俺ルートからの別ルート!?
「魔族や魔物との共生というテーマだが、これを研究するにふさわしい題材を知っている者はいるか?」
簡単に挨拶を済ませ、ニイットー王子が王族らしく指揮をとってくれる。
魔物との共生と言われ真っ先に思い浮かべるのは、魔物動物園を開いてもおかしくないくらい魔物が大好きな私のお父様のこと。
私自身もフェンリルのアオと一緒に暮らしているので、挙手した方が良いかなと考えていると、どうしてなのか、ニイットー王子は私ではなくナタリー様を見ていた。
ニイットー王子の視線に気付いたのか、ビクリと肩がはねたナタリー様は「な、何ですの……」とたじろいでいる。
残念ながら相手はニイットー王子、腐っても王族のニイットー王子だから、いくらナタリー様が悪役令嬢だとしてもその本領は発揮できないだろう。
それを見かねたアンソニー様が心配そうな面持ちで宥めて、そして小さく呟いた。
「ナタリー、きっと殿下は全てご存じに違いないよ」
「で、でも、もしあのことが国の耳に入ってしまったら……」
あのこと? と疑問に思いニイットー王子を見るも、ニイットー王子は、今は二人の話を聞いておけと言わんばかりに顎をしゃくり上げる。
「そうよね、あなたにはその方が都合がよろしいですものね」
「そうじゃないよっ、僕はあの思い出の地を取り戻してナタリーと一緒に過ごしたいから」
やっぱりこの二人、恋人同士だ。
そう確信したのと同時に、私たちの存在を思い出したアンソニー様は言葉を止めた。そしてニイットー王子に向き合った。けれど何も言葉を発しない。
アンソニー様の腕をぎゅっと掴んで無言で「やめて」と訴えているナタリー様を思ってのことだろう。
その様子を見かねたニイットー王子がようやく口を開いた。
「あの地に棲みつく魔物のことだろう? お前たちの悪いようにはしないから言ってみろ」
何だか偉そう……もとい、実に王族らしい振る舞いで話すように促した。
その言葉に意を決したアンソニー様は、自身の腕を掴むナタリー様の手を優しく包み込み「俺を信じて」と一言だけ囁いて、そして話し始めた。
「はい。殿下がお気付きの通り、ナタリーの生家グリーン男爵領のとある村には遥か昔から魔物が棲んでおります。数年前までは間違いなく魔物と共生していたと言えたでしょう」
「確か、もふ神様だったか?」
「えっ、もふ神様!?」
何その神様!! 尊い!!
テンション爆上がりな私のときめきとは正反対に、いたって真剣な面持ちでアンソニー様は頷く。
「ですが、もふ神様は姿を見せることはなくなり、別の魔物が棲みついて悪さをするようになりました。四季を失くしたように一年中雪を降らせ、作物は育たなくなり、貧しい生活を余儀なくされました。そのせいで廃村の危機に、いや、村だけではなく、年々その被害は広がりを見せ、ゆくゆくは領全体を、国をも脅かすことになるでしょう」
かつて、もふ神様は村の守り神として崇められていた。
なぜかというと、冬の時期には村を含めた周囲の山々に雪を降らせ、その雪が春の暖かさでゆっくりと溶け出し、村に潤いを与えていた。
それだけでなく、運悪く遭難してしまった村人を何度ももふ神様が救ってくれたり、怖い魔物を追い払ってくれたり……
けれど、数年前に突如としてもふ神様が消えてしまったのだ。
代わりに大きさは似ているけれど、全くもふもふ感のない魔物が棲みついてしまったのだとか。
その魔物は人の姿を見ては威嚇し、山への一切の立ち入りを禁止し、そして辺り一帯を一年中雪の降る極寒地帯へと変えてしまった。
「殿下、どうか殿下のお力をお貸しください。あの魔物を排除する知恵をいただけませんか?」
「無理よ。無理に決まってるわ。でも、そうよね。あなたは必死になるはずだわ。だって、そのせいで私と婚約することになってしまったのだから」
「ナタリー! 何度も違うと言っているだろう!!」
「何が違うのよ!? 親同士が勝手に決めた婚約じゃないっ。本当なら伯爵家のあなたが男爵家なんて格下の家と結びつく必要なんてないのよ? それが、たかがこんな傷のせいで」
ナタリー様の腕には大きな傷跡があった。
長袖を着ていればわからないだろうけれど、貴族令嬢にとってそれは致命傷だった。
貴族社会では、女性の身体に少しでも傷があるとそれだけで婚姻が難しくなるというのが通念だったから。
