卒業目前旅行 前編
ついに、学生生活最後の冬季休暇が始まった。
卒業してしまうと、それぞれ忙しくなってしまうので、卒業前の思い出作りの旅行に、今から出発するところだ。
旅行に参加するのは、レオナルド王子、ワイアット様、ニナちゃん、ノルンちゃん、ジェイド、私、……だけかと思いきや、ラズ兄様も保護者がわりとして引率してくれる。
お母様に「みんなの面倒を見てきてね」と言われたみたい。どんな理由であれ、ラズ兄様と一緒に旅行に行けるのはとっても嬉しい。
そして、どこから聞きつけたのか、ニイットー王子も参加することになった。
ニイットー王子は、初めて会った時よりも、すごく丸くなっていた。
体型じゃなくて、性格が。
むしろ体型は、驚くほどの変貌を遂げ、もう少しでジェイドと双子だと言ってもいいほどだ。
ジェイドがケール王妃様似なので、髪の色と細かい顔の作りは違うけれど。
これも全て、ノルンちゃんの脱メタボのためのスパルタ特訓のおかげだ。
そしてもう一人、ニイットー王子も参加するのなら、この方もお誘いしちゃおうと、スペシャルゲストを呼んだ。
「ステファニーです。みなさま、よろしくお願いします」
ジェイドとニイットー王子の妹のステファニーちゃんだ。今日も天使のように可愛いらしい。
「ステファニーちゃん!!」
「レオ様、お会いできて嬉しいです。あら? 今日はもふもふ様は、いらっしゃらないんですか?」
ステファニーちゃんが現れた瞬間、レオナルド王子が歓喜の声を上げた。
それに目もくれず、もふもふ様を探しはじめてしまうステファニーちゃんに、もふもふ様の中の人は大慌て。
もふもふ様の中の人は目に前にいるんだよ、と教えてあげたいけれど、中の人の存在はやはり秘密にしなければいけない。
「えっ!? あ、もふもふ様は今日はちょっと冬眠しているみたいだ。その代わり、サファイア嬢のアオ殿を、思う存分一緒にもふもふしませんか?」
「まあ、素敵!!」
レオナルド王子は咄嗟にアオを生贄にした。
(アオが可愛すぎてもふもふしたくなるのは分かるけど、程々にね)
ちなみに、ステファニーちゃんをお誘いしたのには、三つの理由がある。
一つ目は、レオナルド王子へのサプライズ。これは見事に成功した。
二つ目は、今までステファニーちゃんとジェイドが離れ離れになってしまっていたので、少しでも兄妹の時間を過ごしてほしいと思ったから。
三つ目は、ノルンちゃんの不穏な一言があったせいだ。
〜回想〜
「フロランドでお泊まりする前に、みんなでペレス村に行きませんか? 私、まだペレス村に行ったことがないんです」
ノルンちゃんのその言葉を聞いた瞬間、私の頭を過ったのは「聖地巡礼」という四文字だ。
「ノルンちゃん、まさか、とは思うけど、ペレス村の教会で“何か”をするつもり?」
「あら! さすがサフィー様、お察しがいいですね。せっかくレオナルド王子もご一緒されるのなら、あのイベントをやるしかないでしょう!」
あのイベントとは、レオナルド王子ルートの過去のトラウマを回避した後に発生する、王妃様の故郷でのラブラブデートからの、教会の礼拝堂でのお守りの石の交換イベントのことだ。
「ノルンちゃん、卒業を目前にして、ルート替えをするつもり? レオナルド王子ルートだけは本当にやめてほしいんだけど?」
「あら? どうしてですか?」
「だって、斬首って怖いじゃない……」
(嫌だ。斬首は怖い。レオナルド王子ルートの回避。それだけは絶対に譲れない)
「誰かさんが卒業を目前にして、誰かさんとラブラブになって、ルーカス王子ルートを阻止しようとしてるから、仕方なくレオナルド王子ルートに変更しようと思っているのに……」
「うっ……、でもやめてよ。それにジェイドとの関係は卒業式の日までの約束だもの」
「はいはい。断罪イベントの時だけは、ジェイドさんを貸してくれるんですものね」
「……」
正直言うと、私は断罪イベントの時の私とジェイドの関係は、グレイゾーンだと思っている。
ジェイドは「卒業式の日まで」と言ってはくれたけど、卒業式の後には断罪イベントが待っている。だから「卒業式まで」の関係と言う方が正しい気がするからだ。
だって、断罪イベントでは、ジェイドにはルーカス王子としての役割があるのだから……
「冗談ですよ、なに辛気臭い顔してるんですか? ペレス村には聖女として行ってみたいんです。王妃様が聖女の力を目覚めさせた場所ですから、やっぱり気になります」
