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夜の庭園で

ーーーーカツン


 またこの音を聞くことができる日が来るなんて、夢にも思わなかった。私はすぐに窓を開けて、窓の下を覗いて叫んだ。


「ジェイド!」

「サフィーお嬢様、お迎えにあがりました。お疲れではないですか?」

「うん、大丈夫よ。飛び下りてもいい?」

「もちろんです、いつでもどうぞ」


 ジェイドが大きく手を広げ、私を待ち構えてくれる。私は勢いよく窓からジャンプして、ジェイドの元へと飛び下りた。


 ジェイドの風魔法が私をふわりと浮かせてくれ、ゆっくりとジェイドの腕に包み込まれる。


「ふふ、私、また空を飛べたわ」


 ジェイドは「はい」と優しい笑顔で答えながら、私をお姫様抱っこで庭園まで連れていってくれる。

 今までと同じ、だけど、今日は特別。


 ベンチに座ると、私をジェイドの膝の上に座らせ、そのまま私のことを優しく抱きしめてくれた。


 膝の上に座ることは今までも何度もあったから、少しだけ慣れてきた。けれど、抱きしめられるとなると話は違う。もちろん私の鼓動は早鐘を打ちはじめる。


 その音がジェイドにも聞こえているかもしれないと思うと、さらに恥ずかしくなり、少しだけ抵抗するも、私を抱きしめる力は弱まることを知らない。


 観念して、ジェイドに身を委ねると、ジェイドは満足そうに微笑みながら、話し始めた。


「こうして、イマを迎えられて、俺は本当に幸せです」

「私もよ」

「無事に卒業できて、本当によかったです」

「ふふ、無事に断罪イベントを終えることができるなんて思ってもみなかったわ。おかしな話だけど、素敵な断罪イベントだったな」

「はい。みんなの愛情のこもった素敵な断罪イベントでした」


 断罪イベントが素敵だとか、愛情がこもっているとか、あり得ない話を私たちはしている。前世の記憶を思い出した時には、絶望さえ感じていたのに。


「サフィーお嬢様は、卒業パーティーの後ですが、お疲れではないですか?」

「うん、大丈夫! それに今日くらいは夜更かししたいもの。卒業パーティーも楽しかったね。もし、あの時本当に死んでいたら、卒業パーティーにも出られなかったのよね。本当にみんなのおかげ、感謝してもしきれないって、こういうことを言うのね」


 実は夕方から卒業パーティーが行われていた。もちろん私は出席できるとは思っていなかったから、何も用意はしていなかった。


 けれど、お母様とミリーが、ドレスやアクセサリーも全て用意してくれていた。それは、私にとても似合っていて、私の好みをよく把握したデザインだった。


 そして何より、ジェイドとお揃いのデザインで、少しだけ恥ずかしかったけれど、それ以上に嬉しかった。


 ジェイドとのお揃いは、ジェイミーちゃんとの姉妹コーデ以来だね、ってジェイドに言ったら、苦笑いされたけど。


 卒業パーティーのことを思い出しながら、ふふっと笑っていると、ジェイドが突然、真剣な顔をしはじめた。


「サフィーお嬢様、それで……」


(あ、なんか嫌な予感がする)


 だって、ジェイドの声色が、微かに低くなったのだから。


「本気でニイットーと俺を間違えたんですか?」

「いや、それは、その……ごめんなさい」


 私は素直に謝罪した。言い訳なんか通用しないことくらい、重々承知だ。


 ジェイドとニイットー王子を間違える日が来るなんて、私が破滅エンドを回避できたことくらい、絶対にあり得ないことだから。


「……お仕置きが必要ですね?」

「え? お仕置き? 痛いのは嫌よ!!」


 ジェイドから突然言われた“お仕置き”という言葉に、思わず狼狽えながら私がジェイドの顔を見ると、ジェイドはすかさず私の頬にキスをした。


「はい、お仕置きです」


 キスされた頬を両手で押さえながら、目をぱちくりしていると、ジェイドは悪戯な笑みを浮かべ、さらに私を追い詰める。


「物足りないですか? それとも、痛い方がお好みなんですか?」


 ジェイドはそう言いながら、私を抱き寄せ私の首すじを軽く甘噛みした。


「ひゃっ! だ、だ、だめ、ここでは絶対にだめよっ」


 ジェイドはくすくすと笑って、ゆっくりと私の身体を離し、私の目を見つめた。その翡翠色の瞳にはしっかりと私が映し出されている。


「“ここ”でなければ、いいんですね?」

「え?」

「では、行きましょう」

「いや、そうじゃなく……え? 行くってどこへ?」


 ジェイドは私のことを抱き抱えながら、立ち上がると、ゆっくりと庭園の中を歩き始めた。


 すると、庭園の一角でアオが待っていた。


『ジェイド、いつでも準備できてるよ』

「アオ? 準備って?」

『着いてからのお楽しみだよ』


 そこには、魔術陣が用意されていた。


「もしかして、転移の魔術陣?」

「はい、では行きますよ」


 私たちが転移した場所は、コックス村にあるオルティス侯爵家別邸の庭園だった。


 庭園には綺麗な花が咲いており、さらに色とりどりのイルミネーションで飾りつけられていた。


「うわぁ〜!!」


 とても綺麗で感動したことはもちろんだけど、準備をしてくれていたことが嬉しすぎて、胸が熱くなった。


「ジェイド、アオ、ありがとう!! 本当に綺麗! まるで夢の世界に訪れたみたい!!」


 私はゆっくりと地面に下ろしてもらい、あまりの美しさに庭園の中を走り出す。


「この庭園は、俺にとってのはじまりの場所なんです。ジェイドとして生まれかわった俺が、初めて魔法が使えた場所。だから、もう一度サフィーお嬢様と一緒に来たかったんです。ジェイドとして……」

「ジェイド……」


 ジェイドは今日でいなくなる。明日からは、ルーカス王子になるからだ。


 ジェイドでいられるのは卒業式の日まで、ジェイドと私が恋人でいられるのも、今日まで……


 私はその場に立ち止まり、俯いてしまった。思わず涙が溢れ出してきてしまったからだ。

 すぐにジェイドは私の元に駆けつけてくれた。


「どうして泣くんですか? ジェイドからルーカスに戻りますけど、俺は俺です。それはサフィーお嬢様が一番よく分かってくれているでしょう?」

「うん……」


 ジェイドはゆっくりと私に近づいて、そして自分の着ていた上着を私の肩にかけてくれた。

 そして私たちは向かい合わせに立ち、お互いの両手をそれぞれ繋ぎあった。


 もう寒さなんて少しも感じない、ジェイドの温もりが、しっかりと私に伝わってくる。


「サフィーお嬢様、俺はあなたのことを愛しています。それは一生変わりません。ジェイドとして過ごしたあなたとの時間は大切な思い出として、ずっとずっと覚えています。もしも、俺が本当に記憶をなくしてしまっても、必ず心では覚えていてみせますから」

「私も、ずっと、ずっと、ジェイドのことを忘れないわ。私がおばあちゃんになっても、魂だけになっても、ずっとジェイドのことを覚えていてみせる。私の初恋の人、心から愛してるわ、生まれ変わっても、ずっと……」


 私とジェイドはお互いに見つめあった。翡翠色の瞳には、私が映っている。

 いつまでもこの瞳の中に私を映し出していて欲しい、と心の中で願いながら。


 綺麗なイルミネーションと、それに負けないくらいに明るく私たちを照らしてくれる月明かりの下で、ゆっくりと唇が重なり合った。


 その日、私の初めての恋が終わりを告げた。





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