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ゲームの強制力

 卒業目前旅行も、いろいろとあったけれど無事に? 終わり、冬季休暇もあっという間に終わってしまった。


 卒業式まで、すでに残り二ヶ月を切り、もう大きなイベントはない。あとは心穏やかに、卒業の日を待つだけだ。


 最近の私とジェイドは、お互いに特別な予定がない限り、ジェイドに窓の下まで迎えに来てもらい、夜の庭園でデートをすることが日課となっている。


 今の時期、外なんて寒いんじゃないかと思うかもしれないけれど、それは心配いらない。ジェイドの風魔法で、私たち二人の周りを暖めてくれているから。


 そして、今日も夜の庭園でデートをしている。


「ジェイド、これ、バレンタインのチョコレートなの。受け取って!」


 ジェイドの瞳と同じ翡翠色のリボンを使い、可愛らしく包装したチョコレートをジェイドに手渡した。


「ありがとうございます! なんだか甘くて良い香りがしますね」

「チョコレートは、とても甘くて美味しいお菓子なのよ! 前世の私も大好きだったんだ!」

「サフィーお嬢様の作るお菓子は全て美味しいですから、食べるのが楽しみです。でも、バレンタインってなんですか?」

「前世ではね、今日はバレンタインデーという日で、好きな人にチョコレートを渡す日だったの。ジェイドのはね、特別仕様なの!」


 チョコレートを作っている最中に、例に漏れず、お母様が厨房に顔を出したのは言うまでもない。


 もちろんみんなの分も作っていたけれど、やっぱりジェイドにだけは、特別感を出したくて、少しだけ豪華に仕上げてある。


「特別、ですか……照れるけど、サフィーお嬢様の特別な存在になれたなんて、本当に嬉しいです! 食べずにずっと飾っておきたいです」

「だめよ、チョコレートは腐っちゃうから、必ず早めに食べてね」

「では、今、サフィーお嬢様が食べさせてください」

「え!?」

「だめ、ですか?」


(そんな可愛らしい子犬のような瞳で甘えてこられたら、断れないわよ)


