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卒業目前旅行 後編

 私たちはペレス村を出発し、フロー村のフロランドに到着した。


「すごいです! よくここまで再現しましたね」


 ノルンちゃんが部屋に入るなり、目を輝かせて喜んでくれた。


 私たちが宿泊するお宿は純和風。お母様がノルンちゃんのためならここ、と選んでくれたのだ。


 もちろん室内は土足厳禁! 庭園からは「カコン」と、ししおどしの音が聞こえてきて風情を感じる。


 池の奥にはオープンな露天風呂があって、日本庭園を眺めながら温泉に入れる。


 室内風呂からも、仕切りを開ければ日本庭園を眺めることができるようになっていて、こちらもとても眺めがいい。


「ふふ、しかもね、やっぱり日本といえば畳とお布団でしょ! そして、冬はこたつ!!」


 居間には、大きいこたつがすでに用意されている。


「うわぁ! こたつの上にミカンまであるじゃないですか。もう最高です!」


 すでに何人かはこたつの虜になっている。こたつがあったら、だめ人間になっても仕方がないと思う。


「みんな、寝てないでさっそく温泉に入ろうよ! 俺、露天風呂で泳ぎたい!」

「レオ様、お風呂では泳いではいけませんよ」


 隣国の年下の可愛い王女様に注意される我が国の王子様。きっと将来は尻に敷かれるのだろう。


……と言うことで、みんながこたつむりにならないうちに、温泉を楽しむことになった。


 外の露天風呂はオープン過ぎて恥ずかしいので男性陣に譲り、私たちは室内にある檜風呂を楽しんだ。


 室内と言っても、内風呂と半露天風呂が続いていて、半露天風呂に入れば、星は見えるし、風も気持ちいい。


 私たちはゆったりと半露天風呂に浸かりながら、定番の恋の話を始めた。


「ニナちゃん、ワイアット様とは最近どうなの?」

「えへへ、卒業してお互いにお仕事が落ち着いてきた頃に結婚する予定です。結婚式にはみなさまぜひいらして下さいね!」


 卒業後は、ニナちゃんはフロー伯爵のお仕事をお手伝いするのだという。フロランドを抱えるフロー伯爵は、大忙しだそうだ。


 温泉の魅力に取り憑かれて移住してくる人も多いみたい。ちなみにワイアット様は、王宮勤めの予定だ。


「そういうサフィーちゃんこそ、ジェイドさんとはどうなの? ジェイドさん、実は隣の国の王子様なんでしょ?」

「もちろんとっても幸せだよ。まだ私たちは始まったばかりだし、これからのことはゆっくりとね」


 ジェイドとの恋に終わりがあるなんて、さすがに言えない。


「サフィーお義姉様は、ルーカスお兄様といつ結婚してもいいように、こちらの準備は整っていますからご安心ください! ……あの、ノルンお義姉様は、婚約者の方っていらっしゃるんですか?」

「私? 私は平民なので婚約者なんていないです。でも、私もいつ結婚してもいいように、心の準備だけはしていますよ」

「まあ! では、ニイットーお兄様と結婚しませんか?」

「断固お断りです」


 ノルンちゃんはステファニーちゃんの申し出をピシャリと断った。


「そういうステファニー様は、レオナルド王子とどうなんですか?」

「私、ですか? 私は……」


 ステファニーちゃんが話を始めようとした瞬間、庭園の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「ばか、レオ、どこに行くんだ? そっちは温泉じゃないぞ、池だっ!」



ーーーーバッシャーン



「うわぁ〜っ!! つめてぇ!! 死ぬ!!」



ーーーーバシャ、バシャッ



「レオナルド王子、鯉までこちらに連れてこないでください、ジェイド殿、そっちに鯉が逃げました」

「はい、ああ、逃げられました! ニイットー、そっちに鯉が逃げたので捕まえて!」

「俺? 無理、無理、無理」



ーーーーバシッ



『鯉を捕まえるくらい簡単だよ〜!!』

「「「「「おおぉぉぉ!!」」」」


 なんと、アオが前足で見事に鯉を捕まえたらしい。


(きっとアレよね、前世の有名な置き物で、熊が鮭を捕まえている、みたいな状況よね。さすがアオ、逞しいね!!)


