謁見の間にて
不自然な落とし穴を通り過ぎると、小さな村が見えてきた。商人や旅人が寝泊まりをするだけの小さな村。
賑わいはほとんどなく、寂れた村だった。
さっきの落とし穴を温泉にすれば、温泉に入れる宿場町として賑わいを見せるだろう。
しかもここは国境近くだ。フロー村以上の人気が出るかもしれないのに、なんだかもったいない。
(ん? でも、お母様の薄れた記憶だと一度言ったって言っていたわ? でも、どう考えても、お母様が先頭だってやらないと温泉計画って実現しないはずよね? ということは……)
「お母様、もしかして温泉を掘るのが面倒だったんですか?」
お母様の手にかかれば一瞬でできるはずなのに、それさえも面倒だったなんて……
「あら、やだ。サフィーちゃん、私だって色々と忙しかったのよ?」
他国の問題だし、お母様がしゃしゃり出る場面ではなかったのかもしれない。
けれど、これからチェスター王国は私の大切な国になる。でも、私はお母様みたいにすごい魔法は使えない。
(そんな私にもできることって、何かないのかしら?)
私がこの村のことを気にしているのを察してか、ルーカス王子がこの村について教えてくれた。
「ロバーツ王国と違って、チェスター王国では、辺境の地までは、まだ開発や医療の手が回っていないんだ。特にこちら側は魔境の森があるから余計にね」
今では魔境の森に街道があるけれど、一昔前までは街道はなく、人の往来などなかったそうだ。
それこそ、魔物の森からの魔物が村を襲ってこないように、あの高い壁を作るだけで精一杯、村の開発までは手付かずだったという。
馬車の中から村の様子を窺うと、貧しそうな身なりの子供たちが座り込んでいる様子がチラホラ見受けられた。もうすぐ暗くなる時間なのに……
(そう言えば、ロバーツ王国には治安の悪い場所はまだあるけれど、貧民街のような場所は見当たらなかったわ?)
私が行ったことのある地方の町や村もそうだ。私が知る限り、唯一フロー村だけが困窮していた。
(だとすると、ロバーツ王国ではどんな対策をしているのかしら?)
なんて考えながらも、私たちは、次の大きめの町で一泊し、翌朝王城へと向かった。
そして、なんやかんやとありまして、とうとうチェスター王国の王城に着いてしまった。
「うぅっ、緊張する……」
私の心臓はバクバクと大きな音を奏でている。
(だって、これから国王陛下……ルーカス王子のお父様に会うんだもの!! 緊張しないわけがないわ)
「あら? サフィーちゃん、緊張しているの?」
「はい、心臓が飛び出しそうです。お母様、私、変なところないですか? 服装とか、ご挨拶とかどうすればいいんでしょうか?」
「ふふふ、サフィーちゃんは、そのままで大丈夫よ。でも、あえて言うなら笑顔を忘れないことかしら」
「あの、私は……?」
「ノルンちゃんも、もちろんそのままでとっても可愛いわ。あの腹ぐ……国王陛下は可愛い女の子が大好きだから、心配はいらないわ。それにノルンちゃんにぜひ会いたいって言ってたし。それに、もう話は通ってるから、二人はルーカス王子と先に行って謁見しててちょうだい」
「「えっ!?」」
まさか、直前になって、お母様がとんでもないことを言い始めた。
「お母様がいないなんて、絶対に失礼じゃないですか? それにお父様も揃ってからの方が……」
「そうですよ、お義母……スーフェ様なしで、国王陛下の御前に立つなんてこと、私たちにはできません」
私とノルンちゃんは必死で抗議した。もちろんお母様は、聞く耳を持ってくれるはずがない。
「大丈夫、大丈夫。ケールもいるから気楽に構えていなさい。私はちょっとお着替えをしてくるわ。そういう約束だから」
「え、でも……」
「ルーカス王子、二人をよろしくね」
じゃあね、と意気揚々と去っていったお母様……
(どう考えてもおかしいでしょ?)
