祝福と感謝
「サフィーお嬢様! 朝ですよ、起きてくださーい!!」
今朝もまた、ミリーの大きな声で目を覚ました。
(ミリーったら、相変わらず容赦ないんだから……)
すると、ミリーは私の前に立ち、少しだけおずおずとした様子で、話を切り出し始めた。
「サフィーお嬢様、昨日……」
「え、き、昨日? 何もないわよ? 別にジェイドとは何もなかったわよ?」
不自然な私の狼狽振りに、ミリーはキョトンとした後、何かを察したようで、途端に、にやにやとしだした。
(みんな、お母様に影響されすぎよ)
「いえ、ありがとうございました、ってお礼を言おうとしたのですが、そうなんですね、ジェイドさんと何かあったんですね。おめでとうございます」
ミリーが満面の笑みを浮かべて、自分のことのように喜んでくれた。
(私ってば、隠し事もできないなんて!!)
でも、祝福されたことを、素直に嬉しいと思ってしまう私がいる。
「……ありがとう。あのね、これからも夜のお散歩をしたら、翌朝、起きられないかもしれないから、ミリーが起こしに来てくれる?」
「はい! お任せください!!」
それからというもの、使用人のみんなの視線が、やけに生暖かく感じたのは、気のせいだと思いたい。
そして、今日は体育祭の疲れを癒すために設けられた、学園のお休みの日だ。
もちろん私は、ゆっくりと休むつもりでいる。正確に言うと「ゆっくり休みなさい」と強制的に休まされている。
ジェイドは、みんなからお遣いをたくさん頼まれたらしく、一日中屋敷にいなかった。
それでも、その日の夜になると、私の部屋の窓の下まで迎えにきてくれた。今日もまた、お姫様抱っこをされながら、庭園へと向かった。
「あれ? ベンチが置いてあるわ!」
庭園には二人でゆったりと座れるくらいの大きさのベンチが置かれていた。
シンプルだけど、所々にハートの模様が隠されていて、とても可愛い。
すると、いきなりジェイドが照れ笑いを浮かべた。
「俺たちのためだったんですね。実は今日のお遣いで『可愛い二人掛けのベンチ』という要望があったんです。まさか、ここに置くためのものだとは……」
(もしかして、全て筒抜けってこと? 昨日の今日なのに? けれど……)
「私、すごく嬉しいわ。私ね、絶対に恋しちゃいけないと思ってたの。だって、私には終わりがあるから、恋した相手に申し訳ないでしょ? なのに、こうしてジェイドと恋を始めることができて、みんなに祝福されて、やっぱり私は世界一の幸せ者なんだなって思うわ」
悪役令嬢のはずなのに、幸せだと思える人生が歩めるなんて、私は本当に恵まれていると思う。
それはやっぱり、周りの人たちのおかげだ。
「それを言うなら俺だって、ただでさえ幸せなのに、サフィーお嬢様のその笑顔が見れたから、さらに幸せが増しました。だからきっと、俺の方が世界一の幸せ者ですね」
予期せぬジェイドの言葉に、思わず心が擽られてしまった。
(何て可愛いことを言いだすの!? しかもジェイドは平然と言って除けるからずるいわ!!)
そして、私とジェイドは、恋の期限の他にもう一つ約束事を決めた。
それは従者の仕事を疎かにしないこと、きちんと線引きをして公私混同はしないことだ。
それは私の身を守るためでもあるからと、ジェイドが提案してくれたことだ。
その代わり……
「ジェイド、せっかくの二人掛けのベンチなのに、この体勢はおかしくない?」
「そんなことないですよ。これが普通です。二人掛けのベンチだからって、離れて座る必要はないんですよ?」
どうしてなのか、私は今、ジェイドの膝の上に横向きに座っている。
お姫様抱っこの体勢からそのままベンチに座ったからなのか。しかも一向にジェイドの膝の上から下ろしてくれる気配はない。
無理やり下りようとするものなら「逃がしませんよ?」と耳元で囁かれ、ぎゅーっと抱きしめられてしまう。
「ジェイド、離してよ、重いでしょ?」
「嫌です。絶対に離しません。これでも俺は十分我慢してるんですから。本当なら……」
ジェイドは私の顎をクイッと持ち上げて、私を見つめはじめた。見つめられた私の胸の鼓動は、あり得ない速さで早鐘を打ちはじめ、思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。
そして、 優しくキスが落とされた。
「今は、これで我慢しておきます」
瞬く間に、私の顔は耳まで真っ赤に染め上げた。咄嗟に、キスされた額を隠すように手で押さえた私は、声も出せずに、口をぱくぱくとするだけで精一杯だった。
