【SIDE】 メイドのミリー
私はオルティス侯爵家のメイドのミリーと申します。主に、サファイアお嬢様の専属メイドとして、身の回りのお世話をしています。
「ふふ、10歳の女の子のお世話なら、きっと私にだってできるはず!」
正直言って、初めは楽勝だと思っていました。けれど、全くそんなことはありませんでした。
思えば、前任のメイドの方も、その方の前任のメイドの方も、そのまた前任のメイドの方も、すぐにお辞めになったと伺っており「変だな?」とは薄々感じていました。
オルティス侯爵家の使用人といえば、旦那様も奥様もとても優しく、嫡男様は超絶イケメンで、自由度が高く、給料も良いと評判の超優良職なのに、です。
不思議に思いながらも、いざサファイアお嬢様と対面した時、
(まあ、天使のように可愛らしいお嬢様だこと!)
思わず、見惚れてしまいました。でも次の瞬間、罵声が浴びせられたのです。
「なに、ぼーっとしてるのよ、本当に鈍臭いわね」
「……」
可愛らしい見た目とは裏腹に、そのお口から出てくる悪態に、正直耳を疑い言葉を失いました。
(聞き間違い、ですよね? こんな天使のような女の子から、そのような暴言が飛び出すなんて……)
現実逃避しそうになりましたが、残念ながら気のせいではありませんでした。
サファイアお嬢様は、金持ち美少女特有の不治の病「とりあえず文句を言わないと死んじゃう病」を罹っているらしいのです。
私は孤児院出身のために身寄りもなく、この仕事を逃したら生きていく術がありません。どのようなことがあってもこの仕事にしがみ付くしか選択肢はありませんでした。
「それに、スーフェ様との約束も……」
不幸中の幸いと言うべきか、孤児院にいた私は、孤児院をよく思わない方々からの暴言を聞き流す術を習得していました。
「孤児院で得たこの術を発動しないで、いつするの! 今でしょ!!」
と、私は常時、この術を発動させていました。そして、すぐに事件が起きるのです。
サファイアお嬢様が二階から落ちて気絶してしまったではありませんか。
「メイドたちの祟りが……」
そんなことを、思わず口にしてしまいました。
おおっと、前任のメイドのみなさんは生きていらっしゃいますから、ご心配なさらずに。
そして、長い眠りから目が覚めたサファイアお嬢様のご様子が、以前と明らかに違うように感じました。
「きっと、気のせいですよね」
その日は大事をとって、お部屋で軽いお食事を摂り、早めにお休みになられました。次の日に、さらなる大事件が起きたのです。
「今日はどんな文句を言われるのかな?」
うきうきしながらサファイアお嬢様を起こしに行くためにお部屋に向かうと、
(えぇーっ! サファイアお嬢様が起きていらっしゃるではありませんか! えっ、今まで起こさないとお昼まで寝てましたよね? よく見ると、すでに自分で身支度を整えていらっしゃるじゃないですか! そんなこと今まで一度もやったことないですよね? 昨日、頭を打ったから? いや……)
「新種の重い病なのでは……?」
初めてサファイアお嬢様のことを本気で心配してしまいました。
それからは、まるで人が変わったように、超品行方正なお嬢様へと変貌していきました。あろうことか、こんな私にも謝罪してきたのです。
「今まで本当にごめんなさい。あなたに対する無礼な態度は到底許せるものではないと思うけど、嫌じゃなかったら、これからも私のメイドを続けてもらえませんか?」
耳を疑いました。
「あなたは、一体どちら様ですか?」
「……」
思わず、失礼なことを聞いてしまいました。でも、生まれ変わったサファイアお嬢様は、くすりと笑いながら答えてくれたのです。
「ふふ、サファイア・オルティスです。よろしくお願いします。サフィーって呼んでね」
今更ながら、初めての自己紹介をしてくれました。その時の、サフィーお嬢様の天使の微笑みは今も忘れません。
今までのことを水に流すなんて出来ないと思う方もおられるでしょうが、私の特技は「聞き流す、受け流す、水に流す」です。
むしろ今のサフィーお嬢様は本当に可愛らしくて、控えめに言っても天使です。
そんなことを言っている間にも、厨房の方から何やら甘い良い香りがしてきました。きっと新作のお菓子を作っているのでしょう。
「今すぐサフィーお嬢様のところへ行かなくちゃ!」
餌付け? それは違います。
「私は、サフィーお嬢様の専属メイドですから!」