お菓子あるある
「師匠、今日は何を作るおつもりですか?」
そう私に尋ねてきたのは、オルティス侯爵家の専属料理人であり、料理長を務めるジョナさんだ。
料理長は、厨房の中では私のことを師匠と呼ぶ。
恐れ多いから止めて欲しいと言っても、それだけは譲れないと頑なに拒否され、今に至る。
「今日はプリンを作ろうと思ってるんです」
「プリン、ですか?」
料理長の反応を見て、プリンがこの国に存在していないのだろうなと、瞬時に理解する。
この国には甘い食べ物が少ないし、普段出てくる料理も、見た目は豪華なのに味気ないものばかり。子供目線で言ったら、少しだけ残念な感じだ。
先日、ラズ兄様に連れて行ってもらったカフェは、紅茶の品揃えはよく、焼き菓子も美味しかった。けれど、たしかにプリンはなかった。
実は、前世の記憶を思い出したおかげで、たくさんの料理のレシピも、もれなく思い出せた私は、お母様に無理を言って、料理長に口利きをしてもらったのだ。
前世の私は、料理をほとんどしたことがなかったけれど、料理のレシピ本ならたくさん読んでいたみたい。
(ふふ、もちろんここで私が美味しい料理をパパッと作ってしまうという、ラノベあるあるをして、地の底まで落ちてしまった私の好感度を、少しでも上げよう大作戦よ!)
ゲスい思惑の中、私は料理長と一緒にプリンを作り始めた。
「プリンは少ない材料でとても簡単に作れるのに、とろけるように甘くて美味しいデザートなんです」
説明するよりも、作って食べてもらった方が早い。
ちなみに材料は、なぜかオルティス侯爵邸の食料庫に豊富に取り揃えられている。
料理人のみなさんは、見たことのない食材を前にして、扱い方がわからずに困っていたみたい。
お母様が趣味で集めているみたいなんだけど、肝心のお母様は全く料理をしないうえに、厨房にも寄り付かないという話。
だからこそ、お母様が「商品の輸入や買い付けのお仕事」をしているのだろうと、私は推測したのだけれど。
「卵と牛乳と砂糖と、バニラビーンズはなかったから今回は入れなくても大丈夫です」
分量もだいたい覚えていた。前世の私は、何度も何度もパティシエになりきって、ケーキ屋さんごっこをしていたから。
「次はカラメルを作りますね。こちらも簡単で、鍋に水と砂糖を入れて煮詰めるんです」
私の手元の鍋の中を見て、料理長は慌て出す。
「師匠、焦げてますよっ」
「ふふ、これでいいんですよ! 見た目は焦げてるみたいですけど、甘いのに少しほろ苦くて、これがまた美味しいんです。あとは、カップにカラメルとプリン液を入れて、これを蒸して、冷やし固めれば出来上がり!」
家族と使用人のみんなにも食べてもらいたいから、多めに作った。
特にミリーが毎回喜んでくれて、「サフィーお嬢様の新作お菓子がもっと食べたいです」って言ってくれる。
今では、ミリーとは全く気兼ねすることなく話をすることができるようになっていた。それも全てミリーの人柄のおかげだと思う。
数時間後……
「うん、美味しい! 料理長も一口食べてみてください」
「う、美味い! こんな至高の食べ物に出会えるなんて!! すぐにでも国王陛下に献上できますよ! 今から行ってきます」
「やめてください! 絶対にだめです!! 王族の方に差し上げるとか、本当にいけませんから!!」
「いやいや、そんな謙遜しなくても」
料理長が王城に向かおうとするのを、私は必死で止めた。王族=レオナルド王子ルート。斬首は本当に無理。
でも「王宮料理人の友人だけには」と言うので、お友達ならと許可してしまった。
たぶん、後で何かありそうな予感はする。
私たちが味見をしていると、厨房の入口が「バタン」と開いた。
(出たわっ!!)
一体、このお方はどれだけ鼻が利くのだろうか。実に素晴らしいタイミングでの登場に、思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「美味しそうなもの食べているのね、って、プリンじゃない! サフィーちゃん、私も、私にも!」
まるで、おやつの時間が待ちきれない子供のように、お母様が厨房の入口で騒ぎ始めた。
(まあ、さすがお母様! 趣味で食材を揃えるだけあって、料理長も知らないプリンの存在も知っているんですね!)
プリンを受け取ると、お母様は何の躊躇いもなく口に運ぶ。
「うーん! 美味しい!! サフィーちゃん、天才! さすが私の娘だわ〜」
お母様の合格ももらえた。そして、プリンをいくつか持って、お母様はどこかへと消えて行った。
夕食の時に、ラズ兄様に特製プリンを用意した。今回プリンを作ろうと思ったのは、ラズ兄様に食べてもらうことが一番の目的だったから。
「ラズ兄様、髪飾りのお礼に、プリンを作りました。ぜひ食べてください!」
「サフィーの、手作り?」
「はい! お口に合えば嬉しいです!!」
ドキドキしながら、ラズ兄様がプリンを口に運ぶのを見つめた。
「サフィー、そんなに見つめられたら、俺に穴が開きそうだよ」
「え、あ、すみませんっ」
少しだけ照れた様子のラズ兄様に指摘され、私は目線を外して、姿勢を正した。
「美味い! サフィーはいつの間に料理まで作れるようになったんだ?」
「ふふ、秘密です! ラズ兄様の秘密を教えてくれたら教えてあげますよ」
「んー、じゃあ、いいや」
「えぇっ、残念です……」
ラズ兄様の秘密を聞き出すことには失敗してしまったけれど、プリンは大成功だった。
ふと思えば、家族との仲も、使用人のみんなとの仲も、全て前世の記憶を思い出してから、良い方向へと向かっている気がする。
(今が幸せなのは、前世の私のおかげ?)
初めは思い付きで前世の私がやり残した「やりたいことリスト」を叶えようとしていた。
私は改めて、真剣に“前世の私”に、少しでも恩返しがしたいと、強く思うようになっていた。