ジェイドの唇が触れた額は、今もなお熱を帯び、優しく触れた柔らかい感触は、脳裏に深く刻み込まれた。
そんな私を見て、ジェイドはさらに追い討ちをかけるように、私を抱きしめて叫ぶ。
「ああっ、もう! 可愛すぎです!!」
恋人時間は驚くほど激甘で、私はその度に夢現な恋に溺れそうになった。
******
休みも明け、学園の日。
学園の門をくぐり抜けて直ぐに、ど肝を抜かれるほどの衝撃が待っていた。
魔物学科の教材室の隣の部屋、隠し部屋があった場所が大変なことになっていた。
天井は崩壊し、部屋が剥き出しになっていた。
「ジェイド、もしかしてあの場所って……」
「サフィーお嬢様、見てはいけません。何も起きてないことになっていますので、知らぬ存ぜぬでお願いします」
やっぱり「何も起きてない」は無理があると思う。それひど見るも無惨な有様だった。
(知らぬ存ぜぬ、私は関係ない……)
少しだけ、心が痛かった。
教室に着くなり、私はノルンちゃんのもとへと駆け寄った。
「ノルンちゃん、この前は助けてくれて本当にありがとう」
「もうお身体は大丈夫なんですか? もう少しゆっくり休んだ方が良かったんじゃないですか? せっかくなら、卒業式を終えるまでゆっくりと休んじゃいましょうよ!」
ノルンちゃんがおかしな提案をしてきた。
「もうっ! 他人事だと思って適当なことを言うんだから!! 休んだことで断罪されたら後悔しか残らないから、私は絶対に休まないからね」
「サフィー様って、本当に頭が固いっていうか、思い込みが激しいですよね。逃げるが勝ちって言葉もあるんですよ?」
「やらずに後悔するのが嫌なの! そんなことよりも、体育祭なのに魔法を使っちゃったから大変になっちゃったでしょ? 本当にごめんね」
きっと今頃、王宮魔導師団の勧誘が煩いに決まっている……
「いえ、私は私の目的のためにも、絶対に魔法を使おうと思っていたので、問題ないですよ。それに……ふふっ」
「!?」
(今の含み笑い、絶対に怪しいし! それにノルンちゃんの目的って? あ、そうだ、ノルンちゃんに内緒にしたままなのって申し訳ないよね)
ルーカス王子ルートを歩んでいる、らしいノルンちゃんに内緒にすることは申し訳ないと思い、私は意を決して切り出す。少しだけ、惚気たい気持ちもあるのは秘密だ。
「ノルンちゃん、乙女ゲームのことなんだけど、私とジェイド……」
「あ、もしかして、やっと付き合うことにしたんですか? おめでとうございます」
「へ?」
「だから、恋人同士になったんでしょ? おめでとうございます。え? それとも他に何かありますか?」
「いや、合ってるんだけど、え? どうして知ってるの? それにショックじゃないの?」
「どうして私がショックを受けなければいけないんですか? 全くショックじゃないですよ」
ノルンちゃんは言葉の通り、全くショックを受けた様子はない。強がっている様子もない。あっけらかんとした表情をしている。
「だって、ノルンちゃん、ルーカス王子ルートを歩んでいたのよね? それって、ルーカス王子のことが好きだからでしょ? だから、その……」
「そんなわけないじゃないですか。笑わせないでくださいよ。私はもっと人を見る目がありますからね」
「……ジェイドよりも格好良い人なんて、そうそういないと思うけどな……」
「はいはい。惚気るのは夜の庭園でどうぞ。あ、でも、断罪イベントの時だけは、ジェイドさんを貸してくださいね。で、それだけですか?」
(今、夜の庭園でって言った? どうして筒抜けなの? 本当にもう! 誰よ、ノルンちゃんにまで言った人!? それに「断罪イベントの時だけ貸して」とか、ジェイドは物じゃないんだから!! 結局はルーカス王子ルートの断罪イベントをやる気満々ってことじゃないの!! もういいもん、私もそのつもりで準備しているんだから)
気を取り直して、私はノルンちゃんに重要なお話をする。
「そうそう! お母様にもきちんとノルンちゃんにお礼をしなさいって言われてるの。それでね、お誘いなんだけど……」
……というわけで、冬季休暇にみんなで卒業前の旅行に行くことになった。
もちろん場所は、思い出の地「フロランド」
お母様が「ノルンちゃんへのお礼も兼ねて、卒業前に思い出を作ってきなさい」と、高級志向の温泉宿を予約してくれた。
今では超人気のお宿だから、なかなか予約がとれないのに。
さあ、一体どんなメンバーで行くことになるのでしょうか!?