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チェスター王国へ

 これからチェスター王国へ向けて出発する。


 チェスター王国までの道のりは、まずはコックス村のオルティス侯爵家の別邸まで転移術で行き、そこからは馬車で向かう。


「少し面倒だけど、まあ、仕方ないわね」


 お母様が明らかに不満そうな顔をしている。


 転移術で直接王城まで行きたいらしいけど、残念ながらチェスター王国も魔術を禁忌としている国なので、きちんと国境から入国しなければならない。


「私は知らない土地を歩けるので嬉しいです! ね、ノルンちゃん」

「私も、ラズライト様に会える可能性がその分高くなるので、もちろん嬉しいです」


 相変わらずノルンちゃんはブレない。いつでもラズ兄様ファーストだ。


「時間的には、管理棟でちょうどランチね。あそこの食堂の料理も美味しいわよ〜!」


 魔境の森の中間地点にある管理棟の食堂は、商人や冒険者に人気なんだとか。

 食通のお母様が美味しいというんだから、美味しいに違いない。


「じゃあ、道中長いから、私が一曲歌って差し上げましょう」


 突然お母様が言い出した。何となく嫌な予感がする。というか、みんなに止められていたような。


「お義母……スーフェ様、いいですね! 前世でも、ドライブに音楽は必須でしたからね」

「ノルンちゃん、だめよ、確か、これって歌わせてはいけないやつよ……」


 慌ててお母様が歌うのを阻止しようとした。けれど、無駄だった。


「では、スーフェリサイタル開幕! 〜ボエ〜ボゲ〜フォゲ〜」

「「!?」」

「ヒッヒ〜ンッ!?」


 お母様の歌声に、私たちの馬車を引く馬が暴れ出した。


「ぎゃあ!! お母様!! ストップ、ストップです!! 馬が、馬が暴れてます!!」


 私たちは生きる屍となった。


 そして、もちろんラズ兄様に会えるはずもなく、私たちは管理棟に到着した。


 私たちは今、ランチタイムだ。


「この味は……焼肉のたれサフィースペシャルじゃないですか!?」


 食堂の一番人気は焼き肉丼だった。レディースセットもあって、しかもデザート付き。

 お肉は日替わりで、というか、魔境の森で狩りたてのお肉が出るらしい。

 

「そうよ、だってここはジョナ料理長のお店の支店だもの」

「ジョナ料理長、お店なんて出してるんですか?」

「あら、サフィーちゃん知らなかったの? 今や伝説の料理人よ! 全ての料理が美味しくて、ファミリーも喜ぶ、淹れたてコーヒーとレストラン。ジョナさん最高!! って」


(お母様、その言い方だと、どうしてもジョナ料理長以外を思い出してしまいます……)


「ファミレス、時々無性に行きたくなりますよね……」


 ノルンちゃんも同感だったらしい。もちろんロバーツ王国にファミリーレストランなんてものはない。

 きっと、近いうちにできるだろう。


「売上の一部がオルティス侯爵家にも入ってくるから、おかげでもう働かなくてもやっていけそうよ」


(……お母様、悪どい顔してますよ)


と思いつつも、オルティス侯爵領の野菜や果物、畜産物を使って料理を作っているので、領民たちにも還元されるように考えられている。


 今さらだけど、オルティス侯爵領はコックス村のあるブライアント辺境伯領に負けないくらい、緑豊かな大自然が広がる領地で、野菜や果物が豊富に収穫される。


 それでいて、最近では新しい料理も開発されているから、食の都として街や村も賑わいを見せている。


(お腹もいっぱいになり、さあ、再び出発だ!)


「お母様、私、寄っていただきたいところがあるのですが、少しだけいいですか?」

「ふふふ、サフィーちゃんならそう言うと思っていたわよ。間もなく着くはずよ、さあ、いってらっしゃい」


 私がお母様にお願いしたのは、慰霊碑に手を合わせに行きたいということ。

 ルーカス王子の護衛騎士さんたちが命を落とした場所。辛い場所だけど、手を合わせてきちんとお礼が言いたかった。


 私がお母様に促がされ、先に馬車を下りて慰霊碑へと向かった。

 すると……


「えっ、ルーカス王子……」


 ルーカス王子が待っていてくれた。


 ずっと会いたいと思っていたルーカス王子に、まさかここで会えるとは思ってもみなかった私は、真っ赤な顔をして固まってしまった。


「サフィー、会いたかったよ。来てくれてありがとう」


 全く変わることのない優しい笑顔に、私の緊張も一気に解れてく。

 差し出してくれたその手に、私は満面の笑みを向けて自分の手を重ねた。


「私も、会いたかった、です……」


 久しぶりに会ったからか、すごく照れくさい。久しぶりに会ったからこそ、その一分一秒が私たちを繋ぐ、とても大切な時間にかわっていく。


 そして、私とルーカス王子は二人並んで慰霊碑に手を合わせて祈った。


「ずっと前に、みんなに挨拶をしにきてくれるって言ってくれたでしょう。本当に来てくれてありがとう。彼らは今でも、本当に俺の大切な人たちだから嬉しいよ」


 少しだけ瞳を潤ませながらも、悟られないように私にそう告げた。


 彼らがいたからこそ、命懸けでルーカス王子を守ってくれたからこそ、ルーカス王子は今、私の隣にいてくれる。


「約束を守れてよかった……」


 あの時、私が本当に死んでいたら、この約束を果たすことは、もちろんできなかった。ルーカス王子がいなかったら、私はここには存在していなかったかもしれない。


 私が生きていられるのも、たくさんの人たちのおかげだ。


 絶対に助けるという大きな勇気だったり、ほんの些細な会話の中の優しい一言、そんな誰かの勇気や優しさが、繋いで、繋がって、姿や形を変えながら、今もきっと違う誰かを助けている。


