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入学式と言えばアレだよね。

「そんなのモブキャラ以下だからに決まってんだろ? 相変わらず馬鹿だな、サファイアは」


 チェスター王国の王子様にムカっとした。もちろんルーカス王子に、ではない。


「ニイットー王子、酷くないですか? 何なんですかその言い方は? それにルーカス王子に限って絶対にあり得ません!!」


 モブとしてアカデミーを満喫しようと心に決めていたはずなのに、モブにモブと言われてしまうとなぜか反発心が起こってしまう不思議。


 ここはアカデミー。とうとう入学式の日を迎えた。


 入学式はアカデミーの講堂で行われる。講堂とは言っても、礼拝堂も兼ねているとても厳かな雰囲気の場所で、どことなくペレス村の教会を彷彿とさせる。


 そして、どうして私の隣にニイットー王子がいるのかと言うと、ニイットー王子もアカデミーに入学したからだ。


 ルーカス王子から他人のふり宣言をされた私は今、あろうことかニイットー王子にその胸の内を吐露してしまっていたのだ。


 けれどそれは致し方のないこと。私のためだと頭で理解はしていても、心が納得できていなかったようで、この行き場のない思いを誰かに聞いて欲しかったから。


 だってアカデミーでは、私とルーカス王子のことを知っているのは、ニイットー王子だけなんだもの!


「それならあれだな。サファイアに愛想を尽かして、アカデミーで新しい恋人を探すつもりだな」

「えっ!? 新しい恋人……」

「きっと今ごろアイツは隣に可愛い女の子を侍らせてるに違いない。残念だったな」


 ないない、ルーカス王子に限ってそんなこと絶対にない。


 そう思いたかったけれど、恋人の存在を隠す=浮気の定石という方程式が私の頭の中に浮かんできて、どんどん思考が悪い方へと向かってしまいそうになる。


 けれど、次のニイットー王子の一言が衝撃的すぎて、その思考も一気に吹き飛ぶこととなる。


「もし仮に、ここがマジアカの世界だとする」

「えっ!? もしかしてニイットー王子はマジアカもプレイしたことがあるんですか?」

「当たり前だろ? ノルンが出てるんだから」


 安定のノルンちゃん推しは、高等部を卒業した今もブレないらしい。けれど、私にとっては思わぬ天の助け!


「マジアカのことを私にも詳しく教えてくださいよ!!」


 ノルンちゃんはあれ以上詳しくは教えてくれなかった。


 中途半端にマジアカと言う乙女ゲームの存在を知ってしまった私はというと、あれからずっと悶々としてしまっていた。


「詳しくも何も、結論から言えば、この世界はマジアカの世界ではない。だから詳しく知る必要はない」

「どうしてそんな風に言い切れるんですか?」


 ニイットー王子もノルンちゃんと同類だろうから、乙女ゲームの世界だって、聖地巡礼だって、周りが引くほど喜びそうなのに。


「よく考えてみろ、そもそもマジ恋で、俺とノルンがプロポーズイベントを果たしていないのがおかしい。何より、アカデミー(ここ)にノルンがいない。ノルンがいない乙女ゲームなんて意味がない。ということは、もうすでにこの続編は破綻していると断言できる」


 この人に聞いた私が馬鹿だった。ノルンちゃん推しもここまで来るとすごいとしか言いようがない。そもそもが間違っていると言うのに。


「ニイットー王子はマジ恋の時点でモブキャラ以下だったから、プロポーズイベントができるわけないですよね?」

「マジ恋で死んでいるはずのお前に言われたくない」

「それを言ったらニイットー王子だって死んでるはずじゃないですか!! しかも過去回想だけのくせに!!」


 お互いに沈黙が落ちる。きっとこれを不毛な争いと言うのだろう。


「……やっぱり私ってモブキャラなんですかね? って、私の話聞いてます? さっきからキョロキョロと落ち着きがないし、誰かお友達でも探してるんですか?」


 周囲を見回していたニイットー王子の視線がようやく止まったことに気付き、私もその視線の先に目を向けた。


 そして私は一瞬にして目を奪われた。


「わあ、すっごい可愛い子! もうっ、ニイットー王子ったらノルンちゃんに言っちゃいますよ?」


 THE 乙女ゲームのヒロインのノルンちゃんとはタイプの異なった可愛さを持つどこか儚げな雰囲気の女の子だった。


 チェスター王国には同年代の女の子の知り合いはいないはずなのにどこかで会ったことがあるような気がして、少ない記憶を手繰り寄せて思い出そうとしたその瞬間、女の子はふらりと力なく倒れようとしていた。


「危ないっ!!」


 そう思ったのとほぼ同時に、その人はまるで王子様のようにその女の子を抱き止めていた。


「大丈夫か?」


 優しく声をかけるも返事はなく、少し離れた位置にいる私から見ても、その女の子の顔色が悪いことが窺えた。


 すると、今度はその女の子を横抱きにして、その人は私に向かって叫んできた。


「一緒に来てくれ。保健室に連れて行く」

「えっ、はい!!」


 王子様のようなその人は、紛れもなく本物の王子様。先ほどまで私の隣にいたはずのニイットー王子だった。


 保健室に着くと、ニイットー王子はその女の子をゆっくりとベッドに寝かせた。


 血の気が引いたように青白かった顔色は、少しだけ血色を取り戻したようで、私はほっと胸を撫で下ろした。


「大丈夫そうですね」

「ああ、問題ないだろう」

「ニイットー王子のこと見直しましたよ。よく反応できましたね?」


 倒れる時に一番避けたいのは、頭を床に強く打つことだ。


 だから、ニイットー王子が咄嗟に反応してそれを避けられたことは不幸中の幸いだと思う。


「そりゃ、倒れるって分かっていたからな」

「なるほど。分かっていれば反応できますよね」

「まあ、一番は俺様の瞬発力のおか……」

「えっ!? 今なんて言いました?」

「いや、むしろ言ってる途中なのに遮られたぞ。俺様の……」

「違います!! その前!!」

「その前? ……ああ、そりゃ、倒れるって分かっていたからな」

「分かっていたって、冗談ですよね? ……まさか予知能力!?」


 なわけないことくらい分かってはいる。けれど、もう一つの可能性を私は認めたくなかった。


 それなのに、ニイットー王子はさらりと言ってのける。


「いや、聖地巡礼だ」

「聖地、巡礼……」


 やっぱり出てしまったその言葉。間違いなく嫌な予感しかしない。


「せっかくマジアカの舞台に足を踏み入れることができたんだ。思いっきり満喫するべきだろう? 再現できることは再現する。気付いていると思うが今のが……」

「嫌っ、聞きたくないです!!」


 信じられない。ついさっきまで「この世界はマジアカの世界ではない」ときっぱりと断言していたのはどこのどいつだ。


「出会いのイベントだからな」

「やっぱりぃ……と言うことは、この女の子が?」

「マジアカのヒロインだな」

「やっぱりぃ……」


 ノルンちゃんが見せてくれた相関図に描かれた絵そのままの女の子。どうりで既視感があるわけだ。


 項垂れる私を気にも留めず、ニイットー王子は保健室を出て行こうとした。


「ハイネが目を覚ます前に俺は行くからな」

「えっ? でもこれが出会いのイベントなんですよね? これから目を覚ましたハイネちゃんとお互いに自己紹介をしたりしないんですか?」

「しない」

「しない? 一応聞きますけど、それでいいんですか?」

「大丈夫だ。きちんと俺ルートに乗ったはずだから」


 そう言い残すと、颯爽と保健室を出て行った。


 ニイットー王子ルート。そんなルートはない。絶対に。





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