が下がってくれて嬉しい。
けれど、現実問題この好感度の下げ方はダメだと思う。だからルーカス王子の名誉のためにも私は必死でフォローした。
「ハイネちゃん違うからねっ、ルーカス王子はとーっても素敵な人だからね!! ニイットー王子も余計なことを言わないでくださいよ。ノルンちゃんに言いつけますよ!!」
ニイットー王子はハイネちゃんの隣を陣取って、朝からへらへらとしている。
ぜひともこの姿をノルンちゃんに見せてやりたい。
まあ、ニイットー王子が浮気をしていることを知っても、ラズ兄様推しのノルンちゃんは全く気にしないだろうけれど。
そんな中、実に良いタイミングでチェックスター君がニイットー王子に攻撃を仕掛けてくれた。着ぐるみだというのにそれを思わせないほど素晴らしい俊敏な動きで。
「き、貴様、俺様に何をする……でもなぜか悪い気はしない。……むしろもっと……グフッ」
あ、チェックスター君のてっぺんがニイットー王子に突き刺さった。結構鋭角だから痛いよね。
「ところで、ハイネちゃんたちは朝早くからどうしたの?」
「えっと、……昨夜、山でニイットー王子に偶然会いまして、一緒に朝食をどうかと誘われたんです」
「昨夜? 山で?」
ハイネちゃんの言葉に私は思わず眉を顰める。その理由はもちろん、
「ニイットー王子、絶対にワンチャン狙いましたよね?」
「さて、何のことかわからないな」
ニイットー王子に尋ねると、白々しい態度ではぐらかす。
昨日ナタリー様がハイネちゃんを突き落とすというイベントは起きなかった。
けれど、あのニイットー王子が起きないからといって諦めるはずがない。
夕方になっても戻ってこないハイネちゃんを心配したアンソニー様が雪山に探しに出掛け、そして弱ったハイネちゃんを見つける、というイベントが起きるかもしれないとワンチャン狙ったに違いない。
むしろ、無理矢理起こそうとしたのかもしれない。それ以外にニイットー王子が夜の雪山へ出かける理由はない。
疑いの眼差しをニイットー王子に向けていると、ハイネちゃんが焦った様子で訴え始めた。
「も、もちろんサフィー様もいらっしゃると思っていましたし、チェックスター君も行くって聞いたので私もこちらで朝食いただくことにしたんです!! サフィー様の婚約者様と二人だけで朝食を、なんて全く考えていませんから!!」
チェックスター君がこちらの朝食に来てしまったら、確かにハイネちゃんとルーカス王子の二人きりの朝食になっていたことだろう。
私に弁明するように主張するハイネちゃんを見て、私の気は重くなる。
もしかしてハイネちゃんがルーカス王子を避けている理由って、婚約者という私の存在のせい?
そもそもヒロインが攻略対象者を避けるなんておかしいし、ルーカス王子が気付いていないだけで、ハイネちゃんの心を奪うようなイベントの一つや二つ起きているのかもしれない。
だって、ルーカス王子はごく当たり前に人に親切にできる人だから。それだけにとどまらず、頭も良くて気が利くし、もちろん格好良いし。惚れない人なんていないはず。
だからと言って、ルーカス王子だけは絶対に譲ることなんてできないよ……
もやもやとした気持ちでいると、慌てた様子のナタリー様が二階から駆け降りてくる。
「ナタリー様、おはようございま……」
ナタリー様は私たちのところで止まることなくそのまま一目散に外に出ていってしまった。
「行っちゃった……あっ、アンソニー様っ!!」
遅れてアンソニー様も階段を駆け降りてきた。
「アンソニー様、ナタリー様はどうされたのですか?」
「外に行ってみてください」
「外、ですか?」
行けばわかりますよ、とアンソニー様に促され外に出た瞬間、異変に気がついた。
「あれ? 寒く、ない……」
外に出ると穏やかに晴れ渡りとても暖かい。昨日までの寒さが嘘のようだった。
ナタリー様は今にも泣き出しそうで、村を見渡している。
「これほどの良い天気、あの魔物が現れてからは一度もありませんでした」
「そう言えば、ハイネちゃんがあの魔物をどうにかしてくれるってお母様が言ってたけど、もしかしてハイネちゃんのおかげ?」
「おかげというほどではないですけど、昨夜、捜しものついでにやってきました!」
自信満々に答えるハイネちゃん。
本当にハイネちゃんがあの魔物を殺ってきたのだろうか?
