チェスター王国:ルーカス王子が行方不明になった日の出来事
本編21〜25話の裏話
【SIDE】 チェスター王国宰相
「なに!? ルーカス王子の乗っていた馬車が魔物に襲われた、だと!?」
チェスター王国に、たった今「魔物意見交換会に出席していたルーカス王子の乗った馬車が襲われた」との緊急の連絡が入った。
あわせて「ルーカス王子の姿がどこにも見当たらない」という報告も。
「ルーカス兄様ぁあぁぁぁ! 俺のせいだぁぁぁ!!」
ルーカス王子の異母弟である第三王子のニイットー王子が泣き叫びながら、玉座の間を飛び出して行った。
別人のように変わられたニイットー王子については思うところが多々あるが、それはさておき、馬車が見つかった経緯はこうだ。
魔境の森に入る者は、昼頃に管理棟に着くように森に入るのが一般的だ。
そうすれば、管理棟で少し休んで、夕刻にはロバーツ王国のコックス村に到着することが可能だからだ。逆も然り。
朝、チェスター王国の辺境の村を出た旅人が、管理棟に向かう道中で、魔物に襲われたであろう馬車を見つけた。
そして、そのまま管理棟に向かい、管理棟の者に「馬車が襲われていた」と連絡をした。
管理棟の者が見に行ったら……あろうことか、ルーカス王子が乗っていた馬車だったことが判明したのだ。
すぐさま、捜索隊を派遣しようとした。すると……
突如、その場に現れたのはケール王妃陛下のお友達のケルベロスー様だ。
ケルベロスー様が現れた瞬間の国王陛下のお顔が、それはもう地獄を見てしまったというようなお顔だった。
(さすが、地獄の番犬)
王妃陛下がケルベロスー様の持ってきた手紙を読み始めた。一通り読み終えると、今度は国王陛下とこそこそと話し始めた。
「したいようにやれ」
国王陛下はただ一言、王妃陛下にそう呟いた。すると、王妃陛下が口を開いた。
「ルーカスは見つかったわ。無事だから安心して。だからルーカスの捜索はしなくていいわ。けれど、護衛騎士と馬車の対応は引き続きお願い。護衛騎士の関係は私も対応するわ。その前にちょっと確かめに行ってくるわね」
王妃陛下はそう言い残して、少し席を外す旨をみなの者に告げた。
国王陛下に至っては、ケルベロスー様が現れてから、ずっと胃のあたりを押さえながら、顔を歪めている。
「魔王以上とは関わりたくない……まあ、王妃はルーカスを魔王以上の娘と結婚させたがっていたからな。それは結婚前から散々言っていたことだし、覚悟はしていたが……あぁ、嫌だ、アイツにだけには関わりたくない、胃が……」
(魔王以上って、アイツか……)
私は即座に国王陛下の心中を察した。私もアイツには関わりたくない。そこで私は気が付いた。
「もしかして、ルーカス王子を国政に関わらせないのはそのためでしたか? 失礼ながら、てっきり、魔法が使えないから、冷たくされておられるのかと思っておりました」
「お前もまだまだだな。魔法の点で言えば、ルーカスが一番王妃の血を受け継いでいる。ただ、人の上に立つには少々真面目すぎる。……まぁ、アイツとの繋がりができれば、我が国はアイツに滅ぼされる心配はなくなるな。あとはアイツの娘をどう味方につけるか。ルーカスに頑張ってもらうしかないな。よし! ルーカスは他国に長期留学していることにしよう」
******
【SIDE】 ケール
私はすぐに自分の部屋へと向かった。部屋に着くと、すぐに侍女たちを部屋の外へと下がらせた。
それを見計らったかのように、私の部屋にこっそりと隠してある秘密のドアから突然現れたのは……
「どこでもモン〜♫」
(この人は本当に……)
私は呆れて言葉を失いそうになった。
「相変わらず、スーフェには緊張感の欠片もないのね」
「あら! ケール、この前はおいしいかぼちゃをどうもありがとう。今から可愛い可愛いルーカス王子の魔法の初披露会をやるから、迎えに来たわ」
「え? ルーカスが魔法を使えるようになったの?」