……ということで、現在、私とノルンちゃんはルーカス王子とともに、謁見の間にて、国王陛下の御前に立たされている。
「本当に可愛い子だ。アイツとは大違いだ。ルーカス、よくやった! これで我が国も安泰だ!! さあ、無礼講だ。ゆくゆくは家族になるんだ。好きなことを話して、いつものように振る舞っていいぞ。そうでないと本来の姿を知れないからな」
国王陛下は私たちを温かく迎え入れてくれた。そのおかげで、謁見の間は和やかなムードで話が進んでいった。
「それと、君がノルン嬢か。そなたには本当に感謝しているぞ。いや〜可愛い娘が二人も嫁いでくれたら、と考えると本当にめでたい! ……ところで、ルーカス、アイツは今どこにいる?」
「アイツ? ……ああ、はい『着替えをしてくる、そういう約束だから』と言って、どこかへ行かれました」
----ガタッ
その瞬間、国王陛下は突然その場に立ち上がった。同時に、国王陛下と近くに控えていた宰相様の顔色が一気に青褪めた。そして、宰相様が叫んだ。
「敵襲! 敵襲!! 直ちにみなの者、配置に付け!!」
その叫び声とともに城内の空気が一変し、慌ただしいを通り越して、緊迫した物々しい雰囲気に変わった。
武装した騎士たちが、次々と謁見の間に駆けつけ、剣と盾を構える。ルーカス王子も、息を整え、短剣を構え始めた。
私とノルンちゃんは、ただ唖然とするだけで、何が起こっているのかも全く把握できず、震えながらルーカス王子に助けを求めた。
「サフィー、ノルン様、心配しなくても大丈夫だから。でも、危ないといけないから、ここからは動かないでいてね」
私たちの不安を少しでも取り除こうと、優しい声で宥めてくれた。その声色は、少しだけ緊張はしてるようだけど、落ち着いたその様子に、私たちは無言で頷いた。
ただ一人、国王陛下の隣に座っていたケール王妃様だけが、終始、くすくすと笑いを堪えきれておらず、それを見た瞬間、私は間違いなくお母様絡みだと察した。
(お母様絡み……嫌な予感しかしない)
遠くから聞こえる悲鳴と雄叫び、それがだんだんと近くなる恐怖。
お母様絡みだと分かっていても、分かっているからこそ、この先何が起こるのかが予想がつかず、恐怖でしかない。
「絶対に、その扉を開けさせるな!!」
その叫び声も虚しく、ついに謁見の間の扉が、扉を開けさせまいと押さえていた騎士たちを薙ぎ払い、バタンと大きな音をたて、一気に開いた。
(……と思ったら、誰もいない? いや、いる!)
何かが風を切るように、謁見の間を縦横無尽に動いている。
謁見の間で配置についていた完全武装した騎士たちが次々と倒れ、そして……侵入者の殺気がこちらへと向く。
ルーカス王子が私たちを守るために、侵入者に向かっていった。
しかし、侵入者の動きは私の目では捉えられないほど早く、ルーカス王子のしなやかな剣筋も見事にかわして、そして、一気にルーカス王子の顔を目掛けて一閃を放つ。
そして、ルーカス王子は……その場に倒れた
「きゃあぁぁぁ!!」
動かないで、と言われていたにもかかわらず、私はルーカス王子の元へと駆け出してしまった。
その瞬間、私はその侵入者と目が合ってしまった……
「ラ、ラズ兄様!?」
「!?」
ラズ兄様の丸く見開かれた紺碧色の瞳が、ほんの僅かな時間、私を射抜くように見つめる。
そして、一瞬にして、頭上高く飛び上がり、私の視界から消えた。
その間に、それ以上の事件が起こっていた。
「はい、死んだ」
一言だけ、とても楽しそうに呟いたもう一人の侵入者が、国王陛下の背後に立ち、その首に短剣を突き付けていた……
私は声も出なかった。
分かってはいたけれど、その侵入者の正体が、冒険服に身を包んだお母様だったから……