瞬間、それを聞いたナタリー様は一気に青ざめる。
「嘘っ、そんなのダメよ!!」
ナタリー様は着の身着のまま山へと向かって走って行った。
「私たちも行きましょう」
ナタリー様を追いかけて山に登ると、例の場所に着いた。するとそこには、
「えっ、魔物!? ハイネちゃんが殺したんじゃなかったの? ナタリー様っ危ないっ!!」
ナタリー様の前には、もふ神様ではなく全くもふっとしていない例の魔物が立ち塞がっていた。
私たちの叫びも虚しく、魔物がナタリー様に向かって手を振り上げ……
あれ?
上げられた手はゆっくりとナタリー様の頭に下りていき、優しく撫で始めた。
「もふ神様、……ようやくお心が回復されたのですね」
「えっ? もふ神様?」
涙をこぼすナタリー様は目の前の魔物をもふ神様と呼んだ。
「どういうこと?」
私はハイネちゃんを見た。
「良かったです! 怪我と違って心を治すのは本人の強い気持ちも必要だったので心配していたんですけど、無事に元のイエっちに戻れたみたいですね」
「イエっち? イエっちって、この魔物のこと? この魔物が本当にもふ神様なの? ていうか、ハイネちゃんはもふ神様、えっとイエっちとお知り合いなの?」
「えっ、まあ、……むかし、むかーしにちょっと……」
恥ずかしいのか、ハイネちゃんは言葉を濁す。
「ハイネが治癒魔法をかけたのか。さすがだな」
「治癒魔法? 確かに治すって言ってたものね。じゃあ、ハイネちゃんは治癒魔法使いなの?」
「やっぱり王族の方にはご報告がいっているのですね……」
瞬間、ハイネちゃんの表情に暗い影が落ちた。
「治癒魔法だなんてすごいじゃない!! じゃあ、ハイネちゃんも聖女様ってこと?」
「いえ、まさかそれだけはあり得ません!! ただ、治癒魔法が使えるだけですから。それに……」
「それに?」
「私、サフィー様に聞きたいことがあったんです!! サフィー様が入学式で……」
「サフィー!!」
ハイネちゃんが何かを言いかけたけれど、ルーカス王子が私を呼ぶ声に遮られた。そして私たちに近付くと同時にふわりと暖かい空気に包まれる。
今日は暖かいと言っても雪山は寒い。しかも着の身着のまま飛び出したから余計にだ。
私たちのそばに来るなり、ルーカス王子がさりげなく風魔法で暖かい空間を作ってくれたのだ。
こういうさりげない優しさが女の子の心を奪うんだよ!!
