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【SIDE】 ラズライト:過去への懺悔

 俺は昔、自分は強いと勘違いして自分の力を奢っていた。同年代のやつらと比べて、剣技も魔法も魔力量も、桁違いに強かったから。


 でも、それには秘密があった。俺の中には魂が二つある。産まれた時から、俺の中にはもう一人の魂がいた。


 もう一人の魂はルべライトという。ルべは、基本的に表に出ることはなかった。


「俺はお前の中に居させてもらっているだけだ。お前を通して見れるだけで良い」


 ルべはそう言って、ただ黙って俺の中にいた。それでも、ルべの魂が俺の中にいる事で、ルべの持つ魔力や魔法、スキルを共有できるようになった。俺にも、それらを使う権利が与えられた。


 でもそれは「使える」のではなく「使う権利がある」だけ。ラズライトとして、それを使いこなせなくては意味がなかった。


 だが、そのことを勘違いして、俺は無敵なんだと自分の力を驕り高ぶっていたんだ。


 そして、俺は人生最大の過ちを犯す。


 いつものように、サフィーの部屋の窓の下からサフィーを呼んだ。

 いつものように、サフィーは二階から飛び下りた。

 いつものように、俺は風魔法でサフィーをふわりと浮かせて抱きとめた。


 俺の腕の中に包まれたサフィーは、とても嬉しそうな笑顔を俺に向けて、いつも同じことを言う。


「私、空を飛べたね!」と。


 その嬉しそうな顔を見る度に、俺まで嬉しくなった。その顔が見たいがために、何度でも、俺は風魔法を使ってサフィーをふわりと浮かせて抱きとめた。


 風魔法がうまく使えないサフィーは「空を飛びたい」と、いつも言っていたから。俺とサフィーは、いつも中庭で風魔法を使う練習をする。


 そしてある日、俺はいつもと違う提案をサフィーにしてしまった。



「サフィー、今日は外に遊びに行こうよ」

「だめよ、ラズ兄様。外は危ないから行ってはいけないって言われてるじゃない」

「大丈夫だよ。何かあったら、俺の魔法でサフィーを守ってあげるから、さあ行くぞ」


 サフィーと手を繋ぎ、無理やり敷地の外に連れ出した。


 敷地を出て、二人だけでいろんな場所に行った。まるで、俺が憧れていた冒険者にでもなった気分だった。


 日が暮れてきた頃、俺たちはそろそろ帰ることにした。帰り道、人気のない場所で、明らかに人相の悪い男たちが近づいて来るのが分かった。


「おい、良いところの坊ちゃんがこんなところにいるぞ」

「こっちのガキなんて高く売れそうだ」


 そう言いながら、男はサフィーの腕を引っ張った。


「やめろっ!!」


 サフィーを助けるために、俺は必死で男に飛びかかった。が、蹴飛ばされて、地面に倒れた。


「くそガキは引っ込んでろ。お前も少しは金になるだろうから、今は殺さないでやるよ」


 男はそう言いながら、サフィーの腕をさらに強く引っ張って、どこかに連れて行こうとした。


「やだっ、助けてっ、ラズ兄様!!」


 恐怖に怯え、俺に助けを求めるサフィーの声だけが、微かに俺の耳に届いた。その声が聞こえてきた時には、すでに俺は我を忘れていたんだろう。


 ありったけの魔力を使って、男たちに俺が知る限りの一番酷い魔法を使っていた。

 俺の力量に見合わない、共有を許されているルべの魔力をも最大限に使って。

 きちんとした使い方も知らないくせに……


 それは一瞬の出来事だった。


 男たちが八つ裂きになっていた。血飛沫は飛び散り、肉を引き裂き、見るも無惨な姿になった。


 サフィーの目の前で。


 その血飛沫は、サフィーをも瞬く間に赤く染め上げた。サフィーのことを掴んでいた男の腕は、肩から千切れ、ぐちゃっと音を立てて、サフィーの足元に落ちた。


 それを見たサフィーは発狂し、その場で意識を失ってしまった。


 不幸中の幸いは、サフィーに怪我がなかったこと。


 異変を察知した両親は、すぐに駆けつけてくれた。


 ……俺を責めることは、しなかった。


 貴族の子供を誘拐して捕まると極刑に処されるのは、この国の通例だった。俺たちを誘拐しようとした男たちは、遅かれ早かれ、捕まったら処刑されることになる。

 だからなのか、誰も俺を責めなかった。


 しかし、俺のこの過ちに対する代償は大きかった。


 サフィーの精神が、壊れてしまった。


 7歳の女の子の目の前で、大の男たちが肉を切り裂いて死ぬ姿。その血飛沫を間近で浴びた、7歳の女の子は、正気でいられるだろうか。


 精神を病んだサフィーの目の焦点は合わず、生気もない。時々、狂ったように泣き叫ぶ。

 そんな日が何日も続いた。


 そこで、両親は決意した。


 サフィーの記憶を無くそう、と。サフィーと俺が遊んだ記憶、家族みんなでの旅行の記憶、ささやかな家族団欒の記憶も全て。俺が関わる記憶は全て。


 方法は簡単だった。


 サフィーのこれまでの記憶を「盗む」だけ。母様のスキル「盗」で盗む、ただそれだけ。


 どういう思いで母様はサフィーの記憶を盗んだのだろうか?