「ふふふ、光魔法はまだ魔力が足らないみたいだけどね。今ちょうどみんなで庭園に向かっていたところなのよ。『ちょっと忘れ物をしちゃったから先に行ってて』と言って、こっちに来てるんだから、早く行きましょう」
スーフェに連れられ、どこでもモンという、ふざけた名前のドアに入り、隣国ロバーツ王国のコックス村にあるオルティス侯爵家の別邸に着いた。
「このドアは、本当に便利すぎるわ」
「ドアじゃない、モンよ!!」
必死に弁解をするスーフェを尻目に、私はルーカスに見つからないように、影からこっそりと庭園を眺めた。
そこには、間違いなく私の大切な息子のルーカスと隣には可愛らしいスーフェの娘のサフィーちゃん、そして、もふもふがいた。
「あら? もふもふ? 新顔? 聞いてないわ!!」
(本当は、今すぐルーカスのことを抱きしめてあげたいけれど、今は我慢だわ。あのもふもふを、一刻も早く抱きしめてもふもふしたいけれど、こちらも我慢……我慢)
そして、ルーカスが庭園で、初めて魔法を使った。
花壇の花びらが物の見事に舞い上がり、その光景はとても美しかった。
「あんなに喜んで、本当によかったわね」
ルーカスの、あれほどまでに無垢な笑顔を見たのはいつぶりだろうか?
未来の国王となる兄を支えると、影ながら努力をしていたことを、私は知っている。
今まで、ルーカスに影の婚約者の存在を伝えたことはなかった。
影の婚約者との婚姻の条件は『絶対に娘を王族になんて嫁がせたくないから、王族という身分を捨てること』だったから。
兄を支えると心に決めていたルーカスに、その決意を蔑ろにするようなことを、言えるはずがなかった。今までの頑張りを否定することにもなりかねないから。
でも、今のルーカスは王族という身分を捨ててでも、自分の力で自分の新しい運命を切り開こうとしている。
「まだまだ子供だと思っていたのに……」
スーフェがルーカスとサフィーちゃんから離れ、こっそりと私の元へと近づいてきた。
「ルーカスを、どうかよろしくお願いします」
私はスーフェに頭を下げた。
離れるのは辛い、けれど、心から幸せであってほしい。
自分の息子の笑顔を守るため、私は影ながら全力でサポートしようと決めたのだ。
成長しても、どこに行っても、いつまでも私の息子であることに変わりはないのだから。
「私はスパルタで放置主義よ? 王族だからって特別扱いは絶対にしないわよ?」
「ええ、わかっているわ。面白ければなんでも良くて、そしてなんだかんだ言っても面倒見がいいってことも」
一緒に旅をしたスーフェの性格は、よく知っている。スーフェになら息子を託せると、心からそう思える。
そして、私は自分の短剣をスーフェに託した。
(離れていても、ルーカスのことを見守っているわ)
伝えられない思いを込めて。
「さすがに、今これを渡すとおかしいと思われるから、時期を見てルーカス王子に渡すわね」
「もしかして、まだ言ってないの?」
自分が巷で噂の『伝説の冒険者』だと。転移術どころか転移魔法も使えることを。
それを知る者は、冒険者仕様のスーフェにだけは絶対に喧嘩を売らない。チェスター王国でも、ロバーツ王国でも、それは周知の事実だ。
喧嘩を売ったら倍返しどころか、国が滅ぶから。やろうと思えば、国王の首を掻っ切るなんて、一瞬で終わるから。
「ふふふ、ラズにも今度会ってあげてね。最近すごく生意気だから、剣の稽古でも付き合ってあげて」
「もう、私も若くないんだから。ラズと戦っても負けちゃうかもしれないわよ?」
「大丈夫、大丈夫、ケール以上に強いやつなんていないって! いつでもケルベロスーちゃんで連絡をくれれば、どこでもモンを開くから言ってね。あ! ルーカス王子、ジェイドって名前に決めたみたいよ。翡翠色の瞳から名付けたのね。真っ直ぐで澄んだ綺麗な瞳をしているわ。まるで私と一緒ね」
「そこは、お世辞でも私と一緒って言うところでしょ!」
私は遠くからルーカスを見守る選択をした。
(ルーカスに何があったかの報告は、逐一、交換日記に書かれているけどね)