察するに、アンソニー様が原因でナタリー様の腕に傷ができてしまったのだろう。
「ねえ、ニイットー王子。どうしてナタリー様は領地の問題を解決しようとしないんですかね? 解決するに越したことはないですよね?」
「この二人は卒業後に結婚することになっている。貴族の結婚というのは家と家との結びつきのための政略結婚が主流だ。すなわちナタリーが貴族の娘であることが必須条件だ」
「たしかに恋愛結婚は珍しいとは聞きますけど、それと何の関係が?」
「魔物が領地を蔓延る事態を国が認知したらどうすると思う?」
「一緒に解決策を練る?」
優しいルーカス王子ならきっと、どうにかして解決しようと帆走してくれるはずだ。
「甘いな。このままいくと他領どころか国をも脅かしかねない状況だ。そんな事態まで放っておいた責任を取らせるに決まっている」
「責任?」
「最悪の場合は男爵家丸ごと取り潰しだな。貴族の娘でなくなったナタリーとは結婚する必要はなくなる。貴族でなければ少し傷があるくらい普通だからな」
「そんなっ、……他に良い方法はないんですか?」
「簡単だ。ハイネが解決すれば良いだけの話だ。その場合もこの二人は別れることになるけどな」
察した。いや、最初から気付いてはいたけれど。
「つまりは、このカップルって別ルートの?」
「ああ。攻略対象者とその婚約者のご令嬢だ。現実から目を逸らして自領の問題を見て見ぬふりの婚約者と、全く関係ないのにひたむきに頑張るハイネ。挙句、婚約者が嫉妬に狂ってハイネを害そうとしたとなれば、アンソニーが愛想を尽かせても仕方がないだろう」
「でも、ナタリー様の傷は? 魔物とは関係なく、腕の傷の責任をとって婚約が結ばれたんですよね?」
「サファイアは本当に馬鹿だな。傷が無くなれば良いだけの話だろ?」
「それが不可能だから……って、もしかして」
「ああ、マジ恋の女神であり、マジアカのお助けキャラでもある俺の婚約者の存在を忘れたのか?」
マジアカでは、ルーカス王子以外のルートでのみお助けキャラが存在する。それは……
「ノルンちゃん!!」
でも、俺の婚約者ではないよね。国王陛下に勧められた時も、不敬なくらい即答で断っていたし。
たしかにノルンちゃんの聖魔法を使えばナタリー様の腕の傷なんてなかったも同然だ。
「じゃあ、今って俺ルートじゃなくて、別ルートに進んでるってことですか?」
「いや、間違いなく俺ルートだ。闇落ちしたハイネは各地に散らばる魔物たちの力を使って、魔王を召喚することになる」
「と言うことは?」
「俺ルート(ルーカス王子ルート)のバッドエンドに繋がる。今のうちに魔物たちの問題をうまく解決しておけば、最悪バッドエンドになっても国が滅ぶことは防げるだろう」
国の存亡がかかっているとなれば、私も知らんぷりなんてできない。じゃないと後できっと後悔すると思う。
とは言っても、私にできることなんて微々たるものだろうけれど。
だいたい乙女ゲームで起きる問題というのは、ヒロインの力があってこそ解決するものであって……あれ?
「あのう、肝心のハイネちゃんがここにいませんよね? ヒロイン抜きで物語が進むってさすがにおかしくないですか?」
「……そこだ。俺もおかしいと思っていたんだ。なぜかハイネがこの場にいない」
それもそのはず、ハイネちゃんは入学試験で二位。すなわち、私たちの受ける講義とは遥かにレベル違いの講義を受けている。
ルーカス王子が言っていたけれど、講義の予習復習を少しでも怠ると講義についていけなくなるうえに、遊んでる暇などないほど課題やレポートに追われているのだとか。
それは入学初日も例外ではなくて、ルーカス王子が本を探していたのも課題やレポートのために必要だったのだとか。
事実、入学式以降、ハイネちゃんとは一度きりしか会っていない。その一度もお昼休みを返上してお礼を言いにきてくれた時のほんの少しだけ。
「ヒロインのいない乙女ゲームって、間違いなく物語が破綻していますね。なーんだ。俺ルートが本当に始まったんじゃないかって危うく騙されるところでした」
いろいろと心配したけれど、杞憂に終わった。ヒロインがいなければ乙女ゲームは成り立たない。私たちはモブにすらなり得なかったということだ。
「……くそっ、俺は諦めないからな!!」