「男の人って、いくつになっても楽しそうでいいですよね」

「「「本当にそう思います」」」


 温泉から上がると、次は夕食の時間だ。


「今日は鍋パーティーです!!」

「サフィーちゃん、いい匂いだね。お腹空いてきちゃった」

「ふふ、お鍋の他にもいっぱい用意したからね」


 今日は事前にジョナ料理長に作り方を伝授して、鍋料理を用意しておいてもらった。


 ジョナ料理長に作ってもらい、こっそりと転移の魔術陣でラズ兄様に運んでもらっていたのだ。


 それが、ラズ兄様が先にフロランドに向かった理由の一つだ。


「「「いただきまーす」」」

「って、どうしてお母様たちがいるんすか?」


 どうしたわけか、参加者が明らかに増えていた。


「あら? 私だってお鍋を食べたいわよ。ね、ベロニカ?」

「とっても美味しいわ、さすがサフィーちゃんね」

「……ありがとうございます」

「本当にいつルーカスのお嫁に来てもいいからね」

「母様!!」


 三人の悪魔が降臨した。悪魔たちの宴が延々と続いたことは言うまでもない。


「そうだ! ジェイド、私、精霊の加護の木に行きたいんだけど今から行ってもいいかしら?」

「今から行くと危ないですから、明日にしませんか?」

「サフィーちゃん、何かあったの?」


 私たちの会話を聞いてか、お母様が話に入ってきた。


「はい、ペレス村の礼拝堂で、精霊さんたちが、お守りの石に魔力を込めるのを手伝ってくれたんです。その時、私のたくさんの思い出と虹色の光が一緒に吸い込まれていくようで、とても幻想的で綺麗でした」

「そう。それなら、今から行ってきなさい。精霊さんたちが、少しだけお休みをしたいみたいよ」

「もしかして、お守りの石を作る時にいっぱい力を使っちゃったから……」

「スーフェ、精霊の加護の木って、カルセドニーさんの木でしょ?」


 ベロニカ王妃様が、突然お母様に確認し始めた。


「お父様の木?」

「そう。昔、スーフェが冒険に出掛ける時に、カルセドニーさんがあの木の下でスーフェに精霊の加護を授ける儀式をしたみたいなのよ。でも……ふふふ」


 ベロニカ王妃様が、何かを思い出したかのように含み笑いを始めた。


「何ですか? 何があったんですか?」

「ふふふ、加護の力が強すぎて、せっかく冒険に出たのに魔物と全く遭遇しなくなっちゃって、スーフェが怒り出したみたいよ」

「ぷっ」


 ラズ兄様が吹き出した。そしてすかさずお母様からラリアットを喰らった。


(うわぁ、痛そう……)


「で、仕方なく、あの木に戻って、精霊たちにお留守番をしてもらって冒険に出掛けたの。加護の儀式をした時に、あの木自体が精霊たちにとって神聖な場所になったのよ。それから精霊たちがあの木にたくさん集まるようになって、大業火の時も奇跡的に燃えずに済んだみたいね」

「そんなことがあったんですね。フロー村のことなのに全く知りませんでした」


 ニナちゃんが感心している。けれど、特に知らなくてもいいことだと思う。


「ルべが『嘘つくな、本当は精霊たちに嫌われてたからだろ?』って(ボソッ)」


 ラズ兄様が何かを呟いたのと同時に、ラズ兄様にスリーパーホールドが決まった。


(あ、落ちた……)


 ラズ兄様の呟きが聞こえたのは、スリーパーホールドを決めた張本人と、笑いを堪えきれていない悪魔二人、青い顔をして小刻みに震えているジェイドだけみたい。


(きっとまた、言わなければいいことを言ってしまったのね)


 そして、何事もなかったかのように、お母様が話を続けた。


「まあ、ちょっと違うところもあるけれど、そういうことにしておきましょう。精霊の加護の木は、役目を終えたり、疲れた精霊たちが休むのにちょうどいいの。サフィーちゃんの周りにいる精霊たちは、サフィーちゃんのことを気に入ってくれているみたいだから、元気になったらまたサフィーちゃんのところに遊びにきてくれるわ」

「はい! 私、今から行ってきます」

「ジェイド、お前もついて行ってやれ。決してデートじゃないからな。手は繋がなくていいからな」


 ラズ兄様が復活したようだ。


「……はい、もちろん、です。たぶん、きっと」


 ジェイドが曖昧な返事をしたせいで、にやにやとした視線と生暖かい視線が、一気に私に集まる。

 私たちは逃げるようにして、精霊の加護の木へと向かった。


(私たちの手は……秘密!)