「だめ、じゃない」


 私がそう答えると、ジェイドはにっこりと笑いながらリボンを解きはじめた。私はその中からチョコレートを一粒摘み、ゆっくりとジェイドの口に運ぶ。


 風魔法で暖かいはずなのに、外が寒いせいなのか、チョコレートを持つ私の手は、心なしか震えてしまう。


「!?」


 微かにチョコレートを摘んでいる私の指に、ジェイドの唇が触れた気がして、思わずピクリと反応してしまい、急いで手を引っ込めてしまった。


 その様子に気付いてなのか、ジェイドはくすりと笑った。


「甘くて美味しいです。もう一つ食べたいです、サフィーお嬢様もう一回!」

「こ、今度は自分で食べて!!」

「本当にサフィーお嬢様は可愛いですね」

「もうっ!」

「サフィーお嬢様の前世では、バレンタインの他にも、同じようなことをする日ってあるんですか? 例えば、お返しをあげるとか」

「一応、ホワイトデーというイベントもあって、チョコレートのお返しに、飴やマシュマロやクッキーをあげたりしていたわ」

「ホワイトデーですか、じゃあ、俺も頑張って作れるように特訓しておきますね。楽しみに待っていてください」


 楽しみに待っていてください、と言われたけれど、ホワイトデーの日は卒業式の後だ。だから、ホワイトデーの日に私はいない。


 でも、ジェイドにそれを伝えることができなくて、私は曖昧な笑みを浮かべてしまった。



 そして次の日、学園でみんなにも一日遅れの「友チョコ」を渡した。


「サフィー様、チョコレートも作れるんですね。ありがとうございます」

「オルティス侯爵家御用達の紅茶の茶葉屋さんが、カカオの実を仕入れたみたいで、思い切って作ってみたの」


 カカオの実からチョコレートを作るって、意外と根気のいる作業だった。

 コーヒーみたいに軽く考えていたから余計にそう思った。でも、美味しくできたから大満足だ。


「必ずホワイトデーにお返ししますね、楽しみに待っていて下さい! もちろんサフィー様が生きていたら、の話ですけどね」

「ノルンちゃん、相変わらず容赦ないね。私はニイットー王子と違って繊細だから、もっと気を遣ってよ」

「はいはい、悔しいと思うのなら、破滅エンドなんて跳ね除けて、何が何でも生き抜いてみせてくださいね!」

「もう、ノルンちゃんの意地悪!!」


 ノルンちゃんに弄られながらも、至って平和に毎日が過ぎていった。




「サフィーお嬢様、明日の休みの日なんですが、スーフェ様から頼み事を承ったので、一緒に過ごせなくなりました」


 学園の帰り道で、ジェイドが申し訳なさそうに私に告げた。

 残り少ない学園の休みの日は、極力二人で過ごしたいね、と言っていたからだと思う。


「お母様の頼みなら仕方がないわ。卒業目前だし、チェスター王国に帰るための手続きとかかもしれないし。私のことは気にしないで」

「申し訳ありません。もしよかったら、アオ様とお出掛けしてはいかがですか?」

「まあ! それ良いアイデアね! 久しぶりにアオとお出掛けしてくるわ!」



 翌日の学園の休みの日。


「アオ、今日はみんな予定があるみたいだから、久しぶりに二人だけでお出掛けしてみない?」

『うん! 行こう!! ボク、サフィーと初めて会ったところに行きたい』


 私はアオの要望に応えるために、別邸にある魔術陣を発動させた。


 とうとう私も転移の魔術陣が使えるようになった。しかも、魔術を教わる前に、きちんと契約魔法を交わしている。


 ロバーツ王国での魔術陣に対する扱いや法整備がきちんと整っていないから、今はまだ、お母様の許可がある時にしか使えない。けれど、それでも十分ありがたいと思う。


「さあ、行こう!」


 私とアオは一瞬にして、コックス村の別邸へと転移した。


「成功! 成功!! 私もやればできる子なのよ」


 私とアオはお昼ご飯の入ったバスケットを持って、早速アオと初めて会った場所へと向かった。


「懐かしいね、アオと出会ったのが、まだつい最近のような気がしちゃうわ。アオと出会えて、私とっても嬉しかったのよ」

『ボクもサフィーと出会えて、本当に嬉しかったよ。本当はサフィーと契約するつもりだったのにな』

「ふふ、そういえばそうだったわね。でも、ジェイドと契約してくれたおかげで、ジェイドの命は救われたし、アンデッドから私のことも救ってくれたのよ。ありがとう」

『ボクはサフィーが幸せなら、それで満足だよ。これからもサフィーのことを守るからね!」

「ふふ、やっぱりアオは優しいね」


 アオといっぱい遊んで、いっぱいご飯を食べて、いっぱいもふもふさせて貰った。


 そして、夕方になり、私とアオは王都の別邸へと戻った。


 アオは「もうちょっと遊んでいこう」と珍しく駄々をこねたけれど、今日は二人だけで来ているから、みんなに余計な心配をさせるわけにはいかない。


「アオ楽しかったね〜」

『う、うん! もっと遊びたかったな。もう一回今から行こうよ!』

「ふふ、アオったら、そんなに楽しかったの? 私も楽しかったわ。けれど、今日はもうお終いよ」


 うきうき気分でアオと二階の廊下を歩いている時、ふと廊下の窓から外をみた。

 そこには……


「どうして、うちにノルンちゃんが来てるの?」


 ノルンちゃんと会う約束なんてしていない。ノルンちゃんがいるはずがないのに、そこにはノルンちゃんの姿があった。


 そして、その隣にはジェイドがいた。


「どうして、ノルンちゃんとジェイドが一緒にいるの? ジェイドは今日、お母様の用事じゃなかったの?」

『サフィー……』


 私の気持ちを察してか、アオがフォローをしようとしてくれたその時、私は目を覆いたくなるような場面を見てしまった……


「えっ……!?」


 その光景を見た瞬間、私は一気に身体の力が抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。


 ノルンちゃんが、ジェイドの胸に飛び込む姿を、目の当たりにしてしまったから……


「ああ、そうか。きっと、これこそが本当のイチャラブシーンなのね。二人で抱きしめ合うなんて……」

『サフィー、大丈夫だから気にしないで。ボクと一緒においしいものでも食べに行こうよ』

「うん……」


 アオに支えられながら、自分の部屋へと戻った。


(きっと、ゲームの強制力の仕業よね……)


 初めて、乙女ゲームのイベントであって欲しいと思ってしまった。


 ジェイドの心の中に、ノルンちゃんへの恋心があるから抱き合っていた。そう思いたくなかったから。


(ゲームの強制力なら仕方のないこと、だって、それが運命なんだもの。私にはどうしようもできない。絶対に運命には抗えないんだから)


 そう思いたくて仕方がなかった。でも、そう思おうとしているのに、どうしてなのか、胸がとても苦しくて、頭の中に繰り返し、繰り返し、二人の姿が浮かんでくる。


 必死で消し去ろうとしているのに、瞼の裏に焼き付いて離れない。


 その日の夜、せっかく迎えに来てくれたジェイドとの庭園デートの誘いを、初めて無視してしまった。





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