スーフェ&ルべ:アンデッド討伐
本編20話、サファイアが11歳の秋、イーサンが初めてアンデッドを召喚したものの逃してしまった際に、スーフェ&ルべが暗躍していたお話。
【SIDE】 ルべ
俺は以前、魔を司る立場にいたことから、特異な魔物の気配には敏感だった。召喚を要するアンデッドの気配には特に。
だからこの時も、その気配を察知することは容易だった。
「……」
俺の魂を共存させてくれているラズライトは、すでに深い眠りについていた。
ラズ本人の魂が眠っている時だけは、こっそりと身体を使わせてもらうことがある。ただ、うまくやらないと、ラズの日常に支障が出てしまうけど。
「……仕方ない、行くか」
俺はベッドから起き上がるなり、黒猫に姿を変え、部屋を飛び出した。黒猫姿の方が、体力の消耗が少なく、身軽だからだ。
動きがあったことをスーフェに伝えるために、スーフェの部屋に向かおうとした。
「言わなくてもそのうち気付くか。それよりも、邪魔なのが付いてきたな」
迂闊にも、部屋から出て廊下を走っているところを、サフィーに見つかってしまった。
すぐに転移魔法で転移してもいいが、できるだけサフィーを驚かせたくない。
きっと、この頃にはすでに、俺もラズの『サファイア大好き病』に感染しつつあったのだろう。
屋敷から中庭に出たところで、うまくサフィーを巻くことができた。
俺はサフィーが付けてきていないことを確認し、アンデッドの気配のする方へと転移した。
******
【SIDE】 スーフェ
「サフィーちゃんがこんな遅くに出歩くなんて珍しいわね? かぼちゃのおばけを一生懸命作っていたようだから、きっとラズを驚かそうとしているのね。ふふふ、面白そう」
サフィーちゃんがラズの部屋に向かおうとしている気配を察知し、面白そうなことをしようとしているサフィーちゃんに便乗しようと、ラズの部屋へと向かった。
けれど途中で、サフィーちゃんがラズの部屋から遠ざかり、ラズも部屋の中にはいないということがすぐに感じ取れた。
案の定、ラズの部屋に行く途中の廊下に、かぼちゃのおばけの被り物が落ちているのを見つけた。
だから、何となく察した。ラズの魔力じゃなくて、ルべの魔力が動いていたから。
私はかぼちゃのおばけを被り、まずはサフィーちゃんを探すことにした。
(どうしてわざわざ、かぼちゃのお化けを被ったかって? せっかくだから、驚く顔が見たいじゃない!)
それに、怖がりなサフィーちゃんなら、少し驚かせれば、すぐに部屋に帰りたいって思うはずだから。
案の定、サフィーちゃんを驚かせた時の反応が、あまりにも予想通りすぎて、とても可愛かった。
(ふふふ、さすが私の娘ね!)
そして、その時に「黒猫ちゃんを見た」とサフィーちゃんから聞いた。
(サフィーちゃんに姿を見られるなんて、ルべもまだまだ『詰め』が甘いわね)
私はルベの気配を探った。長年連れ添った相棒の気配は、どこにいても何となく分かる。
私は急いで着替えて、サフィーちゃんが部屋に戻ったことが確認でき次第、ルべのいる場所へと転移した。
そこには……
「うぇっ、何なの? これ……」
転移した瞬間、私の視界に入ったのは、獣の姿にもなりきれていない、黒いドロドロとした物体だった。
「アンデッドだ。スーフェは見たことなかったのか?」
「いや、ある……わ? だいたいケールに任せていたから、じっくりと見るのは初めてかも。ルべ、どうにかできる?」
今まではケール様様だった。
それにあの頃は、ルべと従魔契約をしていたから、できる限り、光属性魔法と聖属性魔法には手を出さないようにしていた。
「一応、こいつらも闇属性だからな。正直、俺の出番ではない」
「私もいやよ。か弱い女子だもの。怖くてできないわ〜」
「……」
(ルべめ、ジトリとした冷めた視線を私に向けてくるなんて!! 最近、ラズに影響されすぎて、サフィーちゃんを溺愛し始めて、私のことを蔑ろにしすぎよ!)