「ルーカス王子ありがとう。でも、そんなに慌ててどうしたの?」
「それは俺のセリフだよ。みんなが慌てた様子で山を登っていくのが見えて追いかけてきたんだ。何かあったの?」
「もふ神様をハイネちゃんの治癒魔法で復活させてくれたみたい!」
「治癒、魔法……」
ルーカス王子の顔色は一気に青褪め、徐にハイネちゃんを見た。つられて私もハイネちゃんを見ると、さらに驚くべきことにハイネちゃんの顔色も尋常じゃないほど悪くなっていた。
「ハイネちゃんっ、どうしたの!? もしかして寒かったから体調を崩しちゃった? ルーカス王子が暖めてくれているから離れない方がいいよ!」
私はルーカス王子が私たちの周りを暖めてくれていることを教えてあげた。それなのに少しずつ後退りして離れていこうとする。
「あ、あの、私、先に帰りますっ」
「えっ?」
「すみませんっ」
ハイネちゃんは逃げるように山を下って行った。
「途中で倒れたりしたら心配だし、アオはハイネちゃんについて行ってあげて」
「必要ないと思うけど、ラジャ!!」
そして残されたルーカス王子は捨てられた子犬のような目をして私に呟いた。
「……ほらね、やっぱり俺は避けられてるんだよ」
「そ、そんなことないよ、突然体調を崩すこともあるし」
とは言っても、確かにルーカス王子が来る直前までのハイネちゃんはとても元気そうだった。それ以上フォローする言葉が見つからない。だから話題を変えるしかない。
「そう言えば、ハイネちゃんは否定していたけど、治癒魔法って聖女様の魔法じゃないの?」
「サファイアはそんなことも知らないのか? 治癒魔法には愛しの我が女神の使う聖属性魔法の他にもう一つある」
ルーカス王子の近くにいれば暖かいと気付いたのか、いつのまにかニイットー王子が隣にいた。
「もう一つ? それって何ですか?」
「ただじゃ教えられないな」
イラっとした瞬間、ルーカス王子が教えてくれた。
「闇属性魔法だよ。ハイネ嬢は、……正確にはハイネ嬢の中の魔族が闇属性の治癒魔法使いみたいなんだ」
「闇属性の、治癒魔法使い?」
「闇属性の魔法は魔族の専売特許だって授業で習ったよね? だから、ハイネ嬢が闇属性の治癒魔法が使えたということは、すでに魔族に支配されつつあるということなんだ」
「闇属性が魔族の専売特許?」
私とニイットー王子はまだ授業では習っていない。習っていないのに、どうしてニイットー王子は知っているのだろうか?
ちらりとニイットー王子を見ると、私の疑問に気付いたようで教えてくれた。
「俺はマジアカで習った。もちろん攻略本にも載ってるぞ。ちなみに前編だ」
王城に帰ったら絶対に読ませてもらおう。
「くしゅんっ」
ナタリー様のくしゃみの音で私たちは気付く。すっかりナタリー様ともふ神様の存在を忘れていたことに。
ナタリー様も着の身着のまま飛び出してきたので、さすがに寒くなってきたのだろう。
すると、もふ神様が「少し待ってて」と、どこかに消えていった。そして腕をもふっとさせて戻ってきた。
「闇属性の治癒魔法ってすごい! 毛も生えるんだ!!」
「サフィー、あれはもふ神様から生えてきたわけではないよ。それに……」
どこかで見たことがある。もふ神様からは生えていないけれど、本物の毛皮のような既視感のある物体。
「ねえ、ルーカス王子」
「ああ、間違いないと思う」
私たちは察した。
「これを私にくれるの?」
そう言って、もふ神様の腕に乗せられたもふもふっとしたものをナタリー様に手渡した。
そしてナタリー様が嬉しそうにそれを着る。
「ふふ、もふ神様とお揃いね」
とても嬉しそうなナタリー様だったけれど、私たちの予感は当たった。
「やっぱりイエティ様だね」
私が中等部のころ、王城で行われたハロウィンパーティー。あの時はみんなで仮装を楽しんだ。
そしてなぜか一人だけリアルイエティ様がいた。
「ベロニカ王妃様、本物のイエティの毛を使ってたんだね」
ハロウィン前日、ベロニカ王妃様にお願いがあると連れられて行ったラズ兄様ーー黒猫ちゃん。
「もしかして、もふ神様が黒猫を怖がる理由って……」
黒猫ちゃんがもふ神様を王城へ連れて行った(拉致した)から。
黒猫ちゃんに拉致されたもふ神様は、王城で毛を刈られ霰もない姿にされ、人間不信(+黒猫恐怖症)になり心を病んだ。
偶然にも、その拉致場面をナタリー様が見てしまったから、黒猫が嫌いになったというのが今回の真相だった。
「ナタリー様は、はじめからもふ神様だって気付いていたのですか?」
「もふっとしていなくても、私がもふ神様を見間違えるわけがありません!」
イエティ様の毛皮の着ぐるみを着たナタリー様はとても嬉しそう。ハロウィンの時は顔までリアルだったけれど、少しリメイクしたのか、フード付きの可愛らしい着ぐるみ姿だ。
とりあえず一件落着。
来年からこのエッティ村には春も夏も秋も、もちろん冬も訪れるだろう。




