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ノルンちゃんとのお茶会

「ノルンちゃんいらっしゃい! ……って、どうしたの? ずいぶんとお疲れね?」


 いつもは可愛らしい笑顔のノルンちゃんが、今日はとても疲れている様子。ゲームが終わったから、ヒロインとしての輝きがなくなった……わけではないはず。


「すべてあの筋肉達磨のせいよ!」


 筋肉達磨とはマリリンさんのことだ。

 ラズ兄様を追いかけて一緒に冒険に出掛けようと思ったら、冒険者ギルドへの登録が済んでいないことをマリリンさんに指摘されたらしい。


「ノルンちゃんの実力なら、他のギルドで簡単に登録できるでしょ? それに試験のないギルドもあるみたいよ?」


 ロバーツ王国の冒険者ギルドは、マリリンさんがギルドマスターを務める王都のほか、支部が何か所かある。

 王都にある冒険者ギルドは、試験制を導入していて、指定された試験官と模擬試合を行って勝たなければ、登録できない狭き門だ。


 なんでも、地方でギルド登録する人が減ってしまうので、地方のギルドを活性化させるための対策なんだとか。

 地方の支部で登録した冒険者は一定期間その支部で冒険者ランクを上げたり、貢献してからでないと、冒険者として活動してはいけない決まりがあるという。

 

 ちなみに、すぐに冒険者として旅に出たかったお母様とラズ兄様は、王都の冒険者ギルドで登録を済ませている。


「どうして私の時だけ、いつもあの筋肉達磨が試験官なのよ!!」

「きっとマリリンさんの優しさよ。ノルンちゃんは聖女様だし、冒険は危険がいっぱいだから、マリリンさんを倒すくらいの強さがなきゃ、生きていけないってことでしょ?」


 でも本当は、わざとラズ兄様を追いかけさせないために、マリリンさん自らが試験官に名乗り出ているということを、私は知っている。


(よし、ここは秘技、話題転換の術を使おう!)


「そういえば、ノルンちゃんは相変わらずニイットー王子から求婚されているのよね?」


 ニイットー王子は留学が終わったため、チェスター王国に連れ戻……帰った。

 そして、留学前と留学後のあまりの別人具合に、話題騒然となっているそうだ。


「まあ、そうね。うざいくらい手紙が来るわ。サフィーちゃんのことも書いてあったわよ? 今度チェスター王国に行くんだって?」

「……そうなんだけど」

「今度は何に対して、うじうじと悩んでいるの?」

「やっぱりさ、ヒロインじゃないのに、いいのかな? って思っちゃって」

「そんなこと? サフィーちゃんは確かに悪役令嬢としての役割も果たしたけれど、見事にヒロインとしての役割も果たしていたじゃない」

「え? ヒロインとしての役割って? いや、役割も何も、ヒロインはノルンちゃんでしょ?」

「あら? やっぱり気付いてなかったの? そうよね。ゲーム自体はやってないんだものね。今さらながら、ルーカス王子の詳細を教えてあげよう!」


(本当に今さらだ。というか、聞いてないのはイチャラブシーンくらいだと思うけど? イチャラブシーンなんて、今さら聞きたくもないわよ)


 私の返事を待たずして、ノルンちゃんは説明を始めた。


「まず、出会いのイベントは階段落ち」

「階段落ち、とかいうとコントみたいね」


(あれ? そういえば私、柔らかい壁にぶつかって階段から落ちそうになった時に、ルーカス王子(当時ジェイド)に抱きとめてもらったわ。私が危険な目に遇いそうになると、颯爽と助けてくれるのよね。本当に物語の王子様のようだわ)


 きっと今の私はへらへらと、締まりのない顔をしているのだろう。ノルンちゃんが、とても呆れた顔をしているではないか。


「思い当たることがあるようね? 図書室での勉強デートは、一緒に勉強してたからイベントをこなしたとカウントしてもいいでしょ。過去のトラウマは、間違いなくサフィーちゃんが回避したでしょ?」

「うん。アオのおかげだけどね!」


 ちなみにアオは、ルーカス王子と一緒に行かないで、私のそばにいてくれている。

 アオまでいなくなっちゃったら、寂しすぎるから、残ってくれて嬉しい。


「でもさ、イチャラブシーンはノルンちゃんがやってたじゃない? 卒業の数日前に、すぐそこで二人で抱き合ってたでしょ?」


 私とアオが、コックス村に遊びに行った日の夕方、ノルンちゃんがルーカス王子(当時ジェイド)と抱き合っているのを、私は二階の廊下から見てしまった。


(思い出しただけでも、うぅっ、辛い……)


「はあ? 何言ってるの? 抱き合うだけでイチャラブなんて、サフィーちゃんはどれだけお子ちゃまなの? それに普通に考えて、よそ様の家でイチャラブなんてする?」

「普通は、しないかな?」


(でもノルンちゃんだし……)


と思っていたら、ノルンちゃんに思いっきり睨まれた。


「本当のイチャラブシーンは、魔法がまだ使えていなかったルーカス王子のために、ヒロインが命懸けで、魔法が使えるように仕向けるの」

「?」


 ノルンちゃんが何を言いたいのが分からずに、私はキョトンとしてしまった。


「ヒロインが、校舎の三階から飛び下りるの。『私はあなたが絶対に魔法が使えるって信じてる。だから、私を魔法で受け止めて』って、命掛けの紐なしバンジージャンプをするのよ。私はルーカス王子のために自分の命を捧げられないわ。そのおかげで、ルーカス王子は魔法が使えるようになって、過去のトラウマの一因でもある『魔法が使えない』ということが解消されるのよ」