 精霊の加護の木に着くと、私は精霊さんたちに話しかけた。姿は見えないけれど、きっと私のそばにいてくれているはずだから。


「精霊さん、精霊の加護の木に着きました。本当にありがとうございました。ゆっくりと休んでください」


 私がお礼を言うと、私の身体を包むように虹色の光がふわりと浮かび上がる。


 瞬く間に、その虹色の光が増え、私の身体からゆっくりと精霊の加護の木へと向かう。


「綺麗……」

『連れてきてくれてありがとう、またね』


 精霊さんは私の耳元にきて、そう囁いた。

 ジェイドの耳元にも、虹色の光が輝いている。


『サフィーのことお願いね。もしもの時は、そのお守りの石をサフィーに見せてあげて』


 精霊さんは、ジェイドに何かを話しかけているようだった。


 そして、虹色の光は精霊の加護の木に吸い込まれるように消えていった。


 私は途端に、何かが物足りない、何かをなくしてしまったような、心にぽっかりと穴が開いた寂しい気持ちに襲われた。


 きっと、今まで私の周りにいた精霊さんたちがいなくなったからだ。


「また会えますよ。それに、待つだけではなく、またここに一緒に来ましょう! きっと精霊さんたちも喜んでくれるはずです」

「うん! そうね。精霊さんたち、またね!!」


 私たちが幻想的な世界から宿に戻ると、恐ろしい現実が待っていた。


 枕投げ大会が開催されていたのだ。


 宿の備品を壊さない様に、部屋の中に結界まで張って、ガチの枕投げ大会。


 すでに、お布団の上には何人もの屍が転がっていた。


「これは、一体……」

『お願い事を一つだけ聞いてもらえる権利を賭けて、戦い始めたよ』


 少し離れた部屋で丸くなっているアオが教えてくれた。そのアオに包み込まれるようにして、ステファニーちゃんがすやすやと眠っている。

 ここだけ別世界、天使のような寝顔だ。


 運悪く、私とジェイドは悪魔たちに見つかってしまった。


「サフィーちゃん、ジェイド、どうする? 今から参加する?」

「「やめておきます」」


 もちろん私たちは即答した。


「そう? うぉぉおおおっしゃぁぁ!! 残るは、ベロニカとケールね。因縁の対決よ、覚悟しなさい!」


 ラズ兄様に枕が投げ込まれ、ラズ兄様はあえなくアウトとなってしまった。


(ラズ兄様の意識がなさそうだわ。枕投げって、こんな命懸けの戦いだったかしら?)


「スーフェ、あなたはさっさと降参しなさい」


 ベロニカ王妃様は、涼しい顔でひょいひょいと豪速枕を避ける。


「ルーカス、ちょうどいいところに来たわね、ちょっとそこの水を取って」


 ケール王妃様がジェイドを見るなり、お願い事をしてきた。きっと、私たちが来るまでの間に、すでに激しい戦いが繰り広げられ、喉が渇いたのだろう。


(どれだけ真剣な戦いなのよ……)


「はい、これでいいですか?」

「ありがと……う!?」


 ジェイドが、豪速枕をうまく交わしつつケール王妃様に水を渡し、それをケール王妃様が一気に飲み干した……瞬間、ケール王妃様の目が据わった。


「母様、どうなさいました?」


 ジェイドが不思議そうに尋ねるも、ケール王妃様の反応がない。その異変に、いち早く気が付いたのはベロニカ王妃様だ。さすが聖女様。


「まさか……!? スーフェ、大変よ! 緊急事態、一時中断よ」

「ジェイド、もしかして、ケールにお酒を飲ませたの?」

「え? そうなんですか? ここに置いてあった水を飲ませたんですが?」

「それ、ベロニカの飲んでいたお酒よ。ベロニカ、また水を飲んでるフリをして、度数のエゲツないお酒を飲んでいたのね」

「あら? 酒も水も、水みたいなものでしょ? それに、たまには自分も清めなきゃね!」


 ベロニカ王妃様は、ケロっとしている。美しい穏やかな笑顔で放つ言葉は、どこかの飲んだくれのおっさんのようだ。


「やばい、やばすぎるわ……ちょっと場所を移すわよ。ベロニカ、早くケールの足を持って」


 悪魔たちは、どうしてなのか分からないけれど、ケール王妃様を連れて、転移の魔術陣で何処かへと消えて行った。


「もしかして、ジェイドのお母様って、お酒に弱いの?」

「確かに言われてみれば、お酒を飲んでいる姿を一度も見たことがなかったかもしれません」

「そう、……それにしても、どうしようか? これ?」


 そこに残されたのは、枕の残骸と生ける屍たちだった。





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