「大切な人を守るために盗むのよ、だから、ラズは何も気にしないで大丈夫だからね」

 

 俺は無言で頷くことしかできなかった。


「ラズの記憶も盗もうか?」


 無言で首を左右に振った。


 俺だけは覚えていたかった。サフィーが忘れても、俺だけは、サフィーとの記憶を覚えていたかった。


 もう二度と同じ過ちを犯さないように、覚えていなければならないと思ったから。


 サフィーの記憶は魔石に封じ込めてもらった。

 未熟な俺には、それさえも一人ではできないから、両親と父様の精霊たちと、ルべに手伝ってもらった。


 そして、最後にサフィーを守るため、何かあった時に、身代わりになるための魔力を込めた。それさえも、半分はルべの力を借りなければできなかった。


 結局、自分一人では何もできなかった。


 そして、サフィーの俺に関する記憶は、サフィーの中から消えた。


「完璧に盗んだからもう大丈夫、絶対に思い出すことはないから」


 そう言われたけれど、念のために、俺はサフィーの前に姿を見せないようにした。念のため、と言いつつも、本当はサフィーに嫌われるんじゃないかって怖かったんだ。


 サフィーの中に、俺の存在は完璧になくなった。


 母様は他人の何かを「盗み見る」こともできる人だった。俺もルべのおかげで「見る」ことはできたけれど、そこに書かれている意味がわからなかった。


「転生者(前世の記憶持ち)」の意味を、「悪役令嬢」の意味を。


 ルべに尋ねてみると「スーフェと似たようなものだ」と言われた。それでも、俺にはよく分からなかったから母様に尋ねた。


 サフィーのことを、もう一度守ることが許される日が訪れた時のために、きちんと理解しておきたかったからだ。


「それはね『必ずラズに会わなきゃ』と思う時がくるってことよ。サフィーちゃんは前世の自分の記憶、違う世界で暮らしていた時の記憶を思い出す時がくるの。まだ思い出していなくて本当によかったわ。前世の記憶を思い出した時に、ラズライトという兄がいて、兄がどういう人物なのかを必ず思い出すわ。その時に、サフィーちゃんの方からラズに会いに来てくれるから。ラズは今、サフィーちゃんに会うのが怖いかもしれないけれど、その時は、サフィーちゃんを笑顔で受け入れて、今我慢している分も思いっきり可愛がってあげようね」


 それは、無理矢理“俺”という兄がいることを思い出させるのではなく、前世の記憶を思い出したのをきっかけに、自然と“ラズライト”という兄がいることを思い出せるのだという。


 サフィーにも、俺にも、きっかけが必要だと、母様は思ったのだろう。


 そして、母様は小さい声で、こうも言っていた。


「転生者はこの世界のゲームをやっている子が来るっていうのがセオリーだから、きっと続編の物語マジ恋ね。……あまり覚えてないわ」


 俺は母様の言葉を胸に、寂しさを紛らわすように、剣技を磨いた。母様の友達に、稽古をつけてもらったり、母様に魔法の特訓もしてもらった。

 アルカ先生には魔術も教えてもらった。


 ルべがいれば魔術もいらないんだけど、自分の力でやれることはやりたかったから。


 だからこそ、俺が暴走しそうな時には、強制的に入れ替わってもらうようにお願いをした。

 大切な人を守るため、身を引くことも大切だから。


 家では、サフィーに俺の姿を見せないように、常にサフィーの魔力を探知しながら暮らしていた。アルカ先生に教わった幻影術も使っていた。


 サフィーの中に俺の存在はない。そんな日が何ヶ月、何年も続いた。



 そんなある日、サフィーが二階から飛び下りたと耳にした。


「どうして? 怪我は大丈夫なのか? いつもなら俺が受け止めてあげられたのに」


 母様にサフィーが目を醒ましたと聞いた。前世の記憶を思い出しみたいだと。


 嬉しかったのと同時に、怖かった。


「思い出した」ことで、またサフィーの精神が壊れてしまうのではないかと、心配でたまらなかった。


 そして、朝早くに母様に呼ばれた。「もう大丈夫よ」と言って荷物を渡された。

 その荷物を開けてみたら、中には奇抜な服が入っていた。


「今すぐこれを着れば、サフィーちゃんがラズのことを、必ず受け入れてくれるわ。どうして着たかと問われたら『ビビビッときた』とでも言ってはぐらかしなさい」


 嫌な予感しかしなかった。けれど、今まで母様の言うことに間違いはなかった。俺は一縷の望みをかけて、この奇抜な服を着た。


 服を着て鏡の前に立って「ないな」と思っていたところ、サフィーの気配が、俺の部屋の前で止まった。


(まさか!)


 嬉しすぎて、思わず声に出して言ってしまった。


「サフィーだね、入っておいで」


 本当にサフィーが俺の存在を思い出してくれた。サフィーから俺に会いにきてくれた。


 そして、ゆっくりとドアが開いたんだ。ずっと待っていた、この瞬間を。


 今度こそ、俺が必ずサフィーを守ってみせる。




 スーフェの【盗】のスキルについては、

「黒猫従魔と旅に出る。」

という作品で、詳しく読めます。スーフェとルベがメインの物語です。

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