……と言う一連のやりとりがあって、一応、レオナルド王子ルートを阻止しようと、念のため、ステファニーちゃんにも声をかけてみた。
ノルンちゃんの言葉を、信じてないわけではない。一応だ。
それに、ステファニーちゃんもすごく喜んでくれているので、お誘いしてよかったと思っている。
私たちは、王都の門で待ち合わせをしている、ノルンちゃんとニイットー王子を迎えに行った。
「ニイットー王子、おはようございます。ノルンちゃん、おはよう! お待たせしてごめんね」
「おはよう、あれ? ステファニーがいる? なんで?」
「? ……あの、どちら様でしょうか?」
ステファニーちゃんは、目の前にいるのがニイットー王子だと本気で分かっていないようだ。
「ステファニー、嘘だと思うだろうけど、ステファニーの兄のニイットーだよ」
「え!? 本物ですか? 偽物ですよね? 偽物に決まってます!」
偽物と断言しちゃうステファニーちゃん。体育祭の時にも会っているはずなのに、きっと眼中になかったのだろう。
「失礼な。俺はノルンのために生まれ変わったんだ」
確かに、この人はノルンちゃんに会いたくて転生したようなものだ。あながち言っていることは間違いではないのかもしれない。
けれどその瞬間、ニイットー王子の足をノルンちゃんが思いっきり踏んでいた。
相変わらずノルンちゃんは容赦ない。それなのに、ニイットー王子はやっぱり嬉しそうだ。
「おはようございます。よろしくお願いしま……す!?」
ノルンちゃんが何事もなかったかのように挨拶をすると、ちょうど馬車から下りてきたラズ兄様が目に入り、驚いたようだった。
「ノルンちゃん、今日はラズ兄様が保護者として来てくれてるんだけど、大丈夫? 怖くない?」
イーサン先生ルートだと、ラズ兄様はノルンちゃんのことを私と一緒に虐める予定だった。
だから、無意識に拒否反応を起こしているのかもしれないので聞いてみた。
「もちろん大丈夫です。ラズライト様、先日はどうもありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこっちだから。サフィーを助けてくれて本当にありがとう」
ラズ兄様のイケメンスマイルが炸裂した。相変わらず超絶イケメンだ。確かに、ジェイド以上のイケメンがここにいた。
(ってことは、まさか、ノルンちゃん!? いや、まさかね。だって、ラズ兄様がノルンちゃんの想い人だったとしても、私が感謝されるようなことなんて全くないもの。むしろ、妹大好きなラズ兄様だから、私の存在は邪魔でしかないだろうし)
さらに私は考えた。
(あと考えられるのはニイットー王子が本命? 死ぬはずだったのに生きているんだもの。まあ、こっちも私のおかげではないけれど……それに、ノルンちゃんはなんだかんだ文句を言いつつもニイットー王子の面倒を見ているし、ニイットー王子が本命の方があり得るかも!!)
そんなことを脳内で考えていたら、ノルンちゃんから放たれる凍てつくような視線を感じた。
「サフィー様、また変なこと考えてるでしょ?」
「ソンナコトナイヨ……」
またも、私の考えていることが顔に出ていたらしい。
「はいはい、とりあえず、ペレス村までの道中は、女性同士でお話しをしながら向かいませんか?」
ということで、男性、女性に分かれて馬車に乗り込んだ。馬車の中で食べられるお菓子ももちろん用意したから、遠足みたいでとっても楽しい。
そして、フロー村で少し休憩をして、ニナちゃんとワイアット様と合流し、ペレス村に向かった。
ラズ兄様はペレス村には行かず、先にフロランドに行って待っていると、馬車を下りた。
ペレス村に到着するなり、レオナルド王子はさっそくステファニーちゃんをエスコートして村探索に出かけていった。
今回はきちんと護衛も付けている。ステファニーちゃんがいるから当然だ。
そして、私たちは教会に向かった。礼拝堂に入った瞬間、私は驚いた。
今まさにレオナルド王子ルートのイベントが繰り広げられていたから。
ノルンちゃんとニイットー王子によって。
(もうこの二人は類友だわ)
ペレス村についた瞬間から、二人のテンションは最高潮。私は二人のテンションについていけなかった。
(ガチ勢怖い……)
「ニイットーお兄様の手綱を握れるのは、ノルン様しかいませんね。これからはノルンお義姉様と呼ばさせていただきます!」
