エピローグ
私はその日、夢を見た。
前世の『最期の記憶』の夢を。
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私の大好きな乙女ゲーム。
このエンディングが終われば、ずっと、ずーっと楽しみにしていた隠しルートがやっと開く!
でも、今日はもう終わりにしなきゃ。
新しい攻略対象者は隣の国の王子様だから、絶対に格好良いに違いないもの。
そんな王子様の姿を見てしまったら、きっと興奮しすぎて眠れなくなるに違いないわ!
だから、エンディングが終わって隠しルートが開いても、王子様の姿を見ないようにしながら、ゲームを閉じて、私は眠りについた。
「目が覚めたら……!」
そう願いながら、長い長い眠りについた……
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「ルーカス王子、私ね、久しぶりに前世の記憶の夢を見たわ。私の死ぬ直前の夢」
「!?」
自分の言葉の内容とは似つかわしくないくらいの満面の笑みで、ルーカス王子に告げた。
今日もまた、私たちは転移の魔術陣を使い、コックス村の別邸に来ている。本邸も王都の別邸も、誰が盗み聞きしているか分からないから。
(時には逃げることも大切だもの!)
そして、そんなルーカス王子は、慣れた手つきで私のティーカップに紅茶を注いでくれている。
(ふふ、第二王子自らが紅茶を淹れてくれるなんて贅沢だわ)
ただ、たった今、いつもなら溢すはずのない紅茶を、少しだけ溢してしまったけれど。
「ふふ、心配しなくても平気よ。それにね……」
予想通りの反応に、してやったり感のある私は、ルーカス王子をちらりと見上げて、言葉を続けた。
「前世の私が一番最期に願ったことって、何だと思う?」
「えっと、もふもふしたい? ですか?」
おそらく、ルーカス王子の視界には、私の横でスヤスヤと寝息を立てて丸くなって眠っている、アオの姿が目に入ったのだろう。
「うーん、確かにもふもふは正義!! でもさすがに違うわ。答えはね」
私は立ち上がり、ルーカス王子をぎゅっと抱きしめた。
「隣の国の王子様と素敵な恋ができるわ!」
前世の私は、死ぬ直前までマジ恋の乙女ゲームのことを考えていた。
しかも、隠しルートが開かれたことで、頭の中は隠しルートの攻略対象者である隣国の王子様、まだ見ぬルーカス王子との、新しい恋を思い描いていた。
「では、これから前世のやりたいことリストに書かれた、最後の願いを一緒に叶えに行きませんか?」
「やりたいことリストの最後の願い? きゃっ!」
ルーカス王子は嬉しそうにそう告げると、私を優しく横向きに抱き上げ、お姫様抱っこの状態で歩き始めた。
(どこに行くのかしら? それにしても、やりたいことリスト?)
私がノートに書いた「5つ目のやりたいこと」を思い出した。
「!?」
ぶんぶんと勢いよく頭を左右に振って、大きな声を上げた。
「もう叶えてもらったから大丈夫よ!? 見事に華々しく散ったじゃない! 断罪イベントなんて、もう二度とやりたくないわ!!」
(せっかく抗えないと思っていた破滅エンドを回避したのに、どうして自ら、再びその道を選ばなきゃいけないの!?)
焦り戸惑っていると、ルーカス王子は何やら私に見えないように、顔を背けて笑いを堪えている。おそらく、今度は私が予想通りの反応をしたのだろう。
「前世の、ですよ? 前世のやりたいことリストの5つ目の願い事を、俺に叶えさせていただけませんか?」
ルーカス王子に言われた私は、記憶を呼び起こす。
(確かに“華々しく散る”という願いは、前世の記憶を思い出した後に新しく書いたものだわ。前世の、……ってもしかして!?)
この願いは、今世では一度も口に出してはいない。それなのに、
(前世の願いをどうしてルーカス王子が知ってるの!?)
「えっ、どうして知ってるの?」
「秘密、です」
「もう、ジェイドの意地悪!! あっ……」
思わずジェイドと呼んでしまい、えへへ、と愛想笑いで誤魔化すと、ルーカス王子も優しく微笑んでくれる。
「ジェイドでもルーカスでも、俺は俺、ですよ?」
「ふふ、そうね。ルーカス王子の言葉遣いもジェイドの時のままだしね。早くサフィーって呼んで欲しいな」
「……すぐには変えられませんよ」
すると、私とルーカス王子は庭園についた。ゆっくりと私を地面に下ろしてくれ、私たちは向かい合わせに立った。
次の瞬間、ルーカス王子が跪くのと同時に、辺り一面に優しい風が吹き、庭園の花々が空高く宙を舞う。
「サファイア・オルティス様、私、ルーカス・ヴァン・チェスターの名において、あなたの前世も含めて、あなたの全てを愛します。どうか私と“また”恋をして、結婚していただけませんか?」
私の前世の5つ目の願い事、それは「結婚したい」ということ。
それは、その夢を描いた当時の私、15歳の私では叶えることのできなかった夢ーーせめて結婚できる年まで生きたい、と願った夢だった。
「はい、喜んで。夢みたい……長い長い夢を見てるみたいだわ」
「ただの夢なら、いつかはきっと覚めてしまうけど、サフィーの“願う夢”なら、俺が必ず叶えてみせるよ」
ルーカス王子は少しだけ照れながら、そう私に告げた。
その翡翠色の瞳には、昨日までと同じように私を映し出してくれている。
(もうすでに、私の願い事を叶えてくれているわ)
そう心の中で呟く私を、ルーカス王子が優しく抱きしめてくれた。
「ふふ、サフィーって呼んでくれたね。そんな優しいことを言われちゃうと、私きっと我儘になっちゃうよ?」
「もちろん全て叶えるよ。ジェイドの時からずっと、サフィーの可愛い我儘をたくさん叶えたいと思っていたのだから」
「では、これからもルーカス王子の隣に居させてください。翡翠色の優しい瞳に、ずっと私が映っていられるように。ルーカス王子と素敵な恋がしたいです!」
空高く舞った花々が、私とルーカス王子を祝福するかのように華々しく舞い散り、優しい風とともに私たちを包み込む。
前世の私が目にすることが叶わなかった、ルーカス王子ルートのエンディングスチル、とびきり美しい一枚絵のように。
最後までお読みくださり本当にありがとうございました。ブクマ、★評価、感想をくれた方々、感謝しております。とても執筆の励みになりました。
拙作にも関わらずたくさんの方々にお読みいただけたことをとても嬉しく思っています。