「それが私と何の関係があるの? それに、さり気なく『紐なしバンジージャンプ』とか、ノルンちゃんはちょいちょいふざけるよね?」

「まだ気付かないの? サフィーちゃん、魔法無効化の結界が張られている体育祭で、ルーカス王子(当時ジェイド)なら、魔法を使って助けてくれるって信じて飛び下りたでしょ? そのあとは、抱き合い見つめ合ってからのイチャラブに突入するんだけど、まあ、サフィーちゃんは気絶しちゃってたから、未遂? かどうかはルーカス王子(当時ジェイド)のみぞ知るってとこね」

「……!?」


 そうだった。体育祭は本来なら魔法が使えない日。それなのに、私はルーカス王子(当時ジェイド)を信じて飛び下りた。

 あの時は命懸けというか、私の命が本当に危うかったんだけれど。


(そう考えてみると、乙女ゲームと条件は一緒だったのね……)


 全てを理解した途端、みるみるうちに、私の顔が赤くなっていくのを感じた。


「最後のエンディングのプロポーズイベントは、月が綺麗に輝く素敵な庭園で……もうこれ以上は教える必要はなさそうね」


(嘘っ!? まさかのエンディングのプロポーズイベントまで!?)


 恥ずかしすぎて、私は全身茹で蛸状態だ。


「だから、サフィーちゃんがルーカス王子を攻略したのよ。あおいちゃんの時から考えると、全員攻略できたってことね! サフィーちゃん、あおいちゃんの夢を叶えてくれてありがとう」


 優しく微笑みながら「ありがとう」と言ってくれたノルンちゃんは間違いなく“あおいのお姉ちゃん”としての「ありがとう」だった。


「ありがとう、は私のセリフよ……最後まで見守ってくれて本当にありがとう」


 私の目からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出して止まらなくなっていた。

 

「最後まで? ……って言われるとまだ途中よね? だって、まだ結婚していないもの。あおいちゃんの夢は『結婚がしたい』だものね。今度チェスター王国に行くのよね? 私も一緒について行こうかしら? サフィーちゃんの専属メイドとして!」

「え?」


 私の涙が一気に吹っ飛んだ。


 今の私にはまだ専属メイドはいない。何となく、ミリーの代わりを選ぶことを決めかねているからだ。


 ミリーのことは、屋敷内では良く見かける。けれど、ミリー自身も魔術の勉強を始めたみたいで、あまりゆっくりと会えていない。


 少しだけセンチメンタルな気分になりかけている私のことは、全く気にすることなく、ノルンちゃんは話を続ける。


「だって、チェスター王国の王城に行くんでしょ? 面白そうじゃない。もしかしたら、道中ラズライト様に会えるかもしれないし」


 道中で、ラズ兄様に会うなんて、どれだけの確率だと思っているのだろうか? ほぼゼロに近いはずだ。


「あら、いいわね! 敵地に行くには戦力は多い方がいいわ!」


 そう言いながらサロンに飛び込んできたのは、お母様だ。


(今回は、いつから話を聞いてたのかしら?)


「敵地って、そんな物騒なことを言わないでください。それに、敵地どころか、お母様のお友達のお家じゃないですか?」

「サフィーちゃん、あそこは敵地よ。気楽な気持ちで足を踏み入れたら、サフィーちゃんじゃ、いいように囲われて、もう二度と帰って来れないわ。王城で肩身の狭い思いをしながら暮らすよりも、ルーカス王子に、オルティス侯爵家から通ってもらった方がいいでしょ?」


 お母様が言いたいことを直訳すると「ルーカス王子にマ○オさんになってもらいたいでしょ?」ということだ。


 王族の人間と結婚するのは許すけど、家には残って欲しい、というのがお母様の譲歩案だった。それを可能にするのが、実は魔術による転移術。

 ただ、チェスター王国も魔術を禁忌としている国なので、まだ実現の目処が立っていない。

 もちろん王子自らが、その禁忌を破ってはいけないからだ。


「そうなれば、私も嬉しいですけど……」


 それに、以前マリリンさんからお母様の話を聞いて、できる限り(実は寂しがり屋の)お母様のそばにいたいって思っている。


 王子と結婚するのに何言ってるんだって、自分でも甘いことを言っているのは、十分に分かっている。

 けれど、隣国のアウェーの地で四六時中過ごすのは正直辛いし、息抜きも欲しい。

 もちろん、やらなければいけないことや与えられたお仕事は全力でこなすし、それに密かにやりたいこともある。


「そのことも含めて、色々と敵地で話さなきゃいけないから、ノルンちゃんが一緒に来てくれると嬉しいわ!」

「はい! お義母さ……スーフェ様の頼みなら、なんなりと! メイドとしても十分役に立つはずですよ? 私、前世では、医師としての勉強の一環で、本気で介護の勉強もしましたから」


(介護って、侍女やメイドとは程遠くないかしら? 着替えをさせたり、お風呂のお手伝いをしたり……あれ?)


「そうなの? あら、もしかしてノルンちゃんがいてくれれば、老後も安泰ってことなのかしら?」


 ノルンちゃんはラズ兄様に直接アプローチできないせいか、外堀から埋め始めるようだ。


(さすが、優秀な策士)


 ということで、みんなでチェスター王国に行くことになった。


(絶対に、一波乱ありそうな旅だわ……)





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