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卒業前日、最後のデート

 翌朝、ミリーが起こしに来る前に、私は珍しく早く起きた。


 早起きできた理由は分かっている。昨日、夜の庭園デートをしていないから……


 早く起きすぎて、身支度も自分でとっくに終わってしまった。とうとう手持ち無沙汰になってしまい、ジェイドに貰った護身用の短剣を眺めていた。


(この短剣を貰った時はまだ、ジェイドがルーカス王子だなんて、気付きもしなかったわ。王子様が森の中で倒れているなんて、思うはずがないものね)


 短剣を眺めていると、あることに気付き、思わず笑ってしまう。


「ふふ」


(この短剣にも、チェスター王国の紋章が刻まれていたのね)


 その時、背後に人の気配があることに気付き、私は迷わずミリーだと分かった。


「ミリー、おはよう」


 だって、今ちょうど、いつもの時間になったから。


「サフィーお嬢様、まさか、それでジェイドさんを刺し殺す気ですか?」

「へ? 何物騒なことを言ってるの?」

「だって、今、その短剣を見て、笑っていたじゃないですか! それに昨日に限って、ジェイドさんとの庭園デートもなかったんですもの。喧嘩ですか? きっと、ジェイドさんよりもいい男はいますから、せっかくの人生を棒にふっちゃだめですよ!!」

「ミリー、本当に、何を言ってるの?」

「あ、でも、イーサン兄は、やめてくださいね。サフィーお嬢様がライバルじゃ、私に勝ち目がないですから……」


 ミリーの言葉に、私は堪らずにやにやしてしまった。


「ミリー、その話、後でゆっくり聞かせてもらうわ! イーサン先生のことをイーサン兄って呼んでいるのね。それに私がライバル? 絶対にあり得ないわ。ふふ、ミリーと恋の話ができる日がくるなんて、とっても楽しみね」


 ミリーはイーサン先生といい感じらしい。家族愛なのか恋心なのかはまだ分からないとは言っているけれど、きっと時間の問題だと思う。


 ミリーのおかげで、先ほどまでの憂鬱な気分が嘘のように心が踊っていた。ジェイドに会うまでは……


「サフィーお嬢様、お身体の具合は大丈夫ですか?」


 ジェイドと顔を合わせた瞬間、ジェイドが心配そうに私に尋ねてきた。


「う、うん。大丈夫よ。ちょっとアオと一緒に遊び過ぎて疲れて眠っちゃったの。せっかく迎えにきてくれたのにごめんね」


 本当のことなんて言えない。


 私よりもノルンちゃんを選ぶことくらい、初めから分かりきっていたこと。それなのに、何を今さらショックを受けているのだろうか?


「いえ、私の方は大丈夫です。でも、サフィーお嬢様、本当のことを話して下さい」


 真剣な眼差しが私を捕らえて離さない。優しいはずの翡翠色の瞳が、私を追い詰める。


「……」

「ノルン様とのことを誤解されているんですね」

「!?」


 ずばり言い当てられ、私は驚きを隠すことができなかった。

 はぁっ、とため息をつき、ジェイドは言葉を続けた。


「やっぱりそうなんですね。アオ様が教えてくれました。でも、サフィーお嬢様が心配しているようなことは絶対にありません。断言します。私が好きなのはサフィーお嬢様だけですから」

「……ずるいよ、そんなこと言うなんて」

「ずるいも何も、本当のことですから。だからサフィーお嬢様も信じてください。信じてくれないなら、信じてくれるまでキスします」


 ジェイドが私の腰に手を回し、グイッと私を自分の方へと引き寄せた。


「え!? どうしてそこでキスが出てくるの?」

「俺がしたいからです。嫌ですか?」

「嫌、じゃないけど、でも、だめ!! ジェイドのことを信じるから、キスは絶対にだめ!!」


 すると、ようやくジェイドの腕の中から解放された。


「そこまで拒否されると、ちょっと凹みますね……」

「え、違うよ、でも、ごめんなさい」

「冗談ですよ。嫌じゃないって聞けただけでも嬉しいです。でもサフィーお嬢様とキスしたいのは本気ですから、覚悟しておいて下さいね」


 そう言うと、いつも通りの優しい笑顔に戻っていた。



 そして、あっという間に明日は卒業式。だから、これからジェイドとの最後のデートに出掛ける。


 明日のために、今日の夜のお散歩デートはしないことになっている。今日だけは、昼間に堂々とデートができる最初で最後の特別な日だ。


「まさか、王都の街をこうして手を繋いで歩ける日が来るとは思わなかったね」

「はい、誰かに会って見せびらかしたいような、でも二人だけの秘密にしたいような、不思議な気分です」

「どこか行きたい場所はある?」

「思い出の地めぐり、とかはどうですか?」

「ジェイドとの王都の街での思い出か……」


 まず私たちは、紅茶の茶葉屋さんに来た。


「ジェイドの淹れてくれる紅茶、私大好きだよ」

「ありがとうございます。ルーカスに戻っても、いくらでも紅茶をお淹れしますよ」

「ふふ、第二王子自らが淹れてくれる紅茶なんて、随分と贅沢ね」


 そんな日は来ないと分かっている。けれど、今はそれに気付かないフリをした。


(だって、最後だもの、それくらいいいよね)


「あ、この本屋さん! ……苦い思い出が蘇るわ」


 本屋の前を通りかかった瞬間、あの日の思い出が脳裏を過った。


(ミリーめ!!)


