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攻略本(後編)の真実

「サフィー、ごめん……」


 私と顔を合わせるなりルーカス王子は頭を下げた。同時に私を包み込むように暖かい風が吹く。


 卒業前の庭園でのデートの時のように、ルーカス王子が風魔法で暖めてくれたのだとすぐに理解した。


「ごめんって、謝らなきゃいけないような悪いことでもしたの?」


 どうして謝ってくれたのか理由は分かっている。それなのにわざとらしく聞き返してしまう私は性格が悪いのかもしれない。


 でも、やっぱりきちんとルーカス王子の言葉で聞きたかったから。


「……アオに聞いたよ。俺のせいでサフィーをたくさん傷付けた。でも、サフィーの思っているような悪いことは考えてないし、してないよ。ただ、まだ全てを言うことはできないんだ」


 浮気心はないということだろう。全てを言えないのにも理由があるはずだ。


 でも、これだけははっきりと聞いておきたかった。


「じゃあ、部屋にあった攻略本は何なの?」

「えっ!?」


 瞬間、めちゃくちゃ驚いていた。そしてその表情が一気に絶望へと変わった。


「ど、どうして、それを?」


 おそらくいかがわしい本が見つかってしまった時と同じくらい驚いているのだろう。羞恥と言った方が正しいかもしれない。


 でも私は引き下がらない。今も絶望の表情を呈すルーカス王子に追い打ちをかける。


「ルーカス王子がいない時に地図を借りようと部屋に入らせてもらったんだ。その時に見つけたの。しかも後編。……ということは、前編は!?」


 ずっと、ずーっと気になっていた。あの攻略本は後編だった。ということは、間違いなく前編があるはずだ。


 ニイットー王子が言っていたとおり、あの後編の攻略本の表紙を見ただけで思わず開きたくなった。


 けれど、読むことができるのならぜひとも前編から読みたい


 非常に気になったけれど、前編を先に読みたくて必死で耐えた。


「前編もあるよ。……サフィーに見つからないように鍵のかかる引き出しにしまってあるんだ」

「本当!」


 思わず歓喜の声を上げてしまった。いけないいけない、と平静を装う。


「もちろんルーカス王子は読んだのよね?」

「ああ。もちろん読んだよ」

「それなら、アカデミーが乙女ゲームの舞台で、ハイネちゃんがヒロイン、ルーカス王子が攻略対象者ってことは知ってるのよね!?」

「知ってるよ。サファイアがマジアカには出てこないって知れて心底安心したし」

「安心したって、どうして?」

「だって、少なくともサフィーには変なことが起きないってことだから。アカデミーを満喫してもらいたいのに、もしもマジアカのことをサフィーが知ってしまったら、またいろいろと気にしてしまうだろうから、マジアカのことは黙ってたんだ」

「ルーカス王子……」


 きゅんとした。何から何まで私のことを考えてくれてるんだね。


 でも、残念ながら私はもう知ってしまっている。しかも詳細にではなく、ざっくりとしか知らないから、攻略本が読みたくて仕方がない。


「誓って、ハイネ嬢とどうこうなりたいっていうのはないからね!! はっきり言って、国の滅亡だけを防げればいいと思ってるから!!」

「その割にはハイネちゃんと一緒にここまで来てるし、わざとエッティ村じゃなくてヒマラ山と言って誤魔化したよね? それって後ろめたいことがあるからじゃないの!?」

「それは……」


 ルーカス王子は口籠もり、少しだけ逡巡したのち本当のことを教えてくれた。


「ハイネ嬢を監視していたんだ」

「ハイネちゃんを監視? どうして?」

「……ハイネ嬢の中には魔族の魂があるんだ」

「うん、それで?」

「えっ?」


 私の反応にどうしてかルーカス王子が驚いている。その反応に私がキョトンとしてしまった。


「いや、どうしてサフィーは驚かないの? 普通驚くよね?」

「逆に聞くけど、どうして驚くの?」


 そこで気付く。私は攻略本は読んでいないと言った。ゆえに、マジアカのストーリーを知るはずがないと思われているのだろう。


「私ね、入学前にお母様とノルンちゃんからマジアカの簡単なあらすじを聞いてるの。だから、さっきも言ったけど、アカデミーがマジアカの舞台であることやハイネちゃんがヒロインでルーカス王子が攻略対象者って知ってるんだよ。ハイネちゃんの中に魔族の魂があることもその時に聞いたの。それにニイットー王子も教えてくれたし。だけど、頑張って私はモブだから関係ないって思う様にしてたんだ」