ステファニーちゃんも、レオナルド王子と出掛ける前に、二人の姿を見て唖然としながら一言そう呟いていた。
ノルンちゃんとニイットー王子の聖地巡礼という茶番劇の隣では、ワイアット様とニナちゃんがこっそりとお守りの石の指輪を交換していた。
それを見て、私は感無量だった。とても嬉しくて涙が出そうになった。
そんな私は、というと……
「サフィーお嬢様、まだそのネックレスを付けてくださっているのですね。でもお守りの石にヒビが入ってしまっているので新しいのに交換しましょう?」
「ううん、私はこれがいいの。このヒビさえも私にとっては良い思い出なの。確かに、もうお守りとしての効力はないかもしれないけれど、これからはジェイドが私のことを離さないでいてくれるんでしょ?」
「はい、もちろんです。本当は四六時中サフィーお嬢様を抱きしめていたいくらいです」
「ふふ、それじゃ、何もできなくなっちゃうわね。でも、はい。ジェイドにもプレゼント!」
そう言いながら、私はジェイドにお守りの石のついたネックレスを手渡した。
男の人が身につけても華美にならないとてもシンプルなネックレスで、白銀色のとても綺麗なお守りの石が付いている。
その白銀色をひと目見て「ジェイドだ!」と思った私は、すぐに購入を決めた。
「サフィーお嬢様、とても嬉しいです。ありがとうございます。このお守りの石は俺の色ですね」
ジェイドは少しだけ照れながら、自分の髪を触れるようにして言った。
「いつも私を守ってくれているお礼よ。まだ魔力は込めていないんだけどね」
「じゃあ、今度はサフィーお嬢様が魔力を込めてください」
「え? 私の魔力こそ、そんなに強くないわよ?」
「サフィーお嬢様の魔力はアオ様も仰っていましたが、俺にもとても心地良く感じるんです。だから、お願いします」
「そうなの? うん、分かった。じゃあ、頑張るわね」
嬉しさを隠すように、私はお守りの石を両手に包むと、ゆっくりと魔力を込め始めた。
私の心の中に浮かぶ、ジェイドへの想いが溢れ出すように、私を中心に礼拝堂が青い光で満たされる。
『サフィー、僕たちも一緒に……』
(えっ?)
頭の中にその声が聞こえてくるのと同時に、私の周りには無数の虹色の光がふわりふわりと輝き始めた。
私の目の前には、お父様とお母様、ラズ兄様、たくさんの人たちと過ごした思い出が映像として浮かび上がる。
全てとても大切な私の思い出。もちろんその中にはジェイドと過ごした愛しい日々も……
そして、お守りの石に虹色の光と共に吸い込まれていく。
(……もしかして、精霊さん?)
ラズ兄様が以前この教会で教えてくれた、いつも私のことを守ってくれている精霊さんたちだと、何となく感じた。
『そうだよ』
(いつも私を守ってくれてありがとうございます、そして、今も力を貸してくれてありがとうございます)
『どう致しまして。ジェイドがいつもサフィーのことを一緒に守ってくれていたからお礼だよ。僕たちはずっとサフィーと一緒に“見てきた”から、きっとジェイドの力になれるはず。でも一つだけお願いがあるの』
(何かしら? 私に出来ることなら何でも言って!)
『僕たちを、精霊の加護の木に連れてって』
(精霊の加護の木? って、フロー村の?)
『うん』
(もちろん、いいよ!)
『ありがとう。僕たちは忘れちゃうけれど、いつまでもサフィーが幸せでいてくれることを祈ってるよ』
(忘れちゃう?)
『心配しないで。僕たちの心が、サフィーのことが大好きという気持ちを覚えているはずだから、きっとまた会えるよ』
(……精霊さん、ありがとうございます……)
そして、最後の虹色の光がふわりと吸い込まれ、ゆっくりと光が収まっていく。
私の両手の中には、白銀色と青色が混ざり合うように輝く、とても綺麗なお守りの石が出来上がった。
そのお守りの石に光を反射させると、虹色の輝きを放っていた。幻想的で思わず見惚れてしまった。
「サフィーお嬢様、今……」
「うん、お父様の精霊さんたちが手伝ってくれたの! 私のことをいつも一緒に守ってくれているから、ジェイドにお礼だって! はい、どうぞ」
「サフィーお嬢様、ありがとうございます。精霊さんたちも、ありがとうございます」
ジェイドがお礼を言うと、お守りの石がキラリと虹色の光を放った。まるで、ジェイドの言葉に応えてくれたかのように。