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勘違いの始まり

「可愛い……」


 目の前で眠るヒロイン=ハイネちゃんを見て、私は自然と言葉が漏れた。


 さすがヒロインと言うべきか、はっきり言って可愛いすぎるの一言に尽きる。


 ノルンちゃんが天真爛漫な可愛さなら、ハイネちゃんは天衣無縫の可愛さだ。


 それでいて、小さい頃から魔族に魂を乗っ取られないために品行方正を貫いてきた(設定)というのだから、真面目で頑張り屋な子に違いない。向かう所敵なし。私なら間違いなく惚れる。


 先ほどまでは生気を失ったように悪かった顔色も、今では血色を取り戻しつつある。


 となると、倒れた原因が重い病ではないようなのでとりあえず一安心。


 安心したところで、ふと思い返されるのはあの言葉だ。


ーーーきちんと俺ルートに乗ったはずだから


 ない。やっぱりそれだけはないな。


 どう考えてもその結論に至る。もちろんニイットー王子が憎くて意地悪で言っているわけではない。あの意味不明な発言を打ち消すだけの理由がきちんとあるからだ。


 だって、アカデミーにはルーカス王子がルーカス王子として正規に入学しているのだから。


 最早、ニイットー王子の出番はない。まあ、ハイネちゃんが目覚める時にこの場にいれば、ワンチャンあったかもしれないけれど。


 そして肝心なルーカス王子は、というと、入学試験の成績が良かったため、入学式では最前列に並ぶことになっていた。


 ちなみに最前列には今年からアカデミーのマスコットキャラクターに就任したらしいチェックスターくんもピッカピカの新一年生として入学式に参列していて、始終ルーカス王子に絡んでいたらしい。


 一国の王子に絡むチェックスターくんの度胸もすごいけれど、ゆるキャラに絡まれるルーカス王子という図を想像するだけで面白すぎて、ぜひとも事あるごとに絡んでくれないかなと期待してしまう。


 そんな思考になってしまう私は間違いなくお母様の血を引いているんだな、としみじみと感じた。


 そんなことを考えている間にハイネちゃんの意識が戻ったようで、まんまるの大きな瞳がゆっくりと開かれていった。


「気が付きました? 大丈夫ですか?」

「……おう……さま」

「えっ?」

「ずっとお会いしたかったんですから!!」

 

 その言葉と同時に、ハイネちゃんにぎゅっと抱きしめられた。


 言葉が途切れてしまってはっきりとは聞こえなかったけれど、きっとハイネちゃんは私を誰かと勘違いしている。


 ルーカス王子と。


 さっきハイネちゃんは「王子様」と言ったに違いない。


 そして、このアカデミーに在学している王子様はルーカス王子とニイットー王子の二人だけだ。


 もし本当にこのアカデミーが続編の舞台なら、ハイネちゃんが口にする「王子様」は「ルーカス王子」のことを指しているわけで。


 繰り返してしまうけれど、ニイットー王子はマジ恋の過去回想にしか出てこないうえにマジアカでは存在すらしていないモブ以下という存在だから。


 それに、もしかしたら私とルーカス王子が出会う前に、ルーカス王子とハイネちゃんはすでに出会っていたのかもしれない。


 ノルンちゃんが教えてくれなかっただけで、物語の定番の幼馴染み設定の可能性もある。


 サーっと青褪めながら固まってしまった私に気付いてか、ハイネちゃんは急いで私から離れて頭を下げ始めた。

 