「俺様シリーズですね。結局、サフィーお嬢様は俺様が好きなんですか?」

「……ノーコメントで。ジェイドこそ、俺様になりたいの? ステファニーちゃんの本まで借りて勉強してるんでしょ?」

「それこそ、ノーコメントで……」


 ジェイドは私から顔を逸らし、深いため息をついた。本屋は、私たちにとって鬼門だった。


「この広場も懐かしいね……って、ここも俺様の思い出だったわね」

「ええ、とってもむさ苦しい思い出の俺様選手権ですね」


 ジェイドもきっと、あの日のことを思い出してしまったのだろう。とっても苦々しい顔をしている。


 そんな顔をされては、笑ってはいけないと思っても、堪えきれなくなってしまう。


「ふふ、ジェイミーちゃん、可愛かったよ」

「ありがとうございます? でも、もう二度と女装はしたくありません」

「……それにしても、私たちの王都の街での思い出って、俺様ばっかりね」


 俺様以外にも何かないかと、半分ヤケになりつつ探し始めた。


「あ、冒険者ギルドだわ! この前でニナちゃんとヒナちゃんに会ったのよね。中にマリリンさんはいるかしら?」


 私たちは、冒険者ギルドの中に入ることにした。強面の冒険者の方たちにも、私たちの顔は知られるようになり、みんなが温かく迎えてくれる。


 きっと私たちの背後に、お母様の影がちらついて見えるのだろう。


「こんにちは〜」

「あら? サフィーちゃんいらっしゃい。ジェイドちゃんも……って、貴方たち、破廉恥な!!」


 マリリンさんの視線は、私とジェイドの繋がれた手を見ていた。


 私は急に恥ずかしくなり、咄嗟に手を離そうとするも、ジェイドががっちり握って、離してはくれなかった。


「まあ、いいわ。スーフェとケールの子供たちですもの。いずれこうなることは予想していたわ」

「予想?」

「そうよ、スーフェは、ケールの子かベロニカの子と自分の子を結婚させて、親戚になるって言い張っていたのよ。しかも、もう一つ条件があって、婿養子じゃないと嫌だって言うの。どちらも国の王子なんだから、無理に決まってるのにね」


 確かに、無理だと思う。しかもレオナルド王子もジェイドも正妃の子だ。よほどのことがない限り、あり得ない。よほどのこと……


「もしかして、ジェイドが来た時って……」

「そうよ。ジェイドちゃんがチェスター王国から飛び出してきた時には大喜びよ!『私の夢が叶うわ。夢は強く願えば必ず叶うのね!』って。でも、ジェイドちゃんは国に帰っちゃうんでしょ? スーフェも残念ね」

「お母様……」

「ふふふ、スーフェはラズちゃんとサフィーちゃんのことを本当に愛しているからね。ずっとそばにいて欲しいのよ」

「もう、そんなこと聞いちゃうと、私、お嫁にいけなくなっちゃうわ」

「大丈夫ですよ。婿養子は難しいかもしれないけれど、オルティス侯爵家から通うことはできるようにする予定ですから!」

「え!? 突然何を言い出すの!?」


(この話の流れだと、結婚の話よ!?)


 戸惑う私を他所に、ジェイドは私に向かって満面の笑みを浮かべていた。


「はいはい、仲がよろしいこと。アタシも早く最愛のルべちゃんに会いたいわ」

「……一応、伝えておきますね」


 思わぬところで聞けた、お母様のラズ兄様と私を思う親心に、胸がほっこりとした気持ちになった。


 それから別邸へと戻り、今は庭園のベンチに、横に並んで二人で座っている。


「ジェイドの一番の思い出って何?」

「サフィーお嬢様との思い出は、全て一番です。それに、ジェイドとしての人生は全てサフィーお嬢様との思い出ばかりなので、全てが大切な思い出です」

「ふふ、後悔してない?」

「全くしていません。神に感謝をしています。決して、ニイットーのおかげだとは思いたくないですけどね」

「確かに。私も、ジェイドに会えたことを神様に感謝してるよ。でも……」


(自分が悪役令嬢でなければ、もっと良かったのに……)


 そう思ってしまう私がいた。


「サフィーお嬢様、明日でゲームが終わります。約束通り、俺は俺の思うようにサフィーお嬢様の願いを叶えつつ、絶対に助けてせます。だから、サフィーお嬢様も、どうかみんなを信じて下さい」

「うん、分かったわ。ジェイド、今まで本当にありがとう」

「まだですよ、卒業式の日まで、との約束ですから。それに、もっと恋人らしいことをしてもいいんですからね」


 ジェイドが突然、私を強く抱きしめた。


「ジェイド、今はまだ明るいから、みんなに見られちゃうわ」

「じゃあ、今夜ならいいんですか?」

「そうじゃなくて……」

「もう少しだけ、このままでいさせてください」


 私はジェイドに身を委ね、抱きしめられた。




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