チェスター王国を乗っ取った!?
満面の笑みを浮かべ、国王陛下暗殺を今まさに果たそうとしているお母様が、目の前にいる。
私は声も出せず、ただ冗談のようなその光景を見て頭が真っ白になり、微動だにできないでいた。
緊迫した状況を破ったのは、もちろん
「また、スーフェの勝ちね」
ケール王妃様だった。
「これで何勝目かしら? 今日はハンデもあったのよ……って、結局ルベに代わったの? ラズもまだまだね」
国王陛下のイスには、黒猫ちゃんが優雅に座っていた。
(チェスター王国の次の国王は、黒猫ちゃん!? にゃスター王国、それもありかもしれない!!)
……っていう冗談は置いといて、
「お、お母様、いったいどういうおつもりですか?」
「どういうつもりって、だから、約束よ? 国王陛下と以前約束していたの。いつでも受けて立つって言われていたから、挑んだだけよ?」
「サフィーちゃん、大丈夫よ。一種のゲームだから。それよりも、ルーカスは実践には弱いのね。もうちょっと鍛えなきゃいけないわね」
そうだ、ルーカス王子……
「なにこれ……」
ルーカス王子の額には、なぜか黄色い紙が貼られている。私はその紙をペリッと剥がす。
すると、ルーカス王子が動き出した。
(うん、なんとなく既視感が……)
「悔しいです……ラズライト様はさらに動きが早くなっていて、全然追いつけませんでした」
周りを見回せば、騎士たちの額にも、宰相様の額にまで、黄色い紙が貼ってあった。
それはまるで、前世のキョ◯シーのようだ。異様な光景だ。
お母様に後で聞いたら、
「本当に攻撃することなんてできないから、代わりにお札を貼ったのよ。だって、お札を貼れば動きが止まるじゃない」
(……って、やっぱりキョン◯ーじゃないですか!!)
「それで、腹ぐ……国王陛下、何か言いたいことは?」
お母様が意地悪そうに国王陛下に尋ねる。私の未来のためにも、喧嘩を売らないでほしい。
「まだだ、もう一度、次こそは勝つ!!」
そのやりとりが、もう何年も続いているらしい。例えていうなら、この催しは、前世で言う不審者訓練みたいな扱いらしい。
この後チェスター王国では、反省・検討会が開かれる。
「あぁっ! 悔しいっ!! 最後の最後に油断した」
黒猫ちゃんが、いつの間にかラズ兄様の姿に戻り、私たちの方へと近付いてきた。
「ラズライト様!!」
ノルンちゃんのテンションが一気に上がった。
(良かったね、奇跡が起きたよ)
「ラズ兄様、一体どういうことですか?」
「サフィー久しぶり、ノルンも元気だったか?」
「はい! ずっとお会いしたかったです」
ということで、ラズ兄様も揃った。あとはお父様。
(……って、いつの間にかいるし!!)
お父様はアオと一緒に、お母様の後始末をして回っていた。黄色いお札を回収し、一人一人に声をかけて回っている。
アオはお父様と一緒にセドに乗ってきた。グリフォンに乗るフェンリル。見た人はきっとびっくりするだろう。
「よし、みんな揃ったし、両家の顔合わせをはじめましょうか!」
「そこ、母様が仕切っていい場面じゃないだろう? というか、そろそろその短剣を下ろしてください。見てるこっちが怖いです」
お母様は今も、短剣を国王陛下の首に突きつけている。我が母ながら、本当に信じられない。
「あらやだ。忘れてたわ」
白々しいお母様もお父様の隣に並び、改めて、顔合わせが始まった。
けれど、すでにそういう雰囲気じゃない感が強いのは否めない。
そして、話は意外な方向へと向かっていった。それは、突然告げられたお母様の一言から始まった。
「チェスター王国でも魔術を導入する気はないかしら?」
「はあ? 魔術だと? あんな危険なものを導入なんてできるか!?」
国王陛下が一蹴する。チェスター王国でも魔術は禁忌とされている。
「でも、ロバーツ王国では魔術を導入する動きが出ているわよ? 水面下ではもう取り入れてるし」
「何!? って、まあルーカスから聞いて知ってはいるが」
国王陛下の呟きに答えるように、ルーカス王子が前に出た。
「僭越ながら、私から改めて説明させていただきます。ロバーツ王国では、六年前から、転移術を使って、辺境の地や医師のいない村などに定期的に医師を派遣したり、食料を配布したりしています。今まで時間や場所的な理由により、行き届かなかった地方とのやりとりにも転移術を使用して、その穴を埋めているそうです。そのおかげで、海の特産物や生もの、地方で育てられたミルクや卵などの腐りやすいものも、各地で流通するようになり、地域格差もなくなりつつあります。それをぜひ我が国でも取り入れて、貧困層を減らし、食糧難、医療体制の確保を図りたいと思っています。それがロバーツ王国での留学中に学んだことです」
「ほお、だが、まず魔術師の確保が必要だろう? それが無理だろう?」
「ちなみに、それは全てここにいるサファイアが言い始めたことなのよ。そして、サファイア本人も魔術が使えるわ」
「え? 私が言い始めた、ですか?」
「ふふふ、忘れちゃった? アルカ先生に話したことがあったでしょ?」
「あ! 転移術を使って、お医者さんがいないような遠くの村や町にお医者さんを派遣したり、食料などを運んだりして、少しでも誰かの役に立ちたい、って話をしたことはあります。でも……」
それは、私が中等部に入る前、魔術のことを家庭教師のアルカ先生に尋ねた時に話したことだ。