 その中の誰か一人でも欠けていたら、その繋がりは途絶えていたかもしれない。


 そう思うと、余計に自分の命を粗末になんてできないし、してはいけないと思う。

 生きていれば、もしかしたら、今度は私が誰かの大切な命を助けることができるかもしれない。


(……って、ちょっと差し出がましい思いかもしれないけどね)


 そんなことを考えている私を見て、ルーカス王子はふわりと優しく笑う。


「きっと今ごろ、いちゃついてるんじゃねえ、ってみんなに文句を言われてるかも」

「ふふ、そうだと嬉しいな」


 私とルーカス王子が笑い合っていると、突然背後から……


「いちゃついてるんじゃねえ!」

「わあっ!!」


 ノルンちゃんだった。


「もう! ノルンちゃん、驚かせないでよ!!」

「ここが例の場所ね。彼らが安らかに眠れるように、私にも祈らせてもらってもいいかしら?」

「はい、ノルン様。ぜひよろしくお願いします」

「……ニイットーも少しは反省しているみたいよ。取り返しのつかないことだから、一生反省して、恥じぬように生きなさいって言っておいたけど」


 ノルンちゃんは、聖地巡礼なんて不謹慎なことは一切言わず、聖女の祈りを捧げてくれた。


 キラキラと輝く光が、シャワーのように降り注ぎ、ノルンちゃんの祈りに応えるように、木々や草花、風までもが、さわさわと囁くように揺れる。

 その光景は、一瞬たりとも目が離せないくらい、とても美しかった。


「ノルン様、ありがとうございます」

「ルーカス王子のためにやったわけではないわ。一応これでも聖女だから、当然のことをしたまでよ」

「ノルンちゃん、本物の聖女様みたいだったよ」

「もうっ、本物の聖女だから!!」


 そして、私たちはルーカス王子の案内の元、チェスター王国へと向かった。


 魔境の森を抜けると、私たちの行手を遮るように、見上げるほど高い壁が聳え立っていた。

 チェスター王国内へと通じる国境門には、武装した警備兵が数えきれないほど立っている。


 チェスター王国は、まるで要塞のようだった……


 私は言葉を失った。


 のびのびとした環境で育ってきた私は、ロバーツ王国とチェスター王国の国風の違いに、圧倒されたのだ。


「サフィー、びっくりした?」


 唖然とする私のことを、ルーカス王子が心配してくれる。


「う、うん。あまりにもロバーツ王国と違くて……」


 ちなみにロバーツ王国側の魔境の森の出入口(コックス村の近く)には、警備兵は二人だけだった。一応、出入国のチェックはあった。


「ノルンちゃんは、あまり驚いてないみたいね?」

「ええ、まあ、前世の記憶を思い出した時に、国内と国外の情勢くらいはザッと調べたからね」

「さすがね。私が前世の記憶を思い出した時は何してただろう? あ! ラズ兄様とお買い物だわ!」


 その瞬間、ノルンちゃんからの羨ましげな視線を感じた。


(そのおかげで、スケ服回避したんだからね!)


「これは、魔境の森から魔物が来ないように、高い壁を作っているんだよ」

「本当にいつ来ても、この壁は気に食わないわね。いっそのこと今から壊す? サフィーちゃんとノルンちゃんの入国記念に」


 私とノルンちゃんは思いっきり頭を左右に振った。


(そんなこと、本当にやめて欲しい、本当にやりそうで怖い、間違いなくできてしまうから……)


 本当は、魔境の森に住む魔物とは違う存在に対する対策なのでは……と勘ぐってしまう。


 そして、いざチェスター王国に入国!!

 そこには……


 不自然な落とし穴が点在した、異様な光景が広がっていた。


「どうしてだろう、こういう落とし穴に見覚えが……?」

「俺も、以前訪れた時は『昔々、この地で大きな地盤沈下があった、らしい……』と聞いていて、信じていたんだけど、でも、これって……」


 私とルーカス王子の視線の先は同じだった。


「あら! ちょうどいい穴ね。まるで誰かがナイスインしたみたいだわ。うまく利用すれば一大観光地になりそうじゃない! って昔にもそんなことを言った記憶が……うーん? 記憶喪失かしら? まあ、いいわ、ちょうどフロランドの温泉とは違う効能の温泉にも入りたいと思っていたのよね!」


 やっぱり、犯人はここにいた。





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