「はいはい、分かったわよ。こんなことなら光魔法なんて出来るようになるんじゃなかったわ。今ここで『どこでもモン』を使ってケールを呼ぶことは……得策ではないみたいだし」
「あぁ、やつがいる」
まだ遠いけど、イーサンの気配があるのが分かった。おそらく、アンデッドを召喚できたのはいいけれど、逃げられたのだろう。
まあ、逃げられなくても、彼にはアンデッドを倒す術などないはずだから、野放しにするしかないのだけれど。
(やるなら最後まで責任取りなさいっての!)
「仕方ない。こんな時のために用意しておいた、とっておきの秘密の道具を出すわ!」
私は「ふふふ」と笑みをこぼしながら、チラリとルべを見た。
「嫌な予感しかしない……」
そして、私が取り出したのは……
「テレレレッテレー♫ 光の猫の手!」
「最悪っ……」
「ルべ、前足を出して。はい装着」
スポッと、猫の姿のルべに装着させたのは、猫の前足を形どった装着型の武器だ。
光属性魔法を込めると爪の一本一本が光の剣と同じ威力を持つ様にと、本来爪があるべき部分に光属性魔法を通す媒体を埋め込むという、細工を施してある。
鍛冶屋さんにお願いして作ってもらった特注品だ。
一 にモフモフ
二 に肉球ぷにぷに
三 に機能性
を追求した、可愛さ重視のルべ専用の武器だ。
「ふふふ、『詰め』が甘かったあなたに、新しい『爪』を用意してあげたのよ」
「スーフェ、お前、俺が光魔法を嫌いなこと、知ってるよな?」
「えぇ、聖魔法もね」
私と一緒に冒険していた頃のルべは、光属性魔法と聖属性魔法が嫌いだった。それは、ルべが闇属性魔法を主としていたから。
闇属性魔法の魔力を心地よく感じる代わりに、光属性魔法と聖属性魔法に嫌悪感を覚えていた。
それが、ルベと従魔契約をしている私が、光属性魔法と聖属性魔法に手を出さなかった理由。
だから、ルべはベロニカとケールのことも最初は苦手だった。ただ、あの二人はあの性格だから、全くお構いなしだったけれど。
でも、不思議なことに次第に慣れてくるみたい。
(今も反射的に避ける癖が出る時があるのを、私は知っているけどね)
「大丈夫! この手袋部分は魔法が絶縁される仕組みになっているから、光魔法を通さないわ。今から、爪部分に光魔法の魔力を込めるから、それで引っ掻いてきて」
「……やっぱり俺が行くのか?」
「私が行くわけないでしょ? あんなのと戦いたくないわ」
「……はいはい」
ルべは、わざとらしく「はぁっ」とため息をついた。諦めたようだ。
ルべが装着した光の猫の手の爪部分に私が魔力を込める。
「失敗した、一本一本に魔力を通すのが面倒だわ。可愛さを重視したのがいけなかったのかしら? でも可愛いは重要よね。この肉球のぷにぷに具合とか最高! いい仕事してくれたわ〜」
何とか魔力を込め終えると、見事に光の猫の手が完成形が姿を現した。
装着した光の猫の手の爪先には、鋭い爪の様な形をした青白い五本の光芒が輝いている。
「猫の手に猫の手袋って可愛いわね」
ルべの前足を見つめて、しみじみと愛でていると、ルべはぶっきら棒に私に言ってきた。
「お前のことを引っ掻いてやろうか?」
「それで私が死んだら、あんたが死ぬのよ?」
私の胸元には、大切な宝物……ルべがくれた身代わりの石の付いたネックレスが輝いている。
「ふふふ」「ははは」
私たちはお互いに、乾いた声で笑いあった。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行ってきて」
「はいはい」
「きちんと『猫パーンチ』って決め台詞も言うのよ!! ん? パンチではないか?」
そして、ルべによる『猫の引っ掻き攻撃』でアンデッドは見事に消滅した。
「さあ、私たちもイーサンに正体を気付かれる前に帰るわよ。これからのことをベロニカにも相談して、少し考え直さなきゃ」
「もうこの手袋は捨てていいか? 歩き辛い」
「可愛いからだめよ! なんなら抱っこしてあげるわよ?」
「……」
「ちょっと、本気にしないでよ!!……いや、今日くらいは、ルベの心を……」
「!?」
ルベは私を置いて、逃げるように転移した。
「ルベったら、恥ずかしがっちゃって!」