「その時から、アルカ先生が少しずつだけど体制を整えていたのよ。ノルンちゃんの他にも聖女様は王城にいるでしょう?」
私が語った夢物語が、私の知らないところで実現していたなんて……それが、ロバーツ王国に貢献されていたなんて、正直、とても嬉しい。
「それでね、チェスター王国でも、その体制を取り入れてみない? ってご相談よ。ルーカス王子とサファイアの共同で」
「え、いきなりどう言うことですか?」
「サフィーちゃんが魔術の良いところを広めるのよ。少しずつ受け入れられたら、追って魔術も広めるの。もちろん人を害するような魔術が使えないように魔術を学ぶ者には契約魔法を交わしてもらうことになるけれど」
「サファイア嬢は、どんな魔術ができるんだ?」
「は、はい。まだ転移術と結界術、幻影術くらいですが、転移術ならば、大人数でも移動は可能です」
私の場合はまだ、目的の場所に置いた魔術陣に転移することで精一杯。お母様のどこでもモンのように、空間を繋げたままの状態を保つ転移術は訓練中だ。
「転移術……それはいいな」
「では、医療体制の方はノルン嬢が担うのか?」
「え、私ですか!?」
「ニイットーから聞いている。本当にあやつを更生させてくれて感謝する。ニイットーの嫁に……」
「それはお断りします」
(ノルンちゃん、不敬だよ……)
「でも、サフィーちゃんのお話は面白そうですね」
さすが、ノルンちゃん! 聖女様で前世で医師だっただけある。
「ノルンちゃんは、ロバーツ王国でも必要だから、国境を越えた聖女様って形になるけどね。それに、サフィーちゃんも第二王子に相応しい妃になるには、チェスター王国の国民に向けて名を売らなければいけないし、ルーカス王子も長年留学していたのだから、ロバーツ王国の良いところをきちんと自国で貢献しないと顔が立たないでしょ? いい話だと思うのよね〜」
確かに、ルーカス王子が先頭立って、他国で得た知識(魔術)を使って、国内の医療体制の改革や食糧難の改善に動けば、長期留学していた理由にもなる。
大病の患者様の時には、ノルンちゃんが絶対に不可欠だけど、転移術があればすぐに対応できる。
しかもノルンちゃんは前世で医師だったんだもの!
私自身も、チェスター王国に居場所ができる。これ、本当に重要なこと。
(そこまでお母様は考えてくれていたんだ。もう何から何まで頭が上がらない。あと一歩を踏み出すのは私自身だ!)
「お母様、私やりたいです!」
「サフィーちゃん、よろしくね。でも、チェスター王国の国王陛下が乗り気じゃないんじゃ……仕方ない。じゃ、帰ろっか」
「待て、やらないとは言っていない。試しにやってみてもいいかな。ルーカス、お前にできるか? 何ならお前も魔術を教われ」
実はルーカス王子も魔術はすでに勉強している。むしろ私よりも上手に扱える。けれど、一応できないことになっている。
「じゃあ、概ね了解ってことね。カル、あとはよろしくね」
難しい契約や法律などは全てお父様任せだ。お父様って、すごいと思う。
「ちなみにノルンちゃん、ラズには旅をしながら転移の魔術陣を置く村や町を見て回ってもらおうと思っているの。ラズとの調整役、実際にその村に必要があるかどうか判断する人が必要なのよね。政治のしがらみがなくて、公平な判断ができる人、そして、密にラズと連絡を取れる人。サフィーちゃんも考えたんだけど、王子の嫁としてこれから覚えるべき仕事がたくさんあるから、これ以上負担はかけたくないのよね。誰かいないかしら? ラズと密に連絡を取れる人?」
そう言いながら、お母様はノルンちゃんをちらちと見た。このわざとらしい言い方、確信犯だ。
『ラズ兄様と密に連絡を取れる人』という言葉なんて二回も言ったのだから。
もうすでにお母様の中でノルンちゃんの答えは分かっているのだろう。
「お義母……スーフェ様、ぜひその役目を私にお任せください。それはもう密に連絡を取らせていただきます!」
「ふふふ、さすがノルンちゃん! じゃあ、ラズはこれからノルンちゃんと連絡をとりあってね」
「ああ、分かった。ノルンよろしくな」
ラズ兄様がノルンちゃんと握手を交わそうと手を差し出した。
「もう、私、幸せすぎる」
ノルンちゃんがラズ兄様の手を取ろうとした瞬間、まさかの、
「ちょっと待ったー!!」
まさかの「ちょっと待った」コールだ。もちろんその声の主は……
「ニイットー王子!」
ニイットー王子が走ってノルンちゃんの前にやってきた。そしてラズ兄様を押しのけて、ノルンちゃんの正面に立つ。
「第一印象から決めていました」
そして、右手を差し出す。
「邪魔すんじゃねえ!!」
ここは謁見の間、国王陛下の御前、なのにノルンちゃんの回し蹴りが炸裂した。
(ノルンちゃんは可愛い顔して武闘派よね)
「……俺のノルン、相変わらず最高だな」
蹴られて嬉しそうにするのは相変わらずだ。だいぶ周りのみんなは引いている。
いつも優しい眼差しのルーカス王子の視線なんて、虫けら以下を見るようだった。
「ノルン嬢、やはりニイットーの相手はそなたしかおらん。ぜひ嫁に」
「残念、大どんでん返しって言えなかったわ」
「……ノルンちゃんは相変わらずモテモテね」
こうして、私の初めてのチェスター王国訪問が平穏? に終えた。
シナリオのない私の物語は始まったばかりだ。本当に何が起こるかわからない。
きっと、これからも、生きてさえいれば、可能性は無限大だ。私、頑張るぞ!!