卒業の日
「サフィーお嬢様、とうとうご卒業ですね。卒業おめでとうございます。今日は私に、全てのお支度を整えさせてくださいね」
ミリーは今日を最後に、私の専属メイドから離れる。イーサン先生の側で、この先の人生を歩むことを決めたからだ。
だからといって、オルティス侯爵家にはメイドとしての籍はある。そう易々とミリーを手放すはずがない。
「制服も、とても綺麗ね」
今日のための新品なのではないかと思わせるほど、シワひとつない綺麗な制服だった。
「もちろんです! だって、この制服がサフィーお嬢様の勝負服で、サフィーお嬢様を守ってくれる戦闘服ですから!」
「ふふ、今から戦いに行くわけじゃないのよ? でも、ありがとう」
私はミリーに元気付けられた気がした。最後の最後までミリーはミリーで、側にいるだけで元気をくれた。
学園に行く支度も整い、私は外に出た。
今日は卒業という晴れ舞台にふさわしいほどの晴天だ。太陽の光がとても眩しく感じる。
「サフィー、行ってらっしゃい」
「サフィーちゃん、行ってらっしゃい」
「サフィー、泣くなよ」
「はい、行ってきます。お父様、お母様、ラズ兄様、黒猫ちゃん、アオ、みんな、行ってきます!」
みんなが綺麗に並んでお見送りをしてくれた。しかも、使用人のみんなも、忙しい手を止めて集まってくれた。
(みんな、私の大切な家族よ、今まで本当にありがとう)
「さあ、サフィーお嬢様、行きましょう」
ジェイドが手を差し出してくれた。
「あ、サフィーちゃん、ちょっと待って」
そう言うと、お母様は私に駆け寄り、私をぎゅーっと抱きしめた。
「母様ずるい! 俺も」
さらにラズ兄様まで、と思ったら、お父様までもが、家族全員をまとめて包み込むように抱きしめてくれた。
「ぐるじい……」
苦しいけれど、やっぱり私は幸せだ。
仲間に入れなかったアオが寂しそうにしていたので、最後にアオをもふもふして、私はジェイドと共に学園へと向かった。
「うう、緊張するわ。卒業式なんて、まだまだ先のことだと思っていたのに、本当にあっという間だったわね」
「楽しい思い出ばかりだから、余計にそう思いますよね」
「ええ、本当に毎日が楽しかった。危険なこともあったけどね」
思い返せばたくさんのことがあった。楽しいことも悲しいことも。学園に着くまでの間じゃ、全く足りないくらい、たくさんの思い出が頭の中に浮かんでくる。
卒業式の式典での答辞は、もちろんレオナルド王子だ。ステファニーちゃんに釣り合う男になるために、必死で努力をしていたから。
(きっと、良い国王様になるわね)
式典が進み、卒業証書をもらっても、まだ実感が湧かない。……きっと、実感したくないのだろう。
(卒業式なんて、終わらなければいいのに)
そんなことばかりを考えてしまった。でも、現実はそう甘くない。
卒業式が今、終わりを告げた……
「終わったわ……」
深くため息をつくと、それを見たジェイドがすかさず私に言葉をかける。
「サフィーお嬢様、私と一緒に逃げませんか? 私はどこまでもお供します」
ジェイドの優しい言葉に、私は無言で首を横に振った。そして、深く深呼吸をしてジェイドにお願いをする。
「ジェイド、私の最期の役目を見届けてくれる?」
ジェイドは目を瞑り、そして覚悟を決めたのか、一言だけ返してくれた。
「はい……」
その一言だけ告げたジェイドは、私の手を取り強く握りしめ、中庭までゆっくりと隣を歩いてくれた。
中庭に入る前に、私たちは一度立ち止まった。向かい合わせに立つと、ジェイドが、ジェイドの手と繋がれた私の手に、優しくキスを落とす。
「サフィーお嬢様の願いは、必ず私が叶えます。だから最後まで信じていてください」
「うん、ありがとう、ジェイド」
ジェイドの力強い言葉に、自然と笑顔になり頷いた。
「サフィーお嬢様、私はジェイドになれて本当に幸せでした。サフィーお嬢様の従者になれたことを誇りに思います。そして、サフィーお嬢様と恋した時間はとても大切な宝物です」
「ありがとう。私もジェイドに会えて、ジェイドが従者になってくれて幸せだったわ。ジェイドとの思い出は絶対に忘れないように、深く私の心に刻まれてるもの。私と恋をしてくれて、本当にありがとう」
私たちはお互いに見つめあった。そして、ジェイドが私を包み込むように優しく抱きしめる。
(このまま、時間が止まってしまえばいいのに)
そう思ってしまうけれど、私たちは前に進まなければいけない。
「ジェイド……」
「いやです、もう少しだけ」
(もう少しだけ、私もこうしていたい。……でも、だめ……)
「ジェイド、最期の私の我儘を聞いて。……先に中庭に行ってて」
もうこれ以上、ジェイドの優しさに触れてしまうと私の決意は揺らいでしまいそうになる。だから敢えて「お願い」ではなく「我儘」を言った。
狡いかもしれないけれど、我儘ならきっと、ジェイドは叶えてくれる。お願いでも聞いてくれそうだけれど。
それに、これから立派な悪役令嬢を演じるんだもの、我儘なくらいがきっとちょうどいいはず。
「……はい、サフィーお嬢様」
ジェイドはゆっくりと離れ、私に向かって一礼し、そして中庭に向かい歩いていった。一人で歩くジェイドの背中を、私は一人、立ち止まって見つめていた。
そして、その姿が見えなくなって、ようやく覚悟を決める。
「よし、死刑台の上に自ら乗ってやろうじゃない!」
私は一人、断罪イベントの行われる中庭へと向かって歩いた。