 そう私が告げるとルーカス王子はもはや絶望を通り越して灰と化していた。


「やられた……」

「やられたって、本当にどうしたの? 大丈夫?」

「俺がマジアカのストーリーを知ってることをサフィーには知られずに対処するって、絶対に知られないようにするって約束だったんだ。それなのにすでに知ってるって、そんなの反則だ……」

「そんな約束、一体誰としたの?」

「一応言えない。けど、想像通りだと思って」


 お母様か。


 なるほど。ラズ兄様が言っていたことはこのことかと納得した。確かに、お母様とそんな約束をしてしまうのはおバカとしか言いようがないのかもしれない。


「もうさ、全部話してくれていいんじゃない? 隠し事はなしだよ? それに一人で悩むよりも二人で考えた方が良いアイデアが浮かぶかもしれないし、何より心が軽くなるよ?」


 それはルーカス王子がジェイドの時に私にしてくれたことだ。私もルーカス王子を支えたい。


「でも、サフィーは普通のアカデミー生活を送りたいでしょ? 俺も送って欲しいと思っているし」

「うん、できればそうしたい。でも、ルーカス王子のいないアカデミー生活はやっぱり淋しすぎるよ!! 婚約者って公にできなくても他人のふりは辛すぎる! せめて友達でも良いから一緒にいたいよ」

「サフィー……」


 ぎゅっと抱きしめてくれて。耳元で「ごめん、そしてありがとう」との囁きが聞こえた。


「よく一人で頑張ったね」


 良い子、良い子と撫でてあげると、ぼそっと呟きが聞こえてきて。


「……本当は、サフィーとニイットーが仲良くしてるのを見て羨ましかった」

「全然仲良くないし!!」


 嫉妬してくれたのはちょっと嬉しい。でも相手がニイットー王子って、ないよね……


「よし、決めた! どう足掻いたって罰ゲームは確定だろうから、サフィーに何でも話すよ」

「嘘、罰ゲームって、……ご愁傷様」


 ああ、お母様とそんな賭けをするなんて残念すぎるとしか言いようがない。この罰ゲームこそは絶対に関わらないようにしよう。


 お母様もラズ兄様がいないからって、揶揄う相手をルーカス王子にするのはやめてほしい!!


「でもさ、どうして魔族の魂があるからってハイネちゃんを監視してたの? 私、ハイネちゃんと何度か会ってるけど、めちゃくちゃ良い子だったよ?」

「それはそうなんだけど、兆候を見逃したくなかったっていうか、魔族を召喚するために事前の準備をするだろうと思ったし、今現在、ハイネ嬢の中で魔族の魂がどれだけ支配しているのかを知りたかったから」

「なるほど! それでどうだったの?」

「サフィーの感じた通り良い子だと思った。優等生の中の優等生って感じかな。でも、どう考えてもおかしいんだ」

「おかしい?」

「俺、ハイネ嬢に避けられてるんだ」


 好かれるようなことはもちろん、嫌われるようなこともしてないのに、と。


 さすがにそれはないでしょ? ヒロインと攻略対象者だよ?


 そう言いたかったけれど、どうやら本当っぽい。


 嫌われることに慣れていないルーカス王子はかなりショックだったのだろう。


 もしそれが私だったら、悪役令嬢だから仕方がないで終わるだろうけれど、ルーカス王子はみんなの愛を一身に受けてもおかしくない攻略対象者だ。


 ルーカス王子のどこに嫌われ要素があるのか全くわからない。


「話しを戻すけど、サフィーは攻略本の後編を俺の部屋で見たんだよね?」

「うん。え? もしかしてルーカス王子は読んでないの?」


 ルーカス王子の部屋にあったのに?


「渡されたのは前編だけだったから後編は読んでないんだ。前に、『後編はど〜こだ?』って書き置きがあって、それから一生懸命探したけれど、結局見当たらなくて」


 読んでないと言う事実と、違う本のケースに隠すという手口がルーカス王子の手口ではないということに、少しだけほっとした。


 おそらくルーカス王子の部屋から出てきたお母様が本棚に隠したのだろう。


 そして、ケール王妃様とのお茶会の時に、あの地図のケースを私が手に取る様に誘導した。そこまでして賭けに勝ちたかったのか。お母様ったらずるすぎる。


「帰ったら教えてあげるから、一緒にこれからのことを考えよう!」

「罰ゲームを逃れる方法も一緒に考えてくれる?」

「うーん、それは無理!」

「だよね……」


 私たちはお互いのわだかまりが解けたことに安堵して油断していたのだろう。


 夜の雪山を登って行く影に気付くことはなかった。





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