「ご、ごめんなさいっ!! 寝ぼけててよく見えていなくて、間違えてしまいましたっ」

「いえ、大丈夫ですよ」


 抱きつかれたのはむしろ役得。けれど、別の意味で大丈夫ではなかったりする。


 ハイネちゃんがルーカス王子に抱きつくほど会いたかったということ。


「抱きつきたくなるほど、ル……えっと、その方のこと思われてるんですね?」


 聞かずにはいられなくて、さり気なく聞き出そうとしたのに、ルーカス王子のことを、と口を滑らせそうになってしまった。


 早く核心をつきたいのもやまやまだけれど、さすがに段階を踏まないと私の心がもたないと思う。


 そして、案の定ハイネちゃんの答えは予想通りのもので。


「……はい」


 頬を赤く染めながら、ハイネちゃんはこくりと小さく頷いた。その姿は思わず私が抱きしめたくなるほど愛らしい。


 ハイネちゃんはさらに言葉を続けて、その胸の内を教えてくれた。


「ずっと、ずっとお慕いしていた方なんですけど、どのような手を使ってもお会いすることが叶わなくて……」


 聞けば聞くほど間違いない。ルーカス王子のことだ。


 チェスター王国では、ルーカス王子はロバーツ王国に留学していることになっていた。


 幼馴染みの想い人がある日突然他国に留学したと聞かされたハイネちゃんは、行き場のなくなったその思いをずっと内に秘めていたのだろう。


 しかも、ルーカス王子はジェイドとして暮らしていたし、ルーカス王子=ジェイドだということは、あの三人の悪魔たちによって隠蔽されていたはずだ。


 どのような手=伯爵家の力を使ったとしても見つからなかったのだろう。


 それでも健気に今もずっと想い続けているなんて……相手がルーカス王子じゃなかったら、100%応援するのに!!


 でも、さすがにマジアカのストーリーの通りにルーカス王子を譲ることなんてできない。例えハイネちゃんが魔族に乗っ取られることになったとしても。


 よほど私の表情が険しかったのか、ハイネちゃんが緊張した面持ちで、しかも何か言いたそうに私の顔をまじまじと見ているではないか。


 そこでようやく基本的なことに気付く。


「ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね?」


 アカデミーではロバーツ学園と同様に生徒同士の身分の差など関係なく過ごすことになっている。


 けれど、真面目な伯爵令嬢のハイネちゃんは、私がどこのご令嬢なのか判然としないため、自らが先に名乗るべきか否か、迷っていたのかもしれない。


 こういう時は何も知らないふりをして留学生の私から名乗るべきだよね。


「私はロバーツ王国からの留学生としてアカデミーに通うことになったサファイア・オルティスと言います」


 サフィーって呼んでね、ととびっきりの作り笑顔を向けると、ハイネちゃんは屈託のない眩しいほどの笑顔で反応してくれた。しかもやや食い気味に。


「オルティス、ってスーフェ様の、オルティス侯爵家のお嬢様ですよね!?」

「へ?」


 予想すらしていなかった名前が出てきたことで、淑女らしからぬ声が出てしまった。


「……お母様のことを知ってらっしゃるの?」

「はい! ずっと昔からとってもお世話になっています。私はホワイト伯爵家の娘で、ハイネ・ホワイトと申します。よろしくお願いします」


 ベッドの上に座りながらも深々と頭を下げてくれるハイネちゃん。


 その姿は好印象しかないはずなのに、お母様と知り合いだというだけで、嫌な予感しかしない。


 確かにお母様はチェスター王国の王妃様とお友達だし、冒険者をしていたからいろんな国に知り合いがいてもおかしくはない。


 けれど、まさか続編のヒロインと関わりがあるなんて!!


 いや、だからこそお母様は「すでに手は打ってあるから大丈夫」と言い切ることができたのかもしれない。


「あの、私を運んでくれたのはサフィー様ですか?」

「いいえ、私ではなくニイットー王子ですよ」

「ニイットー、王子様? って第三王子の、ですか?」

「はい、その通りです。ハイネ様はニイットー王子のことをご存知なのですか?」

「ふふ、さすがに自国の王子様のことくらい知っていますよ。これでも情報通なんですよ。最近では王族のどなたかの婚約が整ったとの噂も聞こえてきましたし」


 さっき「王子様」と言って抱きついてきたわりに、ニイットー王子に対しては特別な反応はない。


 ということは、やっぱり「王子様=ルーカス王子」のことなのだろう。


 確定だ。ルーカス王子が攻略対象者なんだ……


 ずーん、と沈み込んだ私はハイネちゃんが続けたその言葉を聞き逃していた。


「ニイットー王子様とサフィー様のことだったんですね」


 自らを情報通だと豪語するハイネちゃんの盛